連載第71回 日本だけが知らない。世界のミュージックマンが目指す 著作権改正とその理由〜スティーブ・ジョブズ(23)

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2017/08/17 (木) - 19:00

アメリカ、「無料で宣伝」をめぐる常識の変化

 

今では信じられない話がある。2000年、アメリカでは、AmazonやGoogleの名前を知らないネット音痴にすらNapsterの名は知れていた。

 

無料で音楽が聴き放題。

 

ファイル共有がもたらした音楽の人口楽園に人々は熱狂し、Napster現象は米国連邦議会で参考人招致が続き、アメリカ中が固唾を呑んでテレビ中継を見守るほどの社会現象となった。

 

このとき、アメリカのアーティストたちはどうしたか。

 

かれらは、裁判を起こしてファイル共有を潰そうとする米レコ協に対し、

 

「時代遅れの馬鹿な奴らだ。ファイル共有は新しいラジオだ。mp3が無料でも、CDの宣伝になるじゃないか」

 

そう言って、ファイル共有に熱狂する音楽ファンと共に、総掛かりでレコード会社を批判した。ほとんどすべてのアーティストたちが、である(書籍Part2 第2章)。

 

これに異を唱え、「音楽には、お金を払うべきだ」と声高に主張したのはわずかにメタリカのラーズ・ウルリッヒとドクター・ドレーしかいなかった。

 

ふたりは全国の音楽ファンから猛批判を浴びた。「金の亡者」「時代遅れ」「レコード会社の操り人形」と罵詈雑言を浴びせられ、吊し上げを食らうことになった。

 

その翌年に、定額制配信が誕生したことは、今となってはほとんどのひとが覚えていない。2001年、定額制配信はファイル共有への対抗手段として誕生した。

 

今度は音楽の方が、テレビの歴史から学んだのだった。

 

アメリカで無料の地上波に、定額制のケーブルテレビが人気で打ち勝ったことを前例に、音楽の定額制配信は発明されたのである(書籍Part2 第1〜2章)。

 

だが新曲の提供を大物アーティストが渋るなど、最新ヒット曲が揃わず、生まれたばかりの定額制配信はすぐに失速。

 

裏で「定額制配信は絶対に上手くいかない」と音楽業界を説得していたスティーブ・ジョブズの予言どおりとなり、かわりにiTunesミュージックストアの時代が到来した。

 

それから15年後。

 

ジョブズ畢生の作品iPhoneの誕生が機だった。定額制配信はスマホの普及とともに息を吹き返し、かわりにiTunesミュージックストアが失速。ジョブズ亡きAppleは、みずから定額制配信に参入する次第となった。

 

定額制配信をはじめたAppleは、無料お試し期間は「宣伝だから」といってアーティストに払おうとしなかった。それはクリエイターという人種を尊敬していたジョブズがいなくなった、Appleの変質だったのかもしれない。

 

そのとき、ひとりの女性アーティストが声をあげた。

 

「私たちはiPhoneを無料にしてほしいとは言いません。無賃金で音楽を供給しろと私たち(ミュージシャン)に言わないでほしいのです」

 

と彼女は抗議した。15年前と違ったのは、テイラー・スウィフトがTumbrに載せた公開書簡(※a)は、10万を超える人々からリブログされ、共感を集めたことだ。

 

「無料でも宣伝になるじゃないか」「頭が古い」「レコード会社とグルか」と彼女が罵られることは無かった。

 

かわりにネットで飛び交った批判は、

 

「無料であってもアーティストにはしっかり払うべきだというなら、わずかな広告料を折半するだけのYouTubeに、なぜあなたは声をあげないのか?」

 

と逆方向のものだった。

 

時代は変わったのだ。放送の時代に出来た「無料=宣伝=善」の公式を、消費者ですら信じなくなろうとしていた。

 

「音楽は芸術であり、貴重なものです。貴重なものには、しかるべき対価が払われるべきです」

 

