Musicman-NET SPECIAL REPORT 鹿野淳氏 FACT代表


 今年(2004年)4月にロッキング・オン社を退社し、ロッキング・オン・ジャパンの編集長職も降りる。その後、FACT(http://www.fact-mag.com )を設立。新たなるメディア事業を試みると共にDogggystyleのプロジェクトに参加するという鹿野 淳氏。ロッキング・オン退社のいきさつから最近の活動、そして今後のビジョンについて---。ロッキング・オン・ジャパンを離れて以降、表立ったメディアへの露出の少なかった氏が、自身を語るインタビューはこれが初めてとの事。代官山のFACTオフィスにてお話を伺いました。
[2004年10月5日 / 渋谷区 / FACTオフィス にて]
鹿野氏
▼プロフィール
鹿野 淳(しかの・あつし)
FACT代表
1964年8月5日東京生まれ。明治大学卒業後、扶桑社入社。1990年ロッキング・オン(株)入社「ROCKIN'ON JAPAN.」に配属。 1998年「BUZZ」編集長就任。2000年4月「ROCKIN'ON JAPAN.」編集長就任。
2004年4月、同社退社。FACT設立。


<FACT Official web> http://www.fact-mag.com

【INDEX】
ロッキング・オン退社、第2の人生の幕開け
激動の編集長時代
FACT設立から総合メディアの構想・発信
運命的な巡り合わせのプロジェクト「Dogggystyle」
変わらぬ信念「ロックとは思想であり、ライフスタイルである」

ロッキング・オン退社、第2の人生の幕開け

--ロッキング・オン退社に至る経緯をお教え願いますか。

鹿野: 世の中では色々な噂があるそうなんですけど(笑)、僕は第2の人生に対してロッキング・オンという会社を卒業させてもらおうと思ったんですよね。

--第2の人生を考えるきっかけというのは何かあったんですか?

鹿野: 僕がロッキング・オンという会社の中において主軸を握っていたと思ってらっしゃる方は現実的に多いらしいんですが、僕はあの会社の中で最初からアウトサイダーであったわけです。
フジサンケイグループから転職してきた所からはじまり「BUZZ」という新しい雑誌を独立発刊させた事、ロッキング・オン・ジャパンの既存のイメージを裏切るようなリニューアル、何よりもあれだけ文学性で勝負していた会社の中でフェスなんていう体力仕事を持ち込んだっていうのも全部含めて、僕はずっとアウトサイダーだったんです。飛び抜けてハイ・テンションなことと、音楽を危狂いのように聴いてハマる姿もアウトサイダーでしたけど。
そのアウトサイダーのまま、ありがたい事に会社の中で勝ち続けさせて頂いたのですが、ロッキング・オン・イズムっていうものに対してイエスマンになるのか、アウトサイダーのまま生き続けられるのか、どちらかえを選ぶポジションに迫られる時期がきたのです。

会社のイエスマンでいられたら社内での道は切り開かれるんでしょうけれど、アウトサイダーを貫くにはもう限界にきていたと思うんですね。それに、アウトサイダーのままでいると会社にいいものをもたらさない事は目に見えていたし、逆にこのままロッキング・オン・イズムの中でイエスマンになると今度は僕の性能を劣化させるんじゃないかと思っていたんです。
ロッキング・オン・イズムの持つベクトルと、僕の持つベクトルというのはやはり違って、逆にいうと会社は僕の違うエッセンスというものを有効活用していたと思います。僕もあの会社のキャラクターの中での暴れ方というものが機能していた部分も多かったと思いますし。
ただお互いの使い分けが限界に来たと思ったので、僕はあくまでも「卒業」させてもらって、自分のやり方を正当化させるべく次のビジョンを見つけていこうと思ったんです。
物事を辞めるという事は始めるよりも大変な事で、自分にとっても勇気とふんぎりが必要でした。
40を手前にしてというのも自分でもひとつのテーマになっていたもので、このタイミングで卒業させてもらう事にしたんです。
現状ではこの考え方や、ロッキング・オンを辞めた事が僕にとってどうなのかっていうのは、まだわからないです。
自分の選択があっているかどうかはこれからのビジネスでわかってくると思うんですけどね。


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