特集

  • 1999年10月5日。サンフランシスコのAppleカンファレンス。前年にiMacで完全復活を遂げたジョブズは、熱狂に包まれ登壇した。スクリーンに映し出された巨大な林檎のロゴを背にして、彼は語り始めた。「盛田昭夫氏は、私とAppleのスタッフに多大なる影響を与えました。先の日曜日、彼が世を去りました」『Think different』のフレーズと共に、Sonyの共同創業者の写真が、林檎のロゴに変わってスクリーンに映し出された。
  • 「アラン・フリード。僕の名前だ。僕の半生は、ロックンロールの歴史でもあるんだ」独白に続いて、男は壇上に立ち、エムシーを始める。オーディエンスは熱くなり、伝説のロックンローラー、ビル・ヘイリーの演奏が始まる。1957年のボストン。男の主催するこのライブショーは、ロックンロールにとっても、男の人生にとっても頂点だったかもしれない。ロックンロールのブームは、この男から始まり、ブームはピークを迎えていたからだ。
  • レコード産業は、フリーメディアのラジオに勝てず、かつて売上が25分の1に落ちたことがある、と書いた。1930年初頭のアメリカのことである。1930年代の不況はエンタメの明暗を分けた。ラジオと映画は力強く、30年代に黄金時代を築いていった。一方、レコード産業の売上は30年代のうちに、恐慌前の水準へ戻すことはなかった。
  • 昨年12月に公開された音楽プロデューサー佐久間正英氏と榎本幹朗氏のスペシャル対談の第二弾が行われた。今回は前回の続編となる内容で、国内の音楽業界の問題点や、海外の音楽市場と海外での日本人アーティストの評価、さらに日本に適した新たなデジタルメディアの可能性について語っていただいた。
  • 昨年12月に公開された音楽プロデューサー佐久間正英氏と榎本幹朗氏のスペシャル対談の第二弾が行われた。今回は前回の続編となる内容で、国内の音楽業界の問題点や、海外の音楽市場と海外での日本人アーティストの評価、さらに日本に適した新たなデジタルメディアの可能性について語っていただいた。
  • 1962年。DNAの分子構造を発見したジェームズ・ワトソン博士は、ふたりの研究仲間とノーベル生物学・医学賞を受賞した。それからちょうど半世紀後、博士はロングアイランドのタウンホールで、Pandoraの創業者ウェスターグレンと共にいた。
  • Break of Reality(ブレイク・オブ・リアリティ)。NYで活動する3チェロ+1パーカッションのインスト・バンドの名だ。合衆国連邦議会に提出した証言集で、彼らはインディーズを代表してPandora陣営を支持した。理由は簡単だ。Pandoraがきっかけで売れるようになったからだ。
  • これまで説明してきた米国著作権法の問題は、ある意味、テクニカルな話題かもしれない。だが今から述べる課題は、日本でどういう仕組みを創るべきかを考える上で、ぜひ考慮に入れておきたい話だ。
  • 「Pandoraは、世界でいちばん民主主義的なラジオです」民主主義の殿堂、アメリカ連邦議会の公聴会でこう切り出したのはPandoraのCEO、ジョー・ケネ ディーだった。インターネット公平法案をめぐる公聴会で、法案支持者として証言に立ったのだ。
  • 全米を巻き込んだ怒濤のSaveNetRadio(セーブネットラジオ ネットラジオを救え)運動から5年。Pandoraの名は再び、メディアを騒がせようとしていた。2012年11月。Pandoraに対して、メジャー・アーティストたちが署名を連ねた公開質問状が、ビルボード誌に掲載された。
  • BOØWY、THE BLUE HEARTS、JUDY AND MARY、L'Arc〜en〜Ciel、黒夢、くるりなど多くのアーティストを手がけ、最近ではホームページに公開された「音楽家が音楽を諦める時」が話題を集めた音楽プロデューサー佐久間正英氏と、『未来は音楽が連れてくる』の著者である榎本幹朗氏の対談が実現した。佐久間氏のプロデューサーとしての視点を交え、『未来は音楽が連れてくる』に対する印象や、Pandora・Spotifyの可能性、さらに日本人アーティストが海外で活躍しにくい理由などを語ってもらった。
  • BOØWY、THE BLUE HEARTS、JUDY AND MARY、L'Arc〜en〜Ciel、黒夢、くるりなど多くのアーティストを手がけ、最近ではホームページに公開された「音楽家が音楽を諦める時」が話題を集めた音楽プロデューサー佐久間正英氏と、『未来は音楽が連れてくる』の著者である榎本幹朗氏の対談が実現した。佐久間氏のプロデューサーとしての視点を交え、『未来は音楽が連れてくる』に対する印象や、Pandora・Spotifyの可能性、さらに日本人アーティストが海外で活躍しにくい理由などを語ってもらった。
  • 嘆願書は却下されたが、そこからが勝負だった。連邦委員会の行政判事が構成するCRBが対話を拒否した以上、あとはその上の議会を動かすしか道はなかった。だが、新興のインターネット放送業界はロビー団体を持っていない。法外な新料率の発効日は7月初頭が予定されていた。あと四ヶ月が過ぎれば、インターネット放送は、レコード産業の思惑通り壊滅してしまう。
  • 「放送局はレコード会社へ金を払うべきか、否か」それが、事の発端だった。米連邦議会のロビーではパフォーミング・ライツをめぐり、レコード産業とラジオ産業が鍔迫り合いを繰り返してきた。
  • かくてPandoraは開局した。初対面からして、Pandoraは既存の放送とは装いが異なっていた。サイトを開くと画面の真ん中に、Googleのようなシンプルな検索欄が現れるのだ。検索欄には「好きな曲名かアーティスト名を入力して下さい」と書いてある。
  • 「なんでも聞いて下さいね」ウェスターグレンはいつもこう切り出して、聴衆とかけあいを始める。話しぶりは穏やかで、決して大仰な声を出さない。というか、内気なボソボソ声だ。だが、ウェスターグレンのキャラクターには、オーディエンスを盛り上げる天分の煌めきがある。
  • レコード会社だけの話ではない。Pandoraは失業に苦しむミュージシャンたちにとって、救世主となるかもしれない。「ドニー・マクラーキンというアーティストをご存じですか? フレンチ・モンタナ、グルーポ・ブリンディスは?」Pandoraの創業者ティム・ウェスターグレンはブログで読者にこう問いかけた。
  • AppleのPandoraクローン計画は、ウォールストリートにとって寝耳に水だったかもしれない。だが実際には、Pandoraは以前から株主報告書で数度、Appleを潜在的競合としてリストしていた。理由は簡単だ。iTunesには、2008年からGeniusという楽曲レコメンデーション・エンジンが搭載されている。加えて、アメリカにはSoundExchange(サウンド・エクスチェンジ)がある。
  • SpotifyとPandora。ふたつは、新しい時代の音楽の形を象徴するようになった。Spotifyのフリーミアム配信が、CDのその先にある姿。一方、Pandoraのパーソナライズド放送は、音楽放送の未来形だ。日本でも、Spotifyのフリーミアム音楽配信に人々の目が向かいつつある。が、Pandoraを巡る熱狂には、いまいちピンと来ない状態にある。
  • 2011年6月15日。この日、ニューヨーク証券取引所で取引開始を告げるオープニング・ベルの手綱を引いたのは、再来したIPOブームの一角 を担うPandora Radioの創業者ティム・ウェスターグレンだった。ホールに鐘が鳴り響くと拍手が沸き起こった。