テイラーはその前年、ウォール・ストリート・ジャーナルでこう寄稿していた(※b)。

 

「私は音楽を無料にしたくないし、アルバムの売り値はじぶんで決めたいです。そのために、いつの日かアーティストとレコード会社が立ち上がると私は考えています」

 

2016年、彼女は予言をみずから実現させた。

 

※a http://taylorswift.tumblr.com/post/122071902085/to-apple-love-taylor
https://www.wsj.com/articles/for-taylor-swift-the-future-of-music-is-a-love-story-1404763219

 

 

アメリカが、オール・ミュージック体制で挑む課題

 

連載第71回 日本だけが知らない。世界のミュージックマンが目指す 著作権改正とその理由〜スティーブ・ジョブズ(23)

 

2016年、YouTubeのバリュー・ギャップ(前回)を解決すべく、186人の大物ミュージシャンとレコード会社が立ち上がった。

 

テイラー・スウィフトを筆頭に、ポール・マッカートニー卿、ビリー・ジョエル、U2などレジェンドたちから始まり、ケイティ・ペリー、レディ・ガガ、デッドマウスのようなEDMの若き巨星たちまで、大物がずらりと名を連ねていた。

 

186名には、かつてファイル共有を米レコード協会が訴えたときに同協会を批判した大物ミュージシャンも含まれていた。

 

ミュージシャンだけでなかった。

 

米レコード協会から始まって、メジャーレーベル全社、インディーズレーベル連合のA2IM、著作権団体のascapやBMI、そしてPandora誕生の素地となった公共団体サウンドエクスチェンジに至るまで参加していた(図)。

 

ファイル共有のときと違い、動画共有においては、オールUSAならぬオール・ミュージックの体制ができあがった。

 

音楽で生きる人間にとって、YouTubeのバリュー・ギャップは一丸となって解決しなければならない大問題となったのだろう。

 

この運動は、時代遅れとなった著作権法の改正を目指していた。

 

 

ミュージシャンが失った権利

 

音楽ファンには少しむずかしく、逆に業界人には言わずもがなの話をするが、少々お付き合いいただきたい。

 

音楽には送信可能化権というのがある。ネットで音楽を配信する権利だ(※c)。

 

この権利があるおかげで、世界的には中小企業でしかない音楽会社が、巨大企業と対等に交渉を重ねることができた。

 

音楽はキラーコンテンツだが、なるべく安く使いたい。できればネット文化に合うよう、無料で。そう思っているIT界の巨人たちを向こうにしても、音楽会社は送信可能化権を武器に、

 

「基本契約料に○億円、再生あたり1円。出せないならうちの音楽は使わせません」

 

と言うことができたからだ。権利者の許諾なしに音楽が使えぬよう、法律は音楽を保護してきた。

 

だが動画共有となると、音楽側は送信可能化権を事実上、失っているのだった。結果、YouTubeは、ミュージシャン側への支払額を定額制配信と比べると10分の1と、格安に抑えてきた。

 

動画共有が無料で音楽ビデオを配信できるのは、広告モデルがあるからではない。広告モデルが成り立つほど、音楽使用料を格安に抑えることができるからだ。

 

YouTubeが宣伝になる時代なら、それでもよかったかもしれない。

 

だがYouTubeが宣伝になると純朴に信じられた時代はたった5年で終わってしまったのは統計で示したとおりだ(前々回)。スマホが若年層にゆきわたった国では、ほとんどの人がYouTubeで聴いて、それで消費の終了になった。

 

「なぜそんなことになったのか? YouTubeのような(動画共有)プラットフォームは、法の抜け穴を利用することができるからです。(…)動画共有と音楽配信で、音楽の使用料が極端に違うのは、時代遅れで不公平な法律のせいです」

 

米レコード協会のCEO、ケリー・シャーマンはそう語った(※b)。

 


著作権法の改正がもたらす、ミュージシャンの新たな収入源
 

GoogleやYouTubeに怒っても仕方がなかった。それが法律だからだ。

 

