【後半】新たな音楽&才能との出会いは一種の“麻薬”である Tom's Cabin代表、SXSW Asia代表 麻田 浩 氏インタビュー

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2016/02/26 (金) - 21:00
Tom's Cabin代表、SXSW Asia代表 麻田 浩

ー LIVING LEGEND シリーズ ー
【後半】新たな音楽&才能との出会いは一種の“麻薬”である

Tom's Cabin代表、SXSW Asia代表
麻田 浩 インタビュー


モダンフォークカルテット、ソロとアーティスト活動を通じて、60年代後半のアメリカを“実体験”した麻田浩さんは、トムズ・キャビン設立後、大手が手掛けない、でも音楽好きが支持する多くのアーティストたち(エリック・アンダーソン、トム・ウエイツ、エルヴィス・コステロ、グラハム・パーカー、トーキング・ヘッズ、B-52’s、XTC などなど)を次々と招聘。ロック文化・洋楽文化に大きく寄与されます。邦楽アーティストのマネージメントを開始後はSION、コレクターズ、コシミハルを手掛けられ、ピチカート・ファイブを海外での成功に導きました。また、昨年Perfumeも出演して話題となったSXSW(サウスバイサウスウエスト)での活動を通じて、多くの日本人アーティストを海外へ送り出し続けています。正にポピュラー音楽の歴史の目撃者とも言うべき麻田さんの、音楽愛に貫かれた活動と来月3月に開催が迫ったSXSW、そして今後の展望まで話を伺いました。


 

(インタビュー・山浦正彦、屋代卓也 / 文・Kenji Naganawa)
2016年2月26日 掲載


インタビュー前半はこちらから!
【前半】新たな音楽&才能との出会いは一種の“麻薬”である
Tom's Cabin代表、SXSW Asia代表 麻田 浩 インタビュー
Tom's Cabin
SXSW Asia

 

 

「新しい世代のお客さんが育ってきた」パンク・NW時代〜スティッフ、コステロ、トーキング・ヘッズ etc.

 

—— スティッフにいたアーティストたちの音楽はやはり新鮮でしたか?

麻田:ええ。グレアム・パーカーやコステロを聴いて、「凄くいいな」と思いましたし、みんなで一つのバスに乗って、ツアーして回ったりするスティッフのやり方って凄く新鮮でした。こういうビジネスのやり方があるんだと思って。あと、その頃、後楽園ホールのストラングラーズで初めてスタンディング・ライブをやったんですよ。

—— 語り草になっているコンサートですよね。

麻田:結構トラブルが多かったですけどね。ジャン=ジャック・バーネルが客席に飛び込んじゃったり。あの頃のイギリスのアーティストはとても刺激的でしたね。ブリンズレー・シュウォーツ出身のニック・ロウ、グレアム・パーカー、コステロのアトラクションズ、あとXTCだとか、イギリスの方が全然面白かったですね。

—— 新鮮でしたよね。

麻田:でしょう? その代わりめちゃくちゃでしたけどね。そういう人種のライブをやったことなかったから(笑)。

—— コステロの銀座ゲリラ・ライブとか。

麻田:あれはね、コステロが「東京で一番有名な通りはどこだ?」って訊くから、「銀座通りだ」と言ったら、「俺たちはそこで練り歩く」と(笑)。「車に乗って演奏するから機材を揃えてくれ」って言われて、レンタカー1台借りて、楽器と機材を乗せて、銀座に入ってから音出してね。

—— これはヤバイとは思いませんでしたか?(笑)

麻田:「これ絶対に捕まる」と思いました。捕まらないわけがない(笑)。だから新聞の記者とカメラマンを銀座で待たせておいて、「絶対捕まるから絶対撮ってよ!」って。でも、コステロたちは英語で滅茶苦茶やっているから、警察もよく分からなくて「もういけ! ここでやっちゃ駄目だ!」って追っ払われるくらいで済んだんですよ。

