連載第14回 Spotifyに学ぶフリーミアムモデルの公式

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2012/08/02 (木) - 19:30

Spotifyラジオのメリット3 フリーミアムモデルの改善

Spotify Radio
▲Spotify Radio。Spotifyはスマホでは有料限定だったが、Spotify Radioを無料公開した。ライバルのPandora Radioは、アメリカのiPhoneアプリの利用頻度ランキングで、Facebookに次ぐ2位をつけており(Apple製・Google製を除く※)、TwitterやYoutubeより使われている
画像の出典:guardian.co.uk
(※ http://www.nielsen.com/us/en/insights/top10s/mobile.html )


イギリス上陸時、エックは、

「Spotifyの平均利用時間は、72分/日です(※1)」

と述べたことがある。Youtubeが平均10分/日であることと比較すると上出来であるが(※1)、アクティブユーザー数で見ると、音楽プレイヤー型のSpotifyは、ラジオ型メディアのPandora Radioに大きな差をつけられている。
(※1 http://www.comscore.com/Press_Events/Press_Releases/2011/6/comScore_Releases_May_2011_U.S._Online_Video_Rankings )

そして、アクティブユーザー数と聴取時間の積は、ソーシャルミュージック・メディアの広告売上と直結している。

Pandora Radioはアメリカ限定のサービス(2012年7月1日時点)なので、アメリカに限定して比較しておこう。Spotifyのアメリカの月間アクティブユーザーは300万人(※1)だが、Pandora Radioは5000万人を超える(※2)。Spotifyはアメリカ上陸して日が浅いことを考慮する必要がある。が、Spotifyの全世界のアクティブユーザー数をもってしても、Pandora Radioの3分の1にも満たない。
(※1 http://www.digitalmusicnews.com/permalink/2012/120404spotify )
(※2 http://www.sitetrail.com/2012/06/22/pandora-hits-53.3-million-users/ )


インターネット・メディアの普及以前も、人類は、音楽放送で音楽を聴く時間の方が、レコードやCDで音楽を聴く時間よりずっと多かった。これが音楽放送の進化形であるPandora Radioと、CDプレイヤーの進化形であるSpotifyとの間にも成立してしまったのだ。

Spotifyは、Pandora Radioと比べるとなぜ利用者数・利用頻度で遠く及ばないのか、真剣に対策する必要があった。答えはシンプルだった。SpotifyラジオをPandora Radio並に「使えるラジオ」に改良すればよかったのだ。

Spotifyラジオが期待通り機能してくれれば、Spotifyのビジネスモデルとなっているフリーミアムモデルを、大幅に改善することができる。ここでフリーミアムモデルの公式をおさらいしておこう。

<フリーミアムモデルの公式1>

有料メンバーの最大化=無料メンバーの最大化 × コンヴァージョンレートの最大化

Spotifyは毎月10時間までどんな音楽も聴き放題にすることで、無料メンバーを最大化し、次にスマートフォンとユーザビリティをフックにコンヴァージョンレートを最大化している。ここまでは、すでに説明したとおりである。今回の『Spotifyラジオ』戦略を理解するには、もうひとつの公式が有用だ。

<フリーミアムモデルの公式2>

売上の最大化=無料メンバーの最大化 × 広告単価の最大化 +有料メンバーの最大化
      =無料メンバーの最大化 × (広告単価の最大化 + コンヴァージョンレートの最大化)

2行目に注目して欲しい。右辺の3項目のうち、ふたつがフリーメディアにかかわるもの、音楽放送的なものだ。

Spotifyはこれまで、『天国のジュークボックス(Celestial Jukebox)』と評されてきた。『Pandora Radioの章』でラジオとレコード産業の歴史を振り返ったが、レコードの登場のあと、ジュークボックスがパイロットメディアとなってレコードショップが成立。その後、ラジオの登場でいったんレコードショップは壊滅状態に置かれるが、フリーメディアのラジオで新しい音楽を知ってもらい、レコードを買ってもらう、という黄金パターンが社会的に出来上がり、レコード産業は黄金時代を迎えることになった。これは社会全体で、音楽のフリーミアムモデルが完成した、ということもできる。

ここで現代のジュークボックス、Spotifyがラジオの役割も果たしたらどうなるか。

Spotifyのフリーミアムモデルは、一企業のビジネス戦略を超えて、社会的な規模のフリーミアムモデルも果たすことになる。その結果、Spotifyは、『毎月10時間まで聴き放題』というフックに加え、音楽放送という、さらに大きな窓口、顧客流入チャネルを手にすることになる。

つまり、上記の公式でいう『無料メンバーの最大化』が、さらにレベルアップして起こる。

無料メンバーが最大化すれば、音楽メディアとしての価値が上がり、もうひとつの項目、『広告単価の最大化』も起こる、というわけだ。『Spotifyラジオ』アプリ一本で、そこまでのことが起こるのだ。

実際、ビジネスの世界にインパクトがあった。Facebookとの協業、プラットフォーム化、そしてSpotifyラジオのリニューアルは、株式市場に影響した。Spotifyは上場していないので、上場しているPandora Radioの株価にマイナスの影響が出るという、Pandora Radioにとってやや理不尽な事態となった。

