【前半】身体を突き動かす「格好良い音」を追い求めて 日本屈指のマスタリング / カッティング・エンジニア 小鐵 徹(JVCマスタリングセンター)インタビュー

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2015/11/30 (月) - 21:15
マスタリング / カッティング・エンジニア 小鐵 徹

ー LIVING LEGEND シリーズ ー
身体を突き動かす「格好良い音」を追い求めて【前半】

日本屈指のマスタリング / カッティング・エンジニア
小鐵 徹(JVCマスタリングセンター)インタビュー


「日本のマスタリングの父」と呼ばれ、72才の現在も日本屈指のマスタリング・エンジニア/カッティング・エンジニアとして大活躍されている小鐵 徹さん。CDやアナログレコードのクレジットでその名前を見ている人も多いはずだ。もはやブランドとも言える「小鐵 徹」の刻印は、良い音の保証マークである。今回は巨匠・小鐵 徹さんにご自身のキャリアからマスタリング/カッティングに対する信念までじっくり伺った。

 

(インタビュー・山浦正彦、文・Kenji Naganawa)
2015年11月30日 掲載

 

 

就職は音響機器メーカー以外、眼中になかった

 

—— 「日本のマスタリングの父」と呼ばれている小鐵さんですが、何年のお生まれですか?

小鐵:1943年(昭和18年)生まれです。昭和16年に第二次世界大戦が始まって、20年に終わったわけですから、ちょうどその真ん中ですね。だから戦中派に属するんでしょうけど、赤ちゃんでしたからね(笑)。

—— ご出身はどちらですか?

小鐵:岡山県です。父も母も実家は農家でした。当時は「産めよ、増やせよ」の時代ですから、両方とも兄弟が8人とか9人とかいました。で、父は旧国鉄の職員で、私の兄弟は2人でした。正式には3人だったんだけど、僕のすぐ下の弟が事故で亡くなってしまったんです。まだ小さい時に。3〜4歳だったかな。その下の弟が、92歳の母親と岡山の実家に住んでいます。父はもう亡くなってしまいました。

—— 小鐵さんの音楽との出会いはいつ頃ですか?

小鐵:中学時代ですね。当時はまだFMもなくてAMだけでしたが、NHK第一と第二があって、第二が教育関係で、その第二で夜11時から『ジャズクラブ』という番組をやっていたんです。色んな評論家が出るんですが、特に油井正一さんや小島正雄さんが好きでした。そういう人たちの解説で、ジャズの色々なジャンルを知りました。

—— いきなりジャズだったんですか?

小鐵:最初はブラスバンドでした。行進曲、マーチですね。初めて買ったレコードもマーチのアルバムでした。

—— 学校にブラスバンド部があった?

小鐵:そうではなくて、ただブラスバンドや行進曲が好きで(笑)。それからジャズの歴史を辿るんです。デキシーランド・ジャズが好きになって、それから基本的にはビッグバンドが好きなんですが、コンボも聴くようになって。大体そういう流れでしたね。

当時、箱型の「7球スーパーヘテロダイン」っていうのが最高のラジオだったんですよ。「7球」ってのは、真空管が7つ入っているという意味です。そのラジオで聴くんですけど、夜の11時からでしょう? 母親に叱られるわけですよ。「夜そんなのをかけたら、隣近所に迷惑だから」と。だから枕元にラジオを持ってきて、音が漏れないように布団をかぶって(笑)、一生懸命聴いていましたね。当時は三度の飯より音楽が好きで、食事のときも隣の部屋でレコードかけて、ご飯を食べたりしていました。

—— 音楽に夢中だったんですね。

小鐵:音楽がすごく好きだと、そのうちオーディオにも興味を持つようになるじゃないですか? それで大学を卒業して就職となったときにビクター、コロムビア、パイオニア、ソニーなど音響機器メーカー以外は眼中になかったです。