—— 大事にはならなかったんですね。

麻田:でも問題はいっぱいありましたよ、コステロたちは。初日だったかな?アンコールでキーボードのスティーブ・ナイーブの言っていたキーボードが無くて、レオ・ミュージックに新しいのを買ってもらったんだよね。その後、大阪でバンド内のもめ事があって、スティーブがキーボードを思いっきり蹴っ飛ばしたんですよね(笑)。買ったばかりだし、凄く高かったんだけど、マネージャーちゃんとお金払っていたからね。僕たちには分からないけど、よく起きる出来事なんだろうね、向こうのマネージャーにとっては。

—— やっぱりパンク時代ですからね。みんな気性が荒い(笑)。

麻田:そうなんですよね。あの頃のお客さんは、それまでのトムズ・キャビンのお客さんとは違う全く新しい世代のお客さんが育ってきたんですね。集客も結構良かったですから「これでいけるかな」と思ったんです。当然ウドーさんとかキョードーさんとかやってなかったですしね。しかもトムズに投資をするって人が現れて、その話をしていたときに、新聞に「トムズ・キャビン倒産か?」って大きく書かれちゃって。

—— その記事は根拠があったんですか?

麻田:ないでしょう。あの頃はどのプロモーターさんも大変なときで、みんなそんなに上手くいっている時代じゃないですし、ましてや、うちなんかそんな新聞記事になるような会社じゃないんですよ。しかも、ずっといつ倒産するか分からない会社だったから(笑)、なんで今さらこんな記事が出ちゃうんだろう?と思いましたね。

—— トムズキャビンにとっては調子良さそうなときですよね。

麻田:一番調子良いときです。トーキング・ヘッズもやり、B-52'sもやり、だから僕の友達も投資してあげるからって言ってくれたんですよね。でも、そういう記事が出ちゃって、投資の話もなくなり・・・倒産する会社に誰が投資するかって話ですよね。それで出資してくれるお金をあてにして会社を回していたところが、さっと手を引かれちゃったんで、不渡りを出したんですよね。結局倒産して、その当時で多分7000万くらい負債がありましたね。

—— その負債はどうしたんですか?

麻田:2、3ヶ月経ったら、ゴダイゴをやっていたジョニー野村が「うち(ジェニカミュージック)に来いよ」って言ってくれて、「でも何をやったら良いか分かんないな」と言ったら、「ゴダイゴを1つブッキングするごとにギャラ払うから」と言ってくれて、それで少しずつ返済していって、3年くらいやっていたかな。

で、僕と同じくらいに日高氏(日高正博:現スマッシュ 代表取締役社長)がジェニカに入っていて、僕がブッキング、日高氏がプロモーションみたいに分担して、邦楽アーティストはゴダイゴ以外にも新人だったルースターズとか、そういうものもやっていました。そこで、邦楽アーティストを初めてやったんです。


 

 

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【後半】新たな音楽&才能との出会いは一種の“麻薬”である

Tom's Cabin代表、SXSW Asia代表
麻田 浩 インタビュー


「国内で売れないなら逆輸入させよう」ピチカート・ファイブの成功

 

—— その後、日高さんとスマッシュを設立されますね。

麻田:日高氏とジェニカをほぼ同時に辞めて、83年にスマッシュを設立するんですが、2人ともやることがないので、最初は僕の伝手で昔のアーティストをやろうと、いくつかアーティストを呼びました。ただ、その頃、僕は呼び屋稼業にほとんど興味がなくなっていて、ジョニーのところでやっていた日本人アーティストをやりたいと思っていたんですね。でも、日高氏は呼び屋稼業に目覚めちゃってね(笑)。それで、SIONというアーティストに出会って、「よし、彼だったら」とSIONを連れてスマッシュを辞めたんです。

—— そこからコレクターズ、コシミハル、ピチカート・ファイブと仕事されることになるわけですね。

麻田:そうですね。呼び屋さんって何も残らないというか、権利をほとんど持ってないんですね。マーチャンダイジングといったって、そんな大して売れるものじゃないですしね。そこで音楽の権利ビジネスというのを教えてくれたのはジョニーなんですね。

—— また、麻田さんはSXSWへ日本人アーティストを送り込んでいますよね。これはどういうきっかけからだったんですか?

