初音ミクを音楽の歴史に位置づける『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』著者 柴 那典インタビュー

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2014/04/14 (月) - 19:45

初音ミクを音楽の歴史に位置づける
〜 僕らはサード・サマー・オブ・ラブの時代を生きていた 〜
『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』著者 柴 那典インタビュー


柴那典ライター/編集者/音楽ジャーナリスト
柴 那典

 
音楽ライターの柴那典氏による著書「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」が発売された。
2007年8月に登場したボーカロイドソフト「初音ミク」。”彼女”の登場は、ニコニコ動画を中心に「ボカロP」と呼ばれる一般ユーザーたちが大量の新曲を発表する原動力となり、単なるツールやソフトウェアの枠組みを超え「音楽の新しいあり方」を示す象徴となった。
本書は「初音ミク」が誕生した2007年を”三度目の「サマー・オブ・ラブ」”と捉え、今までオタク文化、ネット文化の中で語られることが多かった「初音ミク」の存在を初めて音楽の歴史に位置づけ、綿密な取材を通して、21世紀の新しい音楽のあり方を指し示す画期的かつ刺激的な一冊となっている。
今回は出版を記念して、著者の柴那典氏に執筆の経緯から、本書に込めた想いまで話を伺った。
(取材・文・写真 Kenji Naganawa、Jiro Honda)


柴那典初音ミクはなぜ世界を変えたのか?
『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)PROFILE
柴 那典(しば・とものり)

 
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンにて『ROCKIN’ON JAPAN』『BUZZ』『rockin’on』の編集に携わり、その後独立。雑誌、ウェブメディアなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける。
日々の音色とことば(ブログ)
Twitter端緒は「2007年」というキーワード●著書『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』の出版おめでとうございます。どのような経緯で本書を執筆されたのでしょうか?

柴:実は、2〜3年ほど前に専門学校の講師をしていたことがありまして、音楽業界に入りたい学生向けに、例えば、レコード会社や音楽事務所などの仕事の概要を教えていたことがあったんです。ただ、そもそも僕はレーベルや事務所の人間ではなかったので、自身の経験から伝えることは一切できません。その代わりに、こういう新しいテクノロジーが登場して、それが音楽の受け取り方をこう変えた、というようなことを教えていたんですね。

●音楽業界を俯瞰して、その流れを押さえるような?

柴:そうですね。経験がない代わりに分析はできるだろうということで。その中で「2007年が時代の変わり目だったんじゃないか?」と気がついたんですね。TwitterやYouTubeなど、音楽やソーシャルまわりのサービスが出始めたのが、だいたい2000年代の中盤だったんですが、調べてみると、ニコニコ動画、SoundCloud、Ustream、初音ミクが全部2007年に誕生しています。1995年は阪神淡路大震災が起こり、オウム真理教による地下鉄サリン事件があり「日本社会が転換した象徴的な1年だった」とよく言われていて。「2000年代にも絶対転換期があるだろうな」と思っていたんですが、それが2007年だったんじゃないか、という仮説を思いついたのが、本書の始まりです。

もう一つのポイントとして、洋楽について考えていたことがあります。2000年代になって変わったことの一つに「洋楽のロックが若い子たちに聴かれなくなった」という現象があります。カーリー・レイ・ジェプセンやレディー・ガガなどポップスは聴かれていますが、ロックが聴かれていないと。それで「今の10代に洋楽が響かない理由はなんだろう?」と調べたりしている中で、ドリルスピンに投稿したコラム(「いつの間にロック少年は『洋楽』を聴かなくなったのか?」)が佐野元春さんの目に留まって、佐野さんのラジオ番組に出させていただくことになったんです。番組では洋楽について語ったので、ボカロは全く関係なかったんですが、番組の内容とは別に「では、2000年代の若い子は何を聴いているんだろう?」という話をした中で、今の若い子たちは「カウンターカルチャーとしてボカロを聴いていたんじゃないでしょうか?」と言ったんです。

●佐野さんとの対話の中で、「カウンターカルチャー」という言葉が出てきたんですね。

柴:そうです。その「カウンターカルチャー」をキーワードに過去を遡ってみると、67年にサマー・オブ・ラブ、87年にセカンド・サマー・オブ・ラブがあった。そこで「2007年が時代の転換期だった」という先ほどの発見と、67年、87年、2007年と見れば、20年おきに音楽とカルチャーの大きなターニングポイントが出てきている、という説がクロスして、自分で勝手に盛り上がった (笑)。それをブログに書いたら、出版社の人から「それで一冊書きませんか?」とオファーを頂きました。ですから、元々はボカロについて本を書きたい、というスタートではなくて、「2007年」というのが大きなキーワードだったんです。

