連載第69回 有望市場でなくなったライブと音楽配信。 天才ディズニーの事例が示す「次の大物」へのヒント〜スティーブ・ジョブズ(21)

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2017/07/20 (木) - 03:00

「音楽聴き放題」が促したアメリカ資本主義の躍進

連載第69回 有望市場でなくなったライブと音楽配信。 天才ディズニーの事例が示す「次の大物」へのヒント〜スティーブ・ジョブズ(21)
▲ウォルト・ディズニー・コンサートホール
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 常識は真理ではない。時代が変わり、成立条件が変われば崩れ去る。

 だが時代が変わる時、人間は行動のほうが先に変わり、頭脳は後追いになるものらしい。そのギャップが歴史の節目節目に、悲喜劇を生み続けている。

 無料で宣伝し、人気が出れば売れる。それは真理だろうか?

 20世紀初頭、フォードのもと完成を見た規格大量生産は、大量消費する「大衆」を求めていた。それを創り上げてくれたのが、放送の登場だ。

 1930年代。ラジオが爆発的に普及した。

 無料で音楽が聴き放題。

 ひとびとは音楽の人口楽園に熱狂し、ラジオをこぞって買い求めた。そして放送はインターネットを超える速度でアメリカ全土に普及し、全国規模で広告に触れる「大衆」が誕生した。

 ラジオを売るハードウェアビジネスとして始まった放送産業は、いつしかビジネスモデルを変えていった。無料のキラーコンテンツで大衆の耳目を集め、大量消費を求める大企業に広告を売る。広告モデルが完成したのだ。

 規格大量生産、大衆、大量消費。広告モデルが輪を繋げたのを機に、アメリカの資本主義は世界に先立って新たなステージに入り、世界一の国へと歩みだした。その繁栄のきっかけは、無料で聴き放題になった音楽のつくりだした熱狂に遡ると言っても、そこに嘘はない。

 が、そのあおりを喰らって、アメリカレコード産業の売上はたった25分の1に。無料で聴き放題の音楽を、わざわざレコードで買う必要がなくなったからだ。大物ミュージシャンのコンサート中継が大人気の番組になると、チケットのキャンセルも続出。アメリカの音楽産業は文字通り壊滅した(書籍Part1 第1章)。

 無料でたくさんの音楽を聴いてもらう。それだけでは宣伝でもなんでもなかったのだ。

 車が無料で乗り放題だったら、車はここまで売れたろうか。無料のものにどう金を払ってもらうか。音楽が背負った課題は、他の産業とは全く質を異にしていた。

 一度無料になった音楽を「売る」ためには、音楽産業は20年の歳月をかけ、ハード、メディア、コンテンツの三面でいくつものイノヴェーションを重ねなければならなかったのである(書籍Part1 第2章〜3章)。

 1950年代。ようやく音楽が売れる時代が来ようとしていた。その頃、音楽に遅れて映像の無料化が到来しようとしていた。

 テレビのことだ。

 映画産業は、当時、最先端のテクノロジーだったテレビの普及におののいていた。ラジオの普及時、音楽産業に起きた惨劇が、今度はじぶんたちにも起きるかもしれない。そう映画産業は恐れたのだ。

 だが映画の方は、テレビの登場で壊滅することがなかった。

 当時パッケージ販売の無かった映画は、音楽のように法の抜け穴を突いて製作者の許可なく無料放送できなかったというのがひとつ。

 もうひとつの理由は、ある天才がたった一年でテレビの「無料」を活用する技を編み出してみせたからだ。その天才の名は、このピクサーの章でたびたび挙げてきた。

 ウォルト・ディズニーである。


ビジネスも独創的だった、ウォルト・ディズニーという天才

 ウォルト・ディズニーには夢があった。アニメの仮想世界だけでなく、この現実世界にじぶんのキャラクターたちが踊って暮らす夢の国を創りたかった。

 だが、全幅の信頼を置き経営をまかせていた兄に相談したら「本気で言っているのか」と猛反対を受けた。ウォルトが間をおかず映画を創るせいで、会社の資金繰りは火の車だったのだ。深刻な兄弟喧嘩になってしまった。

 兄に頼れなくなったウォルトは、みずから金を集めざるを得なかった。兄の言うとおり銀行は応じてこない。そこで彼が目をつけたのが、映画業界の嫌っていたテレビだった。

 ちょうどその頃、テレビ局が映画を熱望していた。並み居る映画スタジオが、映画の無料視聴を拒んでいたからだ。「無料放送で壊滅した音楽業界の二の舞いはごめんだ」と考えていたのである。

 テレビ局はディズニー・アニメのような人気映画がどうしてもほしかった。ほんらい有料の映画を無料で流せれば、キラーコンテンツになる。テレビ局は広告費がたんまり稼げる。ライバル局を出し抜けるはずだった。ウォルトはここに目をつけた。

 「宣伝になりますから旧作映画を無料で出しませんか。視聴者もたくさんできてみんな喜びますよ」という放送局の論理をウォルト・ディズニーは一蹴して、次の条件を提示した。

1.テレビ局は、ディズニーランドの開園に出資する。かわりにディズニー社はコンテンツをテレビに供給する。

2.映画は無料公開しない。かわりにオリジナルのテレビ番組を提供する。

3.無料だからといってチープな番組は作らない。ディズニーファンを裏切らない最高品質で制作するが、その制作費はテレビ局が持つ。

4.番組の広告枠のうち1分間は、ディズニー社が管理する。その広告枠は映画とディズニーランドなどの宣伝にあてる。

 この条件で応じて下さる局に、わが社のキラーコンテンツを提供しましょうと持ちかけたのだ。

 彼の映画同様、この交渉は創意と工夫に溢れている。まずディズニーランドへの共同出資でテレビ局を共犯にした。

 次に無料のテレビと有料の映画でコンテンツを分けることで「テレビならタダで見られるから映画館に行かない」という流れを断ち切った。

 さらに制作費をテレビ局が負担する契約で、無料コンテンツですぐさま売上が立つようにしてある。

 潤沢な制作費があれば、高品質の番組を視聴者に提供することができる。あたらしい視聴者が、ディズニー番組の品質に触れる。「ディズニーの映画ならお金を払ってもきっと満足させてくる」と考えてくれるようになる。