麻田:ピチカート・ファイブをやっていて、僕は個人的には良いアルバムを作っていると思っているのに、全然売れなかったんですよね。それで、ソニーを解雇されちゃって、コロムビアに飯塚さんというディレクターの方がいて、飯塚さんに相談して、レーベルを作ったんですね。だから、その頃やっていたコレクターズだとか、みんな一緒にして、セブンゴッド・レコードというのを作ろうということになったんです。それで、コロムビアに移籍してやったんですけど、やはりなかなか売れない(笑)。特に、ピチカートは関係者の評判はいいのに全然売れないんですよ。

—— 玄人受けする感じだったんですね。

麻田:そうですね、ただ僕の友人の外国人はみんな良いって言ってくれるんですよそこで、YMOの例じゃないですが、アメリカで売れていると言われれば日本の人も買うんだろうなと思ったんです。当時すでにSXSWはやっていたんですが、今ほど大きいイベントではなくて、もう一つの「ニューミュージックセミナー」という音楽コンベンションにピチカートを出したんです。そこで「サイコ・ナイト(Psycho Night)」というのを立ち上げました。日本語の「最高」と向こうの「サイコ」をかけて。それこそ、近田春夫くんのバンドやボアダムス、少年ナイフといったバンドを連れていってショーケースをやったんです。ピチカートは2、3年出したかと思います。

そうしたら、アメリカのソニーの人が凄く興味を示してくれて、その人は日本人アーティスト、例えば、NOKKOとか松田聖子をやっていたんですね。それで「ピチカートをやりたい」と言われたので、「500ドルでシングル3曲」というプランを作ってプレゼンしたんですが、ソニーで会社の配置換えというか、その人の上司が辞めてしまって破談(笑)。最終的にマタドールというレーベルの人が興味を示してくれて、マタドールからリリースして20万枚以上売れました。日本人で言ったらそれまで坂本九、ラウドネスが売れていたんですが、それに次ぐぐらいピチカートは売れました。

—— 20万枚は大成功じゃないですか。

麻田:そう思いますけどね。その後「ニューミュージックセミナー」が倒産しちゃうんですが、「ニューミュージックセミナー」にはSXSWの連中も来ていて、「オースティンでも日本人のショーケースをやってほしい」と言われていたんです。僕はそのときSXSWについてよく知らなかったんですが、「ニューミュージックセミナー」が潰れた途端にSXSWが急浮上してきて、そこで「Japan Nite」をやりだしたんです。

—— それが94年頃ですね。

麻田:ですから、もう20年以上やっていますね。本当は第二のピチカート・ファイブを出さなくてはいけないんですが、なかなか出なくてね。ある程度のところまで行っている連中もいるんですが、やっぱり難しいです。そもそも音楽ビジネスのシステムがだんだん変わってきたじゃないですか。

昔は、例えば、トーキング・ヘッズやB-52'sがいたサイアー・レコードはシーモア・ステインという男がやっていて、彼は直接電話してきて「何か必要なものあるか?」と言ってくれたり、向こうのレコード会社の人やマネージャーと一緒に取り組んでいたんですが、最近はそういうことがなくなっちゃったんですね。

—— アメリカのインディーズレーベルもシステムが変わってしまった?

麻田:そうですね。アメリカもレコードビジネスというのが本当に厳しいですよね。だからライブ・ネイションみたいな会社が、マドンナの権利を全部買っちゃうわけです。レコードが売れなくてもライブで儲かるとか、そういうシステムになるしかないんです。

—— 実際CDを売ろうというやり方ではもう通用しないですからね。逆にCDが売れなくてもライブでちゃんとビジネスになっているアーティストもいっぱいいますよね。

麻田:いますよね。

—— となると、今、コンサート・プロモーターがみんな儲かっているように見えるんですけど、麻田さんはもう1回やらないんですか?(笑)

麻田:僕も毎年、細々とはやっていますよ。2つ、3つとか。ちょうどSIONと独立した頃も、やっぱりSIONだけでは食っていけないから、呼び屋さんもやっていたんですよ。例えば、ラウンジ・リザーズとか、そういうのをやっていました。ラモーンズもその頃です。だから、今でも時々やっていますね。特にラウンジ・リザーズだとマーク・リボーというギタリストがいるんですが、彼関連はずっとやっています。

—— ちなみにスマッシュとはもう一緒にやらないんですか?