削除申請があってから一定期間内(日本なら一週間)に削除すれば、それ以上の責任は運営側にはない。

 

この仕組をノーティス・アンド・テイクダウン制といい、我が国もアメリカに倣ってきた。

 

Google社は、現行法の範囲で誠意を見せた。

 

削除申請をサポートするために、無断でアップロードされた音楽を自動検知する「コンテンツID」を用意したのだ。が、Googleで検索すればコンテンツIDをすり抜ける方法はいくらでも出てくるのだった。

 

結果、音楽の仕入れ値はYouTubeどころか、第三者のスポンサーが決めているのが現状となった。YouTubeはスポンサーからもらった広告料を折半するだけだからだ。

 

「無料でも宣伝になるでしょう。みんな喜んでるじゃないですか。お嫌ならYouTubeから削除したらどうですか。でも、他のどこで音楽ビデオを観てもらうんでしょう」と丸め込まれて終わりだった。

 

その動画広告がまた安く、CPM(視聴者千人あたりの広告料)はテレビの5分の1以下だった。広告主に対し、YouTubeはこの安さを売りにしてきた。

 

そこにミュージシャン側が、自分の音楽の価値を主張できる余地は微塵もない。テイラー・スウィフトが訴えたのは、そういうことだ。

 

歴史的な経緯を振り返れば、この慣習は不変の真理などではなかった。

 

もともとこの法的な枠組みは、1998年にアメリカで、勃興期にあったIT産業を保護育成するために用意された(書籍Part2 第2章)。通称、DMCA(デジタルミレニアム著作権法)の制定である。

 

おかげでネット企業は、ユーザーが違法な文章や写真をじぶんのところにアップロードしても一定の手順を踏めば、その共同責任を問われることはなくなった。

 

だが音楽は映画やテレビ番組と違い、楽曲が無数にあった。それを人力で削除申請するには、非現実的な人件費がかかる。そんな「自己責任」を、法律は音楽側に設定してきた。

 

考えてみてほしい。新聞やテレビが同じことをやれば大騒ぎだ。テレビ局が「宣伝になるから」と言って上映中の映画を流したら賠償金どころの騒ぎではない。

 

が、ITサービスは「ユーザーがアップロードしているから」という理由で、削除申請に対応すれば免責することにした。

 

さもなくば訴訟大国アメリカで、GoogleもYahoo!も、あらゆる有望なIT企業が、業務停止命令と賠償金で倒産しかねなかった。

 

アメリカ政府は恐れたのだ。

 

やがて国を牽引することになるIT産業の成長が、著作権絡みで腰砕けになることを。

 

けだしDMCA(デジタルミレニアム著作権法)は、ネット時代の到来に即した著作権法改正だったといえよう。我が国も3年遅れで、プロバイダ責任制限法を制定し、これを踏襲した。

 

だが二十年前には、予想し得なかったことが起きた。

 

みながスマホを持ち、気軽に音楽や動画を楽しむ時代を、当然ながら立法者は想定してなかったのだ。結果、動画共有ならミュージシャンに許諾を取らずとも事実上、無料で音楽配信できるようになった。

 

テイラー・スウィフトやポール・マッカートニー卿を始めとした186人の大物ミュージシャンが立ち上がったのは、我々の愛用するYouTubeに抗議するためではなかった。

 

連邦政府の著作権局(Copyright Office)に、時代遅れになったデジタルミレニアム著作権法の改正を訴えているのだった。

 

その主張は、一点に絞ることができた。

 

音楽に関しては、デジタルミレニアム著作権法にある免責事項に制限を設けてほしい。

 

それが米国で起きた著作権改正運動の要点だ。日本ならば、プロバイダ責任制限法の第三条を改正する、という運動になったのだろう。

 

これにより、動画共有や音声共有においても、音楽配信と同額の支払いをミュージシャンは受け取れる未来が浮かび上がってきた。

 

ライブ、定額制配信に続く新たな収益源の可能性だ。

 