 最も常識はずれだったのが、放送局の領分である広告枠に手を入れたことだ。本来、広告枠は放送局のものだ。寄って立つ基盤であり、侵すべからざる聖域である。そこを、株主に放送局を迎え共犯にしたことで、キラーコンテンツを出すディズニーのために広告枠を使えるように認めさせた。

 そして、兄の心配は杞憂となった。

 開園してみればディズニーランドは最強の収益エンジンとなった。入場チケットだけでない。物販からレストラン、そしてホテルまで売上を次々と積み増していき、しまいには、通園を通年でサブスクリプション契約する熱狂的ファンまで現れるに至った。

 それはやがてディズニーが史上最強のエンタメ・カンパニーになる、雛形の完成でもあった。

 いまやディズニー社の売上は、世界中の音楽売上とライブ売上を足しても届かぬほどになっている(連載第65回)。

 今年(2017年)、ライブネーションから音楽フェス行き放題の通年パスが登場した。何が前例となって生まれた試みか、世界のエンタメ産業にとってどこの企業が教科書か知っているひとならわかったはずだ。

 しかし、いま書こうとしているのはその類のニュース解説ではない。

 スティーブ・ジョブズが音楽産業にもたらしたもの、というこの長編でウォルト・ディズニーのことを取り上げたのには、もちろん理由がある。

 ライブの隆盛、定額制配信の普及に続く歴史的な転換点が、世界の音楽産業に迫っている。スティーブ・ジョブズとウォルト・ディズニー・カンパニーのかかわりは、そこにヒントを与えてくれているからだ。


ライブと音楽配信は有望市場ではなくなった。次の大物はどこにある?

連載第69回 ライブ、音楽配信の時代は終わりつつある。天才ディズニーの事例が示す、次の時代のヒント〜スティーブ・ジョブズ(21)
▲ライブの高度成長は終わり、音楽配信も市場規模の限界が見えてきた。次の大物はどこにあるのか、これから数回かけて描いていくつもりだ

 CD時代の終わりは、誕生してから15年で囁かれるようになった。21世紀に入って16年超。そろそろネット時代の「新常識」もいろいろ古くなり始めている。

「これからは音楽配信とライブの時代だ」といわれて久しい。では、市場規模と成長速度はどうなっているのだろうか。

 音楽配信は、前年比17.7%の高度成長を続けている。世界のCD売上をすでに抜いた一方で、その市場規模は1兆円に満たない。配信がCDすべてを塗り替えても2兆円前後で天井が来る。国内でいえばいくら定額制配信が急成長しても、今ある2500億円の総売上が往年の5000億円に戻ることはない。

 ライブの売上はどうだろうか。21世紀初頭、国内のコンサート売上は800億円で、CD売上の5分の1にも満たなかった。その後、15年でライブ売上は4倍に。CDと配信の合計売上を超えたが、成長率は天井にぶち当たった。昨2016年はマイナス成長を記録している。

 世界的にもライブ市場の成長率は6.7%にまで落ちた。高度成長が終わったと言われる中国のGDP成長率とほぼ変わらない数字だ。現在の市場規模2兆円が急拡大することはもうないだろう。

 業界の常識に囚われず、もういちど考えてみる必要がある。有望な市場はどこか。

 ピンチはチャンスであるという。

 21世紀初頭、ファイル共有の猛威に晒される中、アメリカのメジャーレーベルはひとりの音楽コンサルタントの提案を受け入れ、定額制配信を発明した(書籍part2 第3章)。完成度は低く失敗に終わったが、スマートフォンの時代が到来すると定額制配信は生まれ変わり、世界の音楽産業に「答え」として受け入れられるに至った。

 ピンチの領域にこそ、次の時代が眠っているということだ。

 スマホの普及で社会の性質が変わった。それにともない世界の音楽産業は、ファイル共有に続く、新たな危機の到来を認識している。だがその危機は「無料で宣伝すれば音楽は売れる」と放送時代に出来た常識を無邪気に信じる日本人には見えてこない。

 危機が見えないということは、次の時代のチャンスも見えないということだ。

 我が国が、ライブや定額制配信に目を向けている間に、世界の音楽産業は新たな課題へ向かって動き始めていた。

 いまから数節をかけて、そのヒントを解き明かしていきたい。


 

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●次回は<2017年7月24日>更新予定!
【連載第70回「YouTubeのバリュー・ギャップが示す、音楽産業の新たな大変動」】


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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗


1974年、東京都生まれ。上智大学英文科出身。大学在学中から映像、音楽、ウェブ制作の仕事を始める。2000年、スペースシャワーネットワークの子会社ビートリップに入社し、放送とウェブに同時送信する音楽番組の編成・制作ディレクターに。ストリーミングの専門家となる。2003年、ぴあに入社。同社モバイル・メディア事業の運営を経て現在は独立。作家活動とともに、音楽メディア・音楽配信・音楽ハードの戦略策定やサービス設計を専門とするコンサルタントとして活動中。京都精華大学非常勤講師。東京都、自由が丘在住。本連載を書籍化した全六巻の大作「未来は音楽が連れてくる」( http://otocoto.jp/otobon/mirai.html )の刊行が始まっている。
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