最初の書名は「初音ミクとサード・サマー・オブ・ラブの時代」でした。ただ「”サード・サマー・オブ・ラブ”と言っても、音楽好き以外には伝わらないですよ」と言われ、二転三転しつつ『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』というタイトルに落ち着きました。とはいえ、音楽好きには”サード・サマー・オブ・ラブ”をアピールしたい気持ちもあるし、表紙に”三度目の「サマー・オブ・ラブ」”という文言は入れさせていただきました。



 

初音ミクを音楽の歴史に位置づける
〜 僕らはサード・サマー・オブ・ラブの時代を生きていた 〜
『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』著者 柴 那典インタビュー

 
音楽の歴史の中で「初音ミク」を語る●柴さんが初音ミクと初めて出会ったとき、どのような感想を持ちましたか?

柴:初音ミクを知ったのは発売直後でした。これは、皆さんと同じように、ネットニュースやテレビからでした。当初は僕も音楽業界の大多数の人と同じように、「萌えキャラ」みたいなイメージで、あくまでもオタクのものだと思っていました。

●その認識が変わったきっかけは何だったんですか?

柴:「FLEET」というロックバンドをやっていた佐藤純一さんというミュージシャンがいて、昔インタビューさせていただいてから親交があったんですが、彼が2010年頃にボカロの曲を作ったんです。彼は、ボカロの世界に新しい熱気があることにすでに気づいていて、例えば、THE VOC@LOiD M@STER(ザ ボーカロイド マスター)や同人音楽界隈にも足を運び、「これからはここの橋渡しをやらないといけないんです!」とすごく熱く語っていました。


FLEET「Cipher(サイファ)」

佐藤さんのようなロックミュージシャンがボカロで曲を作ったというのが、僕にとっては「これは音楽として語るべきものなんだ」と思ったきっかけだったんです。

●そこで「ボカロ」に対する見方が変わった?

柴:変わりました。佐藤さんはその後、ボカロPの人やネットレーベルの人など、いわゆるネット系の下の世代のクリエイターと「fhána」というユニットを組んで、ランティスさんからリリースしていますが、たぶん、佐藤さんがボカロ曲を作ったのも、「FLEET」よりも新しいところに行こうとしたタイミングだったと思います。2009年から2010年のボカロシーンは音楽的な広がりが出てきた頃で、そのタイミングで僕もボカロを知ることができた。

それでも、ボカロを最初から知っている人と比べるとめちゃくちゃ遅いことは十分わかっていて。2007年から知っていた人に対しての後輩意識みたいなものがすごくあるんですが、ただ、2011年に「Tell Your World」が出て、みんなが「ボカロすごい!」と騒ぎ出したときに、「ね。すごいでしょう?」と言える立場にいたというか(笑)。ボーカロイドに関してはそれくらいの距離感でしたね。基本的にはロックやJ-POPのメディアで仕事をしている人間なので、どうしても、そちら側からの切り口になります。


livetune feat. 初音ミク「Tell Your World」

●ボカロ、初音ミクを音楽史の中で位置づけしようと思ったのも、そのような柴さんの立ち位置ゆえなんでしょうか?

柴:そうですね。僕はボカロに関してオーソリティではないですし、ボカロの動きを最初から見てきた人間ではないので、本を書くにあたっては誰かに話を聞きにいかなきゃいけない、というのが最初にあったんです。では、誰に話を聞こうかと考えたときに、まずはクリプトンの伊藤社長(クリプトン・フューチャー・メディア株式会社 代表取締役 伊藤博之氏)のところに行くしかないだろう、と思いました。

伊藤社長に取材するにあたって、クリプトンという会社を調べたところ、伊藤社長はもともとアマチュアミュージシャンで、自分で作ったサンプリング音源を売り始めたのが、クリプトンのビジネスの最初なんだということを知りました。要は社長も社員もみんな音楽が好きで、音楽クリエイターのためになることがしたくてやっている会社であると。そのときに、初音ミクは音楽の歴史の中で語られるべきだし、今の音楽ライターが一番できていないことはそこなんじゃないか? と思ったんです。

●なるほど。

柴:それで「60年代のヒッピーカルチャーから、脈々とポップミュージックとインターネットが進化し、その果実として初音ミクが生まれた」というアウトラインで企画書を書いて、伊藤社長に送ったら非常にノってくれました。

