連載第66回 テクノロジーと超一流アーティストの関係〜スティーブ・ジョブズ(18)

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2017/04/08 (土) - 00:45
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連載第66回 テクノロジーと超一流アーティストの関係〜スティーブ・ジョブズ(18)

 

テクノロジーと超一流アーティストの関係

 中世の西洋画をイメージしてほしい。子供が描いたように顔が平坦で、背景も乏しい。感情も貧しく見える。

 ルネサンスの絵画はどうだろう。たとえばダヴィンチ。光と影を巧みに使うことで、人物像は奥行きを持ち、こころの深淵を表現している。ダヴィンチは持ち前の科学的センスをアートに導入した。遠近法と陰影法を集大成した彼は、美に新たな時代をもたらすことになった。

 アナログのセル画からデジタルのCGへの進化はルネサンス時代、絵画の世界に起きた2Dから3Dへの転換に似ている。

「技術は芸術を刺激し、芸術は技術を挑発する」

 ラセターは口癖のようにそう言うようになったが、初めてCGに触れたとき、ルネッサンス級のなにかを彼の精神は直覚したのだろう。新しもの好きが驚くのとは質が違っていた。そんな彼はわれわれ凡人と違って新技術に刺激を受けるにとどまらず、技術そのものの進化を促す超一流のアーティストへと変わってゆく。

 同じ頃、音楽産業でもアナログからデジタルへの転換が起きようとしていた。

 当時、世界の音楽産業はディズニーに似て、売上が三分の二となる深刻な不景気に喘いでいた。

 そんな中、音楽アーティスト出身のある日本人企業家が世界の音楽産業を変えた。ソニー・ミュージックの創業者にして、後にソニー本社の社長ともなる大賀典雄その人だ。

 彼の導いたCD革命は、世界の音楽産業を空前の黄金時代をもたらした。

 大賀のCD革命は当初、レコードにこだわる世界中のメジャーレーベルから猛反対を受けたと書いたが(書籍Part I)、ソニー社内でも反対が無かったわけでもない。

 というより創業者、井深大その人が反デジタルの筆頭だった。

 だが井深は、大賀たちが情熱を燃やす姿を見ていて、いつしか「がんばれ、競争相手のフィリップスに負けるな」と応援するように変わっていったという。

 もしアナログ世代のウォルト・ディズニーが生きていたら、最初はCGに反対したかもしれない。が、たとえそうなっても、ラセターらの情熱を見るうちに応援する側に回ったように思う。井深とディズニーからは同じ匂いがする。

 映画産業はレコード産業と同じ父を持つ。ふたりとも科学者エジソンの子供だ。

 ウォルト・ディズニーもまた、最先端の技術を貪欲なまでに映画に取り入れた。映画と音楽の融合をもたらしたトーキー。ゼログラフィー、クロマキー、マルチプレーンカメラ等々。そうやってアニメ産業を築き上げた。

 現在も、VRの普及などで映像技術に革新が起こりつつある。ディズニーやラセターのように、VRを大衆芸術の域に導ける映像アーティストが待望される。MTVが新たな映像の才を発掘していったように、音楽産業は彼らの登場を扶けていったほうがよいのだろう。

 映画『トロン』の発表と前後して、ディズニー社はジョージ・ルーカスのスタジオへ視察団を手向けた。その一団には、アロハシャツのラセターが交じりこんでいた。

 彼は興味津々だったのだ。

 なにせ『スターウォーズ』の続編、エピソードVはそこかしこにCGが取り入れられていた。できることなら、ルーカスフィルムのCG集団と一緒に仕事をしてみたかった。

 後にピクサーの社長となる物静かな男、キャットムルがSFXスタジオで待っていた。


天才をクビにしたディズニー社

 彼は文字通り、待っていた。CGでディズニー映画を創る。それこそキャットムルのほんとうの目標だったからだ。ついにディズニーが俺のところにやってきた。

 だが、デモンストレーションに張り切るキャットムルと裏腹に、視察団の反応は冴えないものだった。

 その背景にはAppleの創業が火をつけたパソコン・ブームもあったろう。それは昨今の人工知能ブームのように「パソコンが普及すればいろんな職業が消える。まずは事務スタッフ」という議論を起こしていた。