就職のときに、父親は子供が可愛いから「何とか自分のコネで少しでも良いところに」みたいな気持ちがあるじゃないですか? でも、僕はツテやコネを使うのは嫌いだったし、親父の薦める会社も好きじゃなかった(笑)。そうしたら親父が怒っちゃって「もうお前のことは知らん!」と。勘当ではないですが、それ以降、弟ばかり可愛がるようになりましたね(笑)。

—— (笑)。ではご自身の力で就職されたわけですね。

小鐵:そうですね。当時は今ほどではないですが、年によっては結構な就職難だったりしたんですよ。僕が卒業した年も、たまたま就職難で1年前ならコロムビアでも、ビクターでも、ソニーでも、どこでも良いですよって状態だったらしいんですが、ダメで。結局、一番最初に入ったのはオーディオテクニカで、2年弱いました。


 

 

身体を突き動かす「格好良い音」を追い求めて【前半】
日本屈指のマスタリング / カッティング・エンジニア
小鐵 徹(JVCマスタリングセンター)インタビュー


バーニー・グランドマンは心の師匠〜マスタリング・エンジニア小鐵 徹の誕生

 

—— その後、ビクターへ転職されますね。

小鐵:ええ。朝日新聞にビクターの求人広告が出ていたんですが、募集していたのは営業だったんです。僕は学校では電気工学を勉強していましたし、卒業するときからエンジニアになると決めていましたから、技術系以外は絶対に嫌だったんです。特に営業は一番嫌だと思っていたんですが、オーディオテクニカでの2年弱の社会人経験の中で知恵が付いていましたから、試験のときは「営業大好きです! どんどん売りますよ!」みたいなことを言っていました。要するに嘘も方便で「入らなきゃどうしようもないだろう」と思ったわけです。それで何とかビクターに潜り込みました。でも当時はまだマスタリングなんて仕事は知りませんでしたね。

—— 当時は「カッティング」と呼ばれていましたよね。


小鐵 徹氏(JVCマスタリングセンター)


小鐵:アメリカではすでに「マスタリング」という言葉を使っていましたが、日本では「カッティング・エンジニア」でしたね。まあ、そういう仕事があること自体知りませんでした。とにかく音に関係する何かをしたい、と。最初にビクターへ入ったときは営業所だったんですが、そこを管轄している所長が月に1回来る度に「工場に行かせてくれ」と直訴しました。そうしたら所長が「じゃあ、お前に何が出来るのか書面にして出せ」って言うんです。ちなみにオーディオテクニカで僕がやっていたのは「外注」という仕事で、技術者が書いた図面を下請けの工場に持って行って部品を作ってもらい、それを工場のラインに流す、という仕事だったんですね。

結局、その「外注」の経験を書いて、工場に転籍させてもらったのはいいんですが、やはりその手の部署に配属されて(笑)。そうこうしているうちに、運良く社内募集がありまして、それがカッティングだったんですよ。なぜ社内募集をしていたかというと、当時は「カッティング・エンジニア」と呼んでいただけあって、日本にはまだ「マスタリング」という概念がなかった。それで洋楽のディレクターから「同じレコードなのに外盤と国内盤で音が違う」とクレームが付いたんです。要は外盤のほうが格好良い音なわけですよ。

—— レベルが違う。

小鐵:レベルと音が違うんです。それが問題になった。で、「アメリカではカッティングのときに、スタッフが集まって色々やっているらしい」ということが分かったんですね。片や日本はどうやっているかというと、例えば「15分の曲の設定はこうしなさい」とか決まっていて、その設定もレベル設定だけなんですよ。要するにマニュアル化されていたんですね。

—— レコーディングされたマスターを時間で区切って溝を刻むだけだったんですね。

小鐵:いわゆるフラットカッティングですね。一種の流れ作業だったわけで、音が違うのも当たり前じゃないですか? で、「これはもう音楽が好きで、ある程度耳も良いやつにやらせなくちゃいかん」という話になったんですが、「外部から人を入れると角が立つから、社内で募集しよう」ということになったらしいです。そのときに応募して入ったのが僕なんです。

—— 小鐵さんは日本のマスタリングの黎明期から関わられることになったわけですね。

小鐵:それでレコード事業部という部署に配属されました。それが1973年(昭和48年)のことだったんですが、配属されたはいいですけど、先生がいるわけではない。そもそも「マスタリング」という概念がないわけですから。