麻田:向こうは大きい会社になりましたからね。でも、マーク・リボーは一昨年、フジロックに出してもらったりしています。それこそ、彼はトム・ウェイツのバックだったり、本当に色々な人とやっています。今、アメリカで一番売れっ子のギタリストじゃないですかな。


 

 

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Tom's Cabin代表、SXSW Asia代表
麻田 浩 インタビュー


いいアーティストをサポートする手立てとは

Toms Cabin代表、SXSW Asia代表 麻田 浩氏


—— 麻田さんは本当に幅広く、また新しいアーティストまで滅茶苦茶詳しいですね(笑)。

麻田:音楽好きですからね。本当にレコードとかCDをたくさん買っちゃいます。やっぱり僕は配信というのが好きじゃなくて、CDを買って聴くのが好きです。やっぱりお金出して買うから良いのであって、僕は色々なところからCDを貰ったりするんですけど、貰った物はあまり聴かないですよね(笑)。やっぱり、自分が面白そうだと思って、お金出して買ったら聴きますよ。

—— いわゆる聴き放題サービスとかは全然利用されていない?

麻田:ほとんどやってないですね。ネットでは音楽の記事みたいのを結構読んでいます。あとビルボードチャートとか。

—— 最近の若いミュージシャン対して何か思うことはありますか?

麻田:僕が思うのは、良いバンドはいっぱいいるんですよ。それこそ、SXSWに出たいというバンドは、年間100バンドくらい応募が来るので、それを全部聴くんですが、面白いバンドがいっぱいいますし、日本でなかなか売れないけれど、SXSWに出て何か糸口を掴みたいと考えている人もいるんですね。僕は毎年のようにSXSWへ行って、向こうの音楽シーンの人たちと話をするんですが、日本のアーティストは恵まれていないなと思いますね。

—— どういったところが恵まれていないんでしょうか?

麻田:やはり国のサポートが全然ないですよね。毎年、カナダ政府がお金を出して、10アーティストくらいカナダから日本に呼んでショーケースをやるんですが、シンガーソングライターで、ランディ・ニューマンみたいな子がいたから、この間プロモーションしてあげたんですが、そういうサポートが日本ではほとんどないですよね。もちろん、イギリスもカナダもそれで凄く経済が潤っている部分があるんでしょうけど、それに比べると日本のアーティストは恵まれてないなと思います。

—— それこそ韓国だって国を挙げてやっていますよね。

麻田:韓国は今、凄いですよ。お金出して。台湾もそうですね。

—— 国策としてやっている。

麻田:そう、国策ですよ。今、日本のアーティストで「これは絶対に良いのにな」という人たちがいっぱいいますが、レコード会社も事務所もみんな余裕がないから、なかなか外に売り出せないという。僕がピチカートをやったときはコロムビアとウチの事務所とフジパシの3社でお金を出し合ったんですね。今はレコード会社でそういうお金を出すところはなかなかないんですよね。

ちょっと発想を変えて、日本国内がダメだったら、外からお金を稼いでくれば良いじゃないという発想を持てる人がいない。もちろんそれは、たやすいことじゃないですよ。僕だってSXSWを20年やっていて、なかなかうまくいってないんだから(笑)。そんな偉そうなことは言えないんですが、でもそういうことがないと、日本の音楽業界はこのままどうなっちゃうんだろうと思うんですよね。