Pandora RadioのCEOジョー・ケネディは、この市場評価にこう反論した。

「Spotify上陸以降も順調にレーティングは伸びています。現在、パンドラのレーティングは4.3%。去年の2.1%の倍に成長しました(※)」
(※ http://articles.businessinsider.com/2011-11-30/tech/30457932_1_spotify-radio-space-cars )

Pandora Radioの聴取率はこのインタビュー後も急成長を続け、Spotify音楽アプリとSpotiryラジオの登場した半年後の2012年6月現在、レーティングは全米で6%に到達した(※)。1万以上のラジオ局があるアメリカで、全国でレーティング6%という数字は圧倒的だ。接触時間に直すと、完全に音楽放送の帝王だったMTVを超えている。
(※ Pandora Radioの章を参照 http://radioworld.com/article/pandora-claims-nearly--of-total-us-radio-listening/214337 )

インタビューに戻ろう。

「Spotifyラジオが人気を得たらどうするのですか?」ビジネスインサイダー誌の核心を突く質問に対し、ケネディCEOは、「12年かけて開発したミュージック・ゲノム・プロジェクト(Music Genom Project)があります(※)」
(※ http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/g/a/2011/11/30/businessinsiderhow-pandora-will-tak.DTL )

と答えた。これは正しい。確かに、エコーネストの努力によってSpotify・ラジオの選曲力は飛躍的に上昇した。だが、公平に見れば、というか、公平に聴けば、Pandora Radioの発見能力と比較するといまでも見劣り(聴き劣り?)するからだ。この差は先に紹介した、この一年でPandora Radioの再生曲数1661億回に対し、Spotifyの再生曲数は130億回だった、という数字も傍証となっているだろう。

結局、筆者のようにPandora Radioで新しいお気に入り曲を発見して、Spotifyでそのアーティストを深掘りしてみる、という利用者は少なくないのではないだろうか。この流れをSpotifyは、じぶんの中で創り上げようと努力しているのはであるが。

現状、音楽メディアとしては、SpotifyはPandora Radioにとうてい及ばない。メディアパワーとしては10分の1ぐらいだ。ただし、数年後の話となるとわからない。エコーネストのレコメンデーション・エンジンの改善がこのまま進めば、Pandora Radioに追いつくかもしれないからだ。その意味ではPandora Media社の株価下落は全くの見当外れとまではいかないだろう。


 


Spotifyラジオのメリット4 スマフォユーザーの囲い込み、そしてポスト・アメリカ進出

Spotifyラジオがもたらすフリーミアムモデルの改善には、もうひとつの側面がある。スマートフォン・ユーザーの囲い込みだ。

これまで無料ユーザーは、Spotifyのスマホ・アプリから締め出されてきた。Spotifyは「PCなら毎月10時間までタダ。でもスマホで音楽を持ち歩きたいならお金を払ってね」というのが無料と有料を結ぶ基本線だった。

だが、スマートフォンがここまで普及してくると、PCだけを新規顧客の接触面にするのは、マーケティング上、おいしくなくなってきた。たとえば、PCはないがスマフォは持っている若年層を、これまでの戦略では取りこぼしてしまう。

2012年6月。Spotifyラジオをスマフォで、無料ユーザーにも提供することを発表。これでSpotifyは、無料のパーソナライズドラジオと有料のサブスクリプションの組み合わせで、スマートフォン単体でもフリーミアムモデルが成立するようになった。

これは同時に、「今のSpotify ラジオのクォリティなら、Pandoraに挑戦できる」というエックの意思表示でもあった。Pandora Radioの主戦場はスマフォとカーステだ。『Pandora Radioの章』の図を再掲しよう。iPhoneアプリの世界では、全米用頻度ランキングで、PandoraはFacebookに次ぐ2位をつけており(Apple製・Google製除く※)、TwitterやYoutubeより使われている。Spotifyにとってタフなリングとなるだろう。
(※ http://www.nielsen.com/us/en/insights/top10s/mobile.html )

各種OS/端末別人気アプリ

ラジオが軌道に乗った暁には、たとえば「スマフォでも毎月2時間まで無料」という形で、スマフォ単体でのフリーミアムモデルをさらに加速させてくるのではないか。そこまで至ると、日本や新興諸国のようにPCの普及に偏りのある国でもSpotifyのモデルは、ぴったり嵌るようになる。

Spotifyラジオがあれば、アメリカ以降の海外進出も見えてくるのだ。

●次回は<8月6日>更新予定!
【連載第15回「Spotifyアプリには、地球の音楽メディアの未来が宿っている」】

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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)
 


1974年 東京都生
上智大学英文科出身。大学在学中から映像、音楽、ウェブのクリエイターとして仕事を開始。2000年、スペースシャワーTVとJ-Wave, FM802、ZIP-FM, North Wave, cross fmが連動した音楽ポータル「ビートリップ」にて、クロスメディア型のライブ・ストリーミング番組などを企画・制作。2003年、ぴあ社に入社。モバイル・メディアのプロデューサーを経て独立。現在は、エンタメ系の新規事業開発やメディア系のコンサルティングを中心に活動中。
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