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--これから手掛けられるDogggystyleというアーティストについてお伺いしたいのですが。
鹿野:僕自身が関わるきっかけは、実はあまりビジネス的なところではなくてですね。 元々Dogggystyleがビクターに所属していた時に、担当していた人間が波にのまれて亡くなってしまったんです。それでバンドもビクターの中で宙に浮いてしまったんです。 その担当者というのが、僕の大学の後輩だったんですよ。 その後輩が「鹿野さんにはじめて胸をはって紹介できる素晴らしいバンドを僕が手掛けることになりました」と言って持ってきたのがこのDogggystyleだったんです。実際その当時から僕もDogggystyleに熱く入れ込んでいたのですが、志半ばにその後輩は亡くなってしまって、Dogggystyleはリリースができない状態になっていたんです。それからしばらくして僕が会社を辞めた頃、僕の知り合いが頑張っているキネティックというクールな映画会社が「Dogggystyleというバンドと仕事をしようとしているんだけど、相談に乗ってくれないか」という話を持ってきたんです。 その時僕が会社を辞めていたこと、僕がキネティックという会社と知り合いであったこと、その会社が僕が敬愛するアンダーグラウンドバンドDogggystyleと一緒に仕事をしようとしているということ。すべての重なりに僕は奇妙な興奮を覚えたんです。 大げさにいうと運命だなあと思い、できることがあれば関わらせてもらいたいと思ってそのプロジェクトに入っていったわけです。 --それはまさに運命というべき巡り合わせですね。 鹿野:ボクはいちメディア人として取材を行う際に、対象のアーティストの作品が自分が手掛けたパブリシティによって売れていかないといけないし、どんどん作品がいいものに進化していかないといけない…そういう気持ちで仕事をしていたんです。そういうスタンスでやっていた自分と、またフェスの主催によって音楽産業の裏の裏の方まで立ち入っていた事など全部含めて、音楽を転がしていく事と売っていくことに対して自分の中でアイディアをため込んでいったんですね。そのノウハウは業界の方に言わせるとA&Rとして使えるらしいので、ボクはDogggystyleという「救われないロックの救世主バンド」を最前線に出していく努力をしていきたいなあと思ったのです。 --このprovincia RECORDSというのは? 