あと、もっと地方の音楽が活性化したらいいなと思っています。今年も100バンドくらいSXSWの応募があったんですが、その80%以上が東京のバンドなんですね。これがアメリカだと、今どき「ニューヨークに住もう」とか「ロサンゼルスへ行かなきゃ駄目だ」なんて誰も考えないです。いわゆるレコード会社、音楽ビジネスの体系が変わっちゃったから。昔はニューヨークへ行って、ニューヨークのレコード会社に当たっていかなきゃ始まらない。あるいはロサンゼルスのワーナーへ行くとか。今は全くそうじゃないし、自分で住んでいるところの方が物価も安いし、はるかに生活しやすい。しかも、昔と違ってインターネットを使えますからね。

—— アメリカでは地域格差みたいなものがないと。

麻田:そうです。日本でも地方の放送局やイベンター、ライブハウスが「今年はこの子を推したいんだ」と少しずつお金を出し合ったり、例えば、大阪だったらFM802でもなんでも良いんですが、その地域で一緒になって、大阪から新人を売り出すとか、そういうことをやれば面白いと思うんですけどね。


 

 

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【後半】新たな音楽&才能との出会いは一種の“麻薬”である

Tom's Cabin代表、SXSW Asia代表
麻田 浩 インタビュー


これからも日本のアーティストを海外に出してあげたい

 

—— 最後になりますが、麻田さんの今後の目標をお聞かせ下さい。

麻田:僕も年ですし、あと何年できるか分からないんですが、日本のアーティストを海外に出してあげたいというのが一番ですね。

—— 今、注目しているアーティストは誰ですか?

麻田:まず京都のバンド、パイレーツ・カヌーですね。彼らはもう2回SXSWに出したんですが、今は自分たちでアメリカツアーをやっています。彼らのようにきちんとビジネスをやっている人たちは結構いて、今年のSXSWからはそういう人たちをゲストに迎えて、色々と話もしてもらおうと思っています。日本は未だに恵まれていると思うのは、レコードを出したらすぐマネージャーがついて、ローディがついたりするじゃないですか。外国でツアーをやるというのは、そういうのとはほど遠い世界ですから、そういった状況に耐えなきゃいけないんです。

でも、本当に一所懸命やっているバンドはたくさんいますし、みんな面白いです。今でもどちらかというと、ボアダムスを始めとするあの手の音楽が日本って強いんですね。それこそジム・オルークだとか、そういう日本の音楽に惹かれたようですしね。僕も「昔、ボアダムスとやっていた」なんて言うと、未だに「そうなのか!」なんて興味を持たれますしね(笑)。今、日本には女性のソウルシンガーみたいな人が多いですが、上手い人はアメリカに掃いて捨てるほどいますから、この辺はなかなか難しいんですよね。

—— 日本でR&Bとか、そう呼ばれる人たちですよね。

麻田:だから僕は、隙間を狙うんです(笑)。実は今バンドって狙い目だと思うんですけどね。先ほどお話したパイレーツ・カヌーなんて、編成はマンドリンとバイオリンとギターですからね。他にあまりない、非常に面白いバンドです。

—— 韓国が世界中を席巻していますが、全部ダンス系でバンドはあまりいませんよね。

麻田:いないですね。日本はバンドが強いですし、オリジナリティ溢れるバンドが結構いますから。

—— ちなみに言葉の問題はどうなんですか?

麻田:言葉の問題も本当にないと思いますよ。英語を歌わなきゃいけないということもないですしね。

—— 要するに、海外仕様の味付けはしないでオリジナルで勝負できる?

麻田:そうですね。そういえば、去年のSXSWでPerfumeをやったんですよ。これは凄く評判が良かったですね。みんな驚いていました。あと、BABYMETALも「良いところを突いているな!」と思って、彼女たちが中学生のときに「SXSWに行こうよ」と提案したんですが、卒業試験かなんかでダメでした(笑)。あれだって独創的なアイデアを実現させた“隙間”じゃないですか(笑)。

—— 良いところ突きましたよね。

麻田:本当に良いところ突いています。あとPerfumeは凄いです。彼女たちのライブは世界の最先端を行っていると思います。ステージを演出しているライゾマティクスというチームがとにかく凄い。ディレクターの真鍋大度さんが作る映像も含めたあのステージね。SXSWでは1日しかやらなくて、それも1時間くらいのライブでしたが、スタッフは70人くらい行っていますからね。恐らく1千万円以上かかっているんじゃないかな?