当時、僕は外盤が大好きで、ビクター横浜工場には「視聴室」という大きな部屋があったんですが、僕は昼飯を誰より早く食べて、その試聴室を確保して、昼休みに自分の好きな外盤を聴くということをしていたんです。で、その外盤の中で「これ格好良い音だなあ」と思うレコードを見たら、ほとんどバーニー・グランドマンなんですよ。で、当時バーニー・グランドマンというのは、アメリカの名門A&Mレコードの、いちマスタリング・エンジニアだったんです。そこで腕を上げて、独立されて会社を作られたでしょう? 日本にも支社がありますけど。

—— 独立以前からバーニー・グランドマンに目を付けられていたんですね。

小鐵:そうですね。それで、バーニーのレコードとテープを比べたんです。スイッチを切り替えて、レコードの音、マスターテープの音って。そうしたら全然違うわけですよ。それで「この音、格好良いけど、どうやったら出るんだろう?」と試行錯誤して、段々と音を近付けていく作業をしました。それを社内では「AB比較」と言っていましたが、ものすごく勉強になりましたね。

そういうことをたくさんやるうちに、引き出しが増えてくるじゃないですか? 音楽というのは生き物ですから、一つとして同じものはないんですよ。だから「これで良かったから、次回も当てはまるだろう」というのは、そもそもないんです。でも引き出しが多いと、パッと素材を聴いたときに、格好良くする方法が分かるようになってきますし、ジャッジも速くなります。

—— 本当に独学であり、小鐵さんの技は試行錯誤の積み重ねだったんですね。

小鐵:バーニーさんが日本のスタジオの、5.1chサラウンドシステムのお披露目パーティーにアメリカから奥さんと一緒に来られたんですが、どういうわけか横浜工場に立ち寄って下さったんです。そのときに「僕はあなたのレコードを教材にして勉強させてもらった。だから、僕はあなたを勝手に心のお師匠さんだと思っています」と伝えました。この部屋に飾られているバーニーさんの写真はそのときのものです。バーニーさんは僕より3つ上なんで今75才かな。それでもまだ現役でやられていますからね。

—— バーニー・グランドマンが小鐵さんのお師匠さんなんですね。

小鐵:ええ。心の。もうあの写真は棺桶に入れたいですよ(笑)。


 

 

身体を突き動かす「格好良い音」を追い求めて【前半】
日本屈指のマスタリング / カッティング・エンジニア
小鐵 徹(JVCマスタリングセンター)インタビュー


ビクターのマスタリングは“有機栽培のマスタリング”

 

—— 1973年のカッティングの第一歩から、時代がとにかく変わってきたじゃないですか? 小鐵さんはじめエンジニアの皆さんが洋楽と遜色ないカッティング技術を身に着けた後、そこからCDになるわけですよね? その頃から、マスタリングの重要性は日本でも意識されるようになったと思います。「マスタリングをしっかりやらないとCDの音が良くならないんだ」と。

小鐵:ところがCDの始めの方というのは、アナログレコードは「アナログからカッティングするわけだからロスがあるだろう。そのロスを補うためにマスタリングするんだ」って考え方をする上の人が多かったんです。そういう考えがあるもんだから「CDになったらカッティングをしないんだから、立ち会って操作する必要はない」と。「CDの場合は、トラックダウンしたマスターのままでよろしい」という考えだったんですね。

そういう時代が少し続いたときに、また「外盤の方が格好良いじゃないか」という話になった。それで「やっぱりCDでもマスタリングしなきゃいけないんじゃないか?」という考えが出てきたわけです。当初はまだ本格的なマスタリングというのはされてなかったんです。

—— CDが出たばっかりの頃はフラットだったんですか?

