連載第64回 アロハシャツとブレイクスルー〜スティーブ・ジョブズ(16)

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2017/04/01 (土) - 02:00

 

 

 

アロハシャツとブレイクスルー

 

 

 

 

▲ジョン・ラセター監督。CGアニメで映画を変えた。のみならず彼がいなければ、スティーブ・ジョブズが最強の経営者としてAppleに無かったかもしれない。その理由をこれから描いていく

 副社長は勇気を振り絞って、ジョブズに議題をぶつけた。

 半年後に控えるCGの祭典、シーグラフに出展する短編アニメ『ティン・トイ』の件だった。それはたった今、身を削る思いのリストラをもって作ったカネと、ほとんど同じくらいかかるのだ。

 「ダメだ」

 と一太刀で切り捨て席を立っていれば、ジョブズの復活はなかったろう。そうしてもおかしくない場面だった。

 だが彼は席を立たず、じっと副社長の情熱を推し量るように説得を聴いていた。脳裏には夏のシーグラフで見た観客の熱狂が浮かんでいた。

 それはブレイクスルーだった。

 電気スタンドのルクソー親子が机のうえで、サッカーをはじめる。小さいスタンド、ルクソーJr.がはしゃぐあまり、ボールに飛び乗ると空気が抜けてしまい、しょげかえる。

 その微笑ましい短編アニメが巨大スクリーンの上で終わると、観客たちはみな立ち上がり、歓声と拍手が鳴り止むことはなかった。

 立方体がスピンし球体が移動する…まるでニュートン物理学のようだったCGの世界に、突如ストーリーを吹き込まれたキャラが、生き生きと動き回ったのだ。CGアニメーション映画の実現はその日、夢ではなくなった。

 「わかるぞ。何が起きたかわかるぞ!」

 沸き立つ会場にいたジョブズは眼を見開いて、隣にいた笑顔がいっぱいのアロハシャツの男にそう叫んでいた(※4)。

 …会議室でそこまで思い出したときジョブズは、『ティン・トイ』の製作続行をまくし立てる副社長に言った。

「絵コンテはあるのか?」

 あります、というので全員で見に行くことになった(※5)。部屋へ行くと、件の『ルクソーJr.』を創った、アロハシャツの男が陽気な顔で待っていた。

 名をジョン・ラセターといった。


※1 『iCon』6章 pp.257
※2 『Becoming Steve Jobs』Chap.5, pp.137
※3 『iCon』6章 pp.263
※4 『Becoming Steve Jobs』Chap.5, pp.137
※5 『iCon』6章 pp.138



アニメおたくがアーティストになるまで

 後に『トイ・ストーリー』を手がけることになるジョン・ラセターは、ジョブズと年はほとんど変わらないが、ふたりはキャラ設定でもしたかのように好対照だった。

 黒のタートルネックのジョブズは菜食主義者。厳しい顔立ちで、その言葉は寸鉄人を刺し、職場に畏れをもたらす。アロハシャツのラセターはチーズバーガーが大好物。いつも冗談ばかり言って職場のみんなに愛されていた。

 そんなラセターだがこの職場に来た当初、孤独を感じないではなかった。テクノロジー会社として始まったピクサーにあって、ラセターは唯ひとりのアーティストだったからだ。

 ラセターの半生こそ、科学者集団のピクサーに魔法をかける最後の触媒だった。

 『鉄腕アトム』などTVアニメや、ディズニー映画が大好きだったラセターは高校時代、隠れオタクだった。テレビは家で観ればいい。が、ディズニー映画に行くのを見られては、学校で笑いものにされてしまう。だから母に車で映画館の前にぴったりつけてもらい、人目を避けて映画館に入っていた。

 結局、美術教師だった母に「アニメも立派なアートよ」と励まされる中、彼はカルアーツのアニメ科に進学した。ウォルト・ディズニーが創設に大きな役割を果たした大学だ。ウォルトと仕事をした叩き上げのアニメーター陣が教鞭を振りまわしていた。即戦力がモットーで、「まるで軍隊のようだった」と同級生だったティム・バートン監督は言う。

 厳しかったが充実した毎日だった。だが学生のラセターは、相反する気持ちのあいだで揺れ動いていた。

 アニメなどしょせん子供のものではないかという気恥ずかしさ。いや、大人も感動させるアニメだってありえる、という矜持。そのあいだを、プロを目指す彼のこころはゆきつもどりつしていた。

 彼の迷いを啓いたのは、ジョージ・ルーカスと宮﨑駿だった。(続)

 

 

 

 

 

 

 

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●次回は<2017年4月5日>更新予定!
【連載第65回「天才創業者の死後〜スティーブ・ジョブズ(17)」】


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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

1974年、東京都生まれ。上智大学英文科出身。大学在学中から映像、音楽、ウェブ制作の仕事を始める。2000年、スペースシャワーネットワークの子会社ビートリップに入社し、放送とウェブに同時送信する音楽番組の編成・制作ディレクターに。ストリーミングの専門家となる。2003年、ぴあに入社。同社モバイル・メディア事業の運営を経て現在は独立。作家活動とともに、音楽メディア・音楽配信・音楽ハードの戦略策定やサービス設計を専門とするコンサルタントとして活動中。京都精華大学非常勤講師。東京都、自由が丘在住。本連載を書籍化した全六巻の大作「未来は音楽が連れてくる」( http://otocoto.jp/otobon/mirai.html )の刊行が始まっている。
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