実はPerfumeはSXSWでやる何ヶ月か前に、ロスとニューヨークでライブをやったんですが、全然記事が載らなかったんですよ。つまり、その辺は売り方のノウハウがないんですね。結局、来るお客さんは、向こうに住んでいる日本人で、2000〜3000人なんてすぐ集まっちゃうじゃないですか。

—— それはもったいない話ですよね。

麻田:そう、本当にもったいないんですよ。僕がピチカートをやっていたときに、マタドールは「ツアーをやってくれ」と言ってくるんですけど、僕は金がかかるからツアーに出したくなかったんです。そうしたら「ツアーをやらないんなら何ができるんだ?」と言われたので、「とにかくビジュアルで攻めたい」と提案したんです。ビジュアル的には群を抜いて良いから、ポストカードを作ったり、ポスターを貼ったりしました。あとはどういったところにプロモーションしたら良いかなと向こうの人に訊いたら、ゲイの人たちにプロモーションした方が良いとアドバイスされたんですね。

—— ゲイの人たちにですか?

麻田:そう。ゲイの集まるライブハウスやバーですね。ゲイの人たちってセンスがとても良くて、先物買いの人たちなんですよ。あの人たちが面白いと言えば後はついてくるだろうと。そういうアイデアみたいなことをきちっと考えた上で、コンサートをやらないとやはり刺さらないんですよね。

—— 準備をしないと行っただけで終わってしまう?

麻田:本当に行っただけで終わっちゃうんですよね。その代わり、SXSWでやったときは凄く評判が良くて、アミューズの人も大喜びでした。でも、それはホールクラスになった人たちの悩みであって、ライブハウスでやる分には、とにかく来ているお客さんを掴めばOKです。ギターウルフなんてまさにそうですよ。ギターウルフも本当によくツアーをやっていましたからね。

—— そういった事情がよく分かっている麻田さんには音楽の輸出商社みたいな仕事をして頂きたいです。

麻田:僕も今後はそういうことをやった方が良いのかなと思っているんですけどね。無駄なことをしてもしょうがないじゃないですか。

—— 現地の動向に合わせて適切なタイミングで商品をリリースするという。

麻田:でも、ちゃんと見ている人は見ていますからね。3年前くらいかな、浅草ジンタという変わったバンドがいるんですよ。そのバンドが僕は好きで、SXSWに2回出てもらったんですが、そうしたらヨーロッパのエージェントが気に入ってくれて、翌年にヨーロッパツアーをやって、2013年のグラストンベリーに出たんです。ですから、きちっとした人が見て「これ面白い」となったら、意外といけるんですよね。そこを無駄なく売り込んでいくのが大切になるんです。

—— お話を聞けば聞くほど、これからも麻田さんの力が必要な気がします(笑)。生涯現役でお願いしたいです。

麻田:どうでしょうねえ(笑)。やっぱり年は感じていますよ。ライブは相変わらず観に行っていますけどね。SXSWがあるから、やっぱり観ないと駄目じゃないですか。ただ、SXSWの出演に関しては基本的にはアメリカの方へみんな申し込むんですよ。それでむこうが選ぶんですが、僕たちとしても「今年はこれを推したい」という1枠持っているんです。でも、基本向こうの人たちがセレクトしますから。どんなに有名な人でもそれは関係ない(笑)。

—— やっぱりこの商売に引退はないですね。好きなものはやめられないんですよね。

麻田:そうなんですよね(笑)。いまだに「え? こいつら凄えな!」と思うアーティストが時々いますからね。そういった出会いは一種の“麻薬”みたいなものなんですよね(笑)。

—— 不謹慎な言い方ですが、「分かっちゃいるけど止められない」(笑)。

麻田:「え? こいつら今までどこで何やっていたの?」という興奮があるんです。それはアメリカのSXSWでも日本でもそうです。そういう素晴らしい出会いがあるから、この仕事はやめられないんですよ。

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