小鐵:もうフラット。よく「リマスター」ってあるじゃないですか? 当時のものってレベルも低かったですよ。と、言うのはトラックダウンしたマスターそのものをマスターにしているから、そのレベルのまま、素材のままなんですよ。そんな事情があるので「リマスター」によって音質がすごく変わることがあるわけです。

当時はトラックダウンした素材をそのまま工場に持って行ってしまうんですよ。たまに「CDのマスタリングしてくれ」って言ってくる人がいたんですけど、それをやると「余計なことするな」と会社に怒られたもんです。そんな時代があったんです。

—— では、少し遅れてCDのマスタリングというものが確立されていったと。

小鐵:そうですね。聴き比べると、やはり外国のCDの方が格好良いわけじゃないですか? それでようやく、CDにもマスタリングが必要だということになった。ですから、アナログのときと同じ流れですよ。

—— ちなみにビクターの卓はオリジナルだったんですか?

小鐵:ええ。オリジナルにする少し前は、世界的に有名なイコライザーだとかリミッターを買ってきて使うという時代があって、それが何故変わったかというと、あるとき、レコード事業部長が視察に来まして、カッティングの課長が「これは今、世の中で一番良いものなんです」と説明したんです。そうしたら事業部長が「ビクターのオリジナリティはどこにあるんだ」と言ったんです。「こういう買ってきたものを使うのは誰でもできるでしょう」と。それからですよ。自分たちでイコライザーやリミッターを作って、オリジナルのコンソールを作るようになったのは。

小鐵 徹氏(JVCマスタリングセンター)


—— それは良い判断だと思われましたか?

小鐵:当然、自分たちで作るリミッターやイコライザーも、当時市場に出回っていたNEVE、Sontec、GMLだとか、そういったものを雛形にしているわけです。で、「それプラスアルファの良い物を作ろうじゃないか」ということでした。そのために、エンジニアと我々カッティング・エンジニアとで、その都度試聴会をして内容を詰めていきました。僕はそのほうが良いと思っています。アメリカのスターリング・サウンドとかバーニー・グランドマンみたいな世界的に有名なスタジオだって、そういう方式をとっています。買ったままではなくて自分でプラスアルファする。それは一つのオリジナリティですし、他は真似できないじゃないですか。

よくお客さんから「ビクターのマスタリングはどんなマスタリングですか?」って質問を受けるんですが、僕は「ビクターのマスタリングは“有機栽培のマスタリング”です」と答えます。「野菜に例えると、化学肥料をバーっと巻いてできたものと、土にこだわって作ったものでは食べたときに何か違うでしょう? まず香りが違う。一口噛んだときに歯ざわりとか風味が違う。マスタリングも全く同じです」と。ビクターは色んな機材を手作りしています。ケーブルだって、とっかえひっかえして最上のものを使っている。そういうところが有機栽培とよく似ていると思ったんです。

有機栽培の場合、土台となるのは土ですよね。スタジオで土に相当するのは電源だと思っているんです。その電源についてもCSEだとかシナノを使って、ピュアな電源にしています。そのピュアな電源を各ユニットに供給するにも、電源ケーブルが必要で相性というものもある。「これが良いから全部良い」ということにはならない。そういうものをとっかえひっかえしているんですよ。もう気が遠くなる作業ですし、こういうことって際限がないです。世の中に出ているものを全部持ってきて聴き比べるのは不可能じゃないですか? だから「現状、今の状態が一番良いですよ」と言っている。でもこれは完成品ではないんですよ。

—— ビクターが総力をあげてやることですよね。

小鐵:そうですね。まずトップから、そういう考え方になる。きっかけは事業部長ですよね。上の方から変わっていった。もっと突き詰めて言うと、ビクターのずっと昔の偉い人たちは「原音探究」と言っていた。玄関に石碑があったと思います。見ました?

—— さっき見させていただきました。

小鐵:石碑は結構古びていますが、そこにある「原音探究」という言葉はビクターの基本精神ですね。


 

 

身体を突き動かす「格好良い音」を追い求めて【前半】
日本屈指のマスタリング / カッティング・エンジニア
小鐵 徹(JVCマスタリングセンター)インタビュー


増え続けるアナログレコードの仕事

小鐵 徹氏(JVCマスタリングセンター)


—— 時代の流れとして、持ち込まれるマスターのメディアがどんどん変わっていきましたよね。CD初期のマスターってなんだったんですか?