●「ようやく伝道者が来てくれた!」と。

柴:そう思っていただけたのなら本当に嬉しいですけどね。ただ、初音ミクは発売後にものすごく話題になったんですが、そのときのテレビやメディアの取り上げ方が、伊藤社長の思うものではなかったようなんですね。つまり、自分たちは音楽クリエイターのために作っているけれど、どれも「新しいアニメキャラが出た」みたいな扱われ方で。その時点で伊藤社長が目指していたのは、初音ミクを通じて、たくさんのアマチュア音楽家が生まれ、そこからプロになる人もいるみたいな未来像だったのに、「アニメ化」とか言われちゃった……みたいな。そこの葛藤は2007年当時の伊藤社長にはあったと思います。

●でも、2007年当時の伊藤社長の未来予想図は現実のものとなっていますよね。

柴:そうですね。これは実際に取材してわかったことですが、伊藤社長はものすごく未来を見ている人なんです。2007年の時点で、初音ミクがいわゆるキャラクターとして消費されるんじゃなくて、新しい音楽文化を生むだろうという予測を持っていたんですね。

その背景には同人音楽の存在も大きいと思います。当初、伊藤社長はその存在を全く知らなかったそうですが、Linuxのオープンソースの開発みたいに、音楽やイラストや、様々なクリエイターが結びつけば良いんじゃないのか? と直感的に思ったらしいんです。つまり、オープンソース的な音楽文化というものを2007年の時点で思い描いていた。そこがすごく大きかったんですよね。その思想があったからこそ、単なるキャラクターのブームでボカロが終わらなかった。

この本の中では、3回伊藤社長にインタヴューしているんです。最初はクリプトンが初音ミクを出すまで、2回目は初音ミクの発売直後、そして最後は未来に向けての話を聞いたんですよ。最終章に3回目の取材で行ったインタヴューを乗せているんですが、そこで語られているこの先50年の話はものすごく面白かったです。伊藤社長はまだまだインターネットがもたらした革命って入り口の1歩も踏み出してないっておっしゃって。

●暖簾くぐったくらいだと(笑)。

柴:みんなは世界がものすごく変わったと言うけど、全然変わってないって言うんですね。それは何と比べて変わってないかというと、産業革命や農業革命なんです。産業革命の前後で人の暮らし方や社会がガラっと変わったのに比べると、情報革命ではそんなに変わってない。むしろこれから50年先にかけて、とんでもない変化が起こっていくだろうと予測していると。そのものすごい変化の最初のリファレンスとして、初音ミクの起こした、ポッと燃えた火のような現象があるんだ、とおっしゃっていました。

柴那典世の中の人たちは「初音ミクブームですね」「ボカロが売れてますね」という風に見ているんですが、伊藤社長は全然別のところを見てる、というのが話を聞いていて一番面白かったですね。ですから、この本も単に「ボカロがブームでした」「現象を起こしました」という本ではなくて、60年代から脈々と続く様々な革命の先端にボカロはあり、今後のポップミュージックのあり方として、新しい流れが定着するだろうということを書いています。共有されるオープンソース的な音楽のあり方ですね。「一 対 多」ではなく「多 対 多」みたいなものになっていくという。



 

初音ミクを音楽の歴史に位置づける
〜 僕らはサード・サマー・オブ・ラブの時代を生きていた 〜
『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』著者 柴 那典インタビュー

 
思いつきを血肉化した音楽制作現場の声●伊藤社長の他にもエレックレコードの萩原克己さん、U/M/A/A(ユーマ)の弘石雅和さんにも取材されていますね。

柴:ええ。やはり現場の人たちの言葉にはすごく力があります。それをすごく実感したのが昨年急逝されたエレックレコードの荻原さんに取材させていただいたときですね。荻原さんは伊藤社長にからご紹介いただきました。60年代に吉田拓郎のバックで音楽を始めて、70年代のフォークブームを作った人が、今、“歌ってみた”のムーブメントにちょっと関わっていたわけです。正確に言うと、“歌ってみた”をやっていたhalyosy(ハルヨシ)さんがもともとやっていたabsorb(アブソーブ)というバンドのマネージメントに関わっていた。その繋がりを聞いたときには本当に驚きました。現場の人は「”フォーク”と“歌ってみた”って同じだ」と気づいていていたんですよね。荻原さんやエレックレコードが70年代にやっていた「歌の市」というイベントは、泉谷しげるさんみたいな売れっ子だけじゃなく、アマチュアの応募で成り立っているようなイベントで。つまり、構造が“歌ってみた”と同じなんですよね。