 若きジョブズがコンピュータ革命に人生を賭したのは、やがてコンピュータが人間の創造性を解放する道具になると確信したからだった。彼は世界のクリエーターをそこまで愛していた。

 だが実際には大ヒット作のApple IIは、表計算ソフトの先駆けVisiCulcがキラーアプリになって売れだした。その後、その流れに乗ったのがマイクロソフトだ。

 ディズニーの経営陣も考えていた。コンピュータに描画をまかせられたら、人件費を一挙に下げられるではないか。ディズニーもはじめの頃のルーカスと同じ考えだったのだ。

 だから、自分たちの仕事を奪いかねぬ道具を売り込もうとするキャットムルに、視察に来たアニメーターたちは冷淡な目を向けて説明を聴いていた。

 視察団を前にキャットムルは滑り倒していたわけだが、ただ一人、目をキラキラさせて質問を連発してくる男がいた。もちろんラセターである。

 ふたりは何か通じ合うものを感じ、交流が始まった。

 キャットムルがディズニーの大ファンだと聴いて、ラセターは彼をじぶんのスタジオに呼んだ。これはウォルトの描いたスケッチなんだとこっそり倉庫の原画を見せ、キャットムルを感激させたりした。

 その頃、ディズニーは児童小説の映画化権を買い取ったばかりだった。ちびのトースターが仲間の電気毛布たちといっしょに、別荘に来なくなった主の少年に会いに行く物語だ。

 ラセターはこの映画『いさましいちびのトースター』を、キャットムルといっしょに創りたいと思っていた。背景はCGでキャットムルが、キャラは手書きでじぶんがやる構想だ。

 彼はその構想をキャットムルに熱く語っていたが、しばらくすると顔を見せなくなった。

 ‘82年、秋の終わりだった。とある豪華客船の上で開かれたCGのカンファレンスで久々にふたりは出くわした。

 『ちびのトースター』はどうなったんだい?というキャットムルの問いに、「棚上げになっちゃってね」とラセターは頭を掻いて答えた。しばらく暇なんだ、とことばを続けるが眼が泳いでいて、なにか様子がおかしい。

 実は、ラセターは馘首になっていた。

 『トロン』の興行成績は北米で3300万ドル。現在価値で100億円を超えるものだったが、それはディズニーの想定を遥かに下回る売上だった(※1)。CGはコスト削減どころか、金食い虫だったのだ。

 1700万ドル、現在価値で50億円超の赤字を出したディズニーは、CGに積極的なアニメーターをリストラした。その中にはラセターも含まれていた。

 ディズニーを馘首になったことを、ラセターは母にも言えなかった。だが、会話から事情を察したキャットムルは、さっそく船上から同僚に電話をかけた。ほしかった男がフリーになったぞ!

 電話を切ると、キャットムルは柱のかげから呼びかけた(※2)。

「ジョン、ジョン。ちょっとこっち…」

 手招きされたジョン・ラセターはそのままルーカスフィルムの社員となり、ジョブズによる買収があって、そのままピクサーの社員になった。

 ジョブズはまだ、ラセターが天才だと気づいていない(続)。

※1 http://www.measuringworth.com 労働価値で計算し、95円/ドルで換算。
※2 プライス『メイキング・オブ・ピクサー』3章 pp.73



 

 

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●次回は<2017年4月12日>更新予定!
【連載第67回「宮﨑駿とピクサー。やがてApple〜スティーブ・ジョブズ(19)」】


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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

 

 

 


 

1974年、東京都生まれ。上智大学英文科出身。大学在学中から映像、音楽、ウェブ制作の仕事を始める。2000年、スペースシャワーネットワークの子会社ビートリップに入社し、放送とウェブに同時送信する音楽番組の編成・制作ディレクターに。ストリーミングの専門家となる。2003年、ぴあに入社。同社モバイル・メディア事業の運営を経て現在は独立。作家活動とともに、音楽メディア・音楽配信・音楽ハードの戦略策定やサービス設計を専門とするコンサルタントとして活動中。京都精華大学非常勤講師。東京都、自由が丘在住。本連載を書籍化した全六巻の大作「未来は音楽が連れてくる」( http://otocoto.jp/otobon/mirai.html )の刊行が始まっている。
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