連載第61回 あまりにも激しいソフトとハードの融合〜スティーブ・ジョブズが音楽産業にもたらしたもの(13)

2016年8月11日 2:30

ARMとiPodとiPhoneと

 

連載第61回 あまりにも激しいソフトとハードの融合〜スティーブ・ジョブズが音楽産業にもたらしたもの(13)
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ARM社。

Appleがジョイントベンチャーで立ち上げた会社だ。かつて若きジョブズを追放したスカリーが社長を務めた時代にあたる。AppleのNewtonはタッチスクリーン式携帯ガジェットの先駆けだったが、ARMの設計したマイクロプロセッサを心臓に持っていた。以来、ARMは携帯デバイス向けのCPU設計に特化している。孫正義率いるソフトバンクが3兆円で買収し、その名は日本の人口に膾炙するところとなった。

iPodもまたARM設計のCPUで動いていた。いっぽうマッキントッシュのCPUをつくるインテルには、携帯向けのCPUはない。OS Xをインテル用からARM用に書き換える大作業が必要だ。

確かにAppleは、すでにモトローラ製のCPUからインテル製のCPUへ、OSを全面的に切換えた実績があった。ベースとなったNeXT OSのカーネルが、どんなCPUにも載せ替えられる設計だったので実現できた。が、それはビル・ゲイツをして、ジョブズの仕事で最も驚愕したと言わしめるほどの離れ業だった。加えてARM設計のCPUは、OS Xを動かすには非力に過ぎた。

Newtonの後は、ニンテンドーDS。そして携帯電話、iPod。当時、ARM設計のマイクロプロセッサを心臓に持っていたデバイスである。どれも一つの用途に特化した専用デバイスだ。

ARMのマイクロプロセッサはムーアの法則に沿って処理速度は上がりつつあったが、iPhone計画発動の段階では、何でもできる汎用コンピュータを支えられるほどのパワーは備わっていなかった。

CPUの進化速度。若きジョブズはこれをかつて読み誤った。

結果、ゴリ押しの開発計画は総崩れとなり、発表すべき製品が何もないまま製品発表会を迎えることとなった(連載第58回)。これに我慢ならなかったスカリーたちは、ジョブズを会社から追放したのである。

会社を賭けなくては革命的な作品は創れない。だが保険が必要だ。

初期のiPhone計画もそのまま走らせる。同時にOS XがARMで動くように極秘プロジェクトを走らせる。それが年を取り知恵をジョブズの方策だった。極秘計画を『ミニ・スティーブ』、スコット・フォーストールにまかせたのである。

命を受けたフォーストールはオフィスへ極秘裏にAppleのスタープレイヤーたちを読んだ。

「君はAppleのスーパースターだ。今の仕事がなんであれ、将来も成功が約束されているだろう」

フォーストールはそこで話を止め、じっと相手の目を見つめた。

「だけど、君に考えてほしい新プロジェクトがある。内容は明かせない。ただ、夜も週末もなく生涯でいちばん働くことになる。そんな仕事になるだろう(※2)」

ARMプロセッサの他にも大問題がある。バッテリーだ。携帯電話のバッテリー容量は小さい上に、その電波はWi-Fiに比べ遥かにバッテリーを消費する。

OS Xを携帯電話に載せるには、通常の機能を追加する開発とは真逆に、機能をこそぎ落とし極限までスリム化しなければならない。

のみならず、マウスではなく指で操れるようユーザーインターフェースも全面書き換えである。

フォーストールのことばは、1年足らずでOS Xをほぼ全面書き換えする不可能なミッションへの招待であった。

フォーストールの、いや背後にいるはずのジョブズの心意気に、エースたちは応じた。スタープレイヤーたちの全身全霊の『死の行軍』は、不可能を可能にしたのである。

このiOSの誕生はやがて、iTunesミュージックストアを超える影響を、音楽産業のビジネスモデルに与えることになる。

※1 Brent Schlender, Rick Tetzeli “Becoming Steve Jobs: The Evolution of a Reckless Upstart into a Visionary Leader”(2005), Crown Business, Chapter 12, pp.309-310
※2 “Dogfight" Chapter 1, last 3 pages.


 

 

少壮幹部、トニー・ファデルの苦悩

 

 

▲2015年、TEDに出演したトニー・ファデル。初代iPodと初代iPhoneの開発責任者だった。

トニー・ファデルは追い込まれていた。

彼はエース中のエースであり、最年少でAppleの上級副社長になった。

ファデルは、フォーストールと違い古参の社員ではない。iPod誕生の際、専門コンサルタントとして雇われたが、ジョブズが素質を見抜き強引に入社させた。


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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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