小鐵:素材は「シブイチ」か「ハーフ」の2種類でしたね。それからDATで持ち込むような人も現れて、今はwavとかaiffが多いですね。

—— アナログレコードから聴いてきた耳にはどういう風に感じられましたか?

小鐵:言っちゃ悪いですけど、初期のPro Toolsとかは「なんだこれ。イモじゃないか」と思いました。

—— それがマスターになっている時代はがっかりした?

小鐵:ええ。「コレお客さんを騙すことになるんじゃないか?」って思いましたね。失礼なんじゃないかって。「一種の詐欺なんじゃないか」とさえ思いました。

—— ハーフインチ・マスターの頃までは良かった?

小鐵:僕は良いと思いました。それからデジタルになったでしょう? もうがっかりしましたね。

—— 世の中、良い方に進むと思ったのに。

小鐵:そう。「これじゃ詐欺じゃないか」って。確かに便利ですよ?便利だけどね…。アナログのテープだって歴史があるわけじゃないですか? 当初はそんなに良くなかったと思いますよ。でもだんだん良くなってきた。それを思えば、デジタルはまだ歴史も浅いし、しょうがないのかなとも思います。これからデジタルのハードも進化するだろうから、と。そう思っていたんです。そうしたらPro Toolsなんて初期のものと比べたら良くなりましたよね。だから最近のwavでも悪くはないですよ。

昔はテープに「サンパチ」と「ナナロク」とスピードがありましたよね。理屈上は「ナナロク」の方が良いはずなんですが、僕は「サンパチ」の方が好きでした。それは音楽として、そっちの方がバランス良いし、気持ち良いからなんです。デジタル化の後の「ヨンパチ」は、24bitの「ヨンパチ」が一番「サンパチ」に近いかな、という印象があります。今だと「24bit/96kHz」が結構良いんですが、そういう流れを見ていると、結局はアナログに近付こうとしているんですよね。

—— 「アナログに近付こうとしている」という話は色々なところで聞きます。

小鐵:テープはもう世界中で「生産されてない」とされている。だけど日本では3社、頑張って研究しているメーカーがある。そのテープが、昔に比べて随分クオリティが上がっているらしいんです。今はネットの時代じゃないですか? そのサーバーとして、デカいハードディスクを使っている一方テープで、データの保存が見直されているんです。

—— サーバーとして磁気テープを使うんですか?

小鐵:コストも安いし、耐用年数に関しても、ハードディスクより良いということで、大容量のサーバーに使われているという新聞記事を読んだことがあります。それを読んで、そんな高性能なテープがあるのなら、次世代のアナログテープデッキをどこかが作ってくれないかな? と思っているんです。そうしたら「24bit/96kHz」なんかよりもっと良いんだから。

—— デジタルって耐用年数に関しては信用ならないところもありますものね。今お客さんはどのような形でデータを持ち込まれますか?

小鐵:やはりハードディスクが一番多いですね。あとはUSB。それからお皿、DVD-Rですね。

—— 最近はアナログの仕事が増えているようですね。

小鐵:アナログは去年くらいから増えだしたんですが、今年の8月くらいから一段と上がってきましたね。それで最近は土・日・祝日も休みじゃなくなりました。この間なんて月に1回休むのが精一杯でした。

—— スタッフ的なところで言うと、他の方もカッティングするのですか?

小鐵:カッティングは僕だけです。昔アナログをカッティングしていた人なら、今でもできるわけでしょう? でも、誰1人やりたがらないです。CDのマスタリングを経験しちゃうと。早い話、楽なんですよね。アナログは本当に地道でキツい作業の連続で、おまけにリスクも大きいんです。だから誰もやりたがらないんですよ(笑)。カッティング・エンジニアは僕と東洋化成さんに2人、それからコロムビアさんにも2人で日本に5人ということになります。まあ非公式にやっている方もいらっしゃるかもしれませんが。


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【後半】身体を突き動かす「格好良い音」を追い求めて
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