しかし日本は、それを認識していないのだった。

 


余談。ブロックチェーンのことなど

 

それは、日本の社会がJASRACばかりを話題にしてきたから、というのも一因かもしれなかった。

 

以下、余談となる。

 

我が国で送信可能化権は、著作隣接権に属する。

 

アメリカと違い、作詞作曲と同じ「著作権」には属さない。よってヒール役のJASRACと関わりが無いので、マスコミやジャーナリストが扱うこともまずなかった(※d)。社会問題になることも、アーティストが声を上げることもなかった。

 

実際にはこの音楽配信の時代、イノヴェーションのスピードを決める手綱を握ってきたのは、送信可能化権のある著作隣接権の方だった。

 

だが21世紀初頭、「音楽配信が遅れている原因は、JASRAC。すべての停滞はJASRACのせい」という主張がガラパゴス的に人気を得た。その後、我が国で音楽の課題といえばJASRAC問題と、老人のように話題が固定して15年あまりが過ぎた。

 

そこに日本社会の老化を感じてしまうのは、考えすぎだろうか。

 

ブロックチェーンの話題も、「アーティストへの支払いの明瞭化して搾取を避ける」というわかりやすい切り口で、盛り上がっているが、ここでもJASRACの話題が大好きなあまり、日本は見落としを起こすかもしれない。

 

話題のブロックチェーン等で著作権情報を明瞭化しても、隣接権に課題があれば、時代が先に進むことはない。レーベルや事務所の許諾がなければ使用できないのは、隣接権の方だからだ。

 

ブロックチェーンには、支払情報の明瞭化よりも影響のある箇所がある。第二巻でも話題にしたマイクロペイメントを、ブロックチェーンはいよいよ実現してくれるかもしれないからだ。

 

マイクロペイメントが実現すれば、Spotifyの定額制、Appleのアプリ課金をも破壊しうる。破壊的イノヴェーションとなるだろう。

 

YouTubeのバリュー・ギャップ問題。その何段階か先には、マイクロペイメントの課題が待っている。

 

アメリカのメジャー・レーベルでは、すでに経営戦略の場でブロックチェーンの報告書をまとめていると聴いている。だがあまり時の先に視点を飛ばすと、連載の収集がつかなくなってしまう。

 

これはスティーブ・ジョブズの章で、筆者は彼の話にはやく戻りたい。ここから駆け足で行くがご容赦願いたい。

 

著作権改正によって目指す、ライブ・定額制配信に続く新たな収益源の可能性とは何だろうか(続)。

 

 

※a https://www.musicbusinessworldwide.com/youtube-is-paying-less-than-0-0009-per-stream-to-uk-record-labels/ 再生数やチャンネル登録者数の少ないミュージシャンならさらに一桁下がり、定額制配信の100分の1になる場合すらある。
※b https://www.digitalmusicnews.com/2017/06/12/merlin-spotify-more-youtube/
※c 国内の呼称。WIPO著作権条約では公衆利用可能化権 http://www.itlaw.jp/MPA2015.pdf


 

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●次回は<2017年10月2日>更新予定!
【連載第72回「ライブ・定額制配信に続く新たな収益源の可能性とは」】



著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

榎本幹朗


1974年、東京都生まれ。上智大学英文科出身。大学在学中から映像、音楽、ウェブ制作の仕事を始める。2000年、スペースシャワーネットワークの子会社ビートリップに入社し、放送とウェブに同時送信する音楽番組の編成・制作ディレクターに。ストリーミングの専門家となる。2003年、ぴあに入社。同社モバイル・メディア事業の運営を経て現在は独立。作家活動とともに、音楽メディア・音楽配信・音楽ハードの戦略策定やサービス設計を専門とするコンサルタントとして活動中。京都精華大学非常勤講師。東京都、自由が丘在住。本連載を書籍化した全六巻の大作「未来は音楽が連れてくる」( http://otocoto.jp/otobon/mirai.html )の刊行が始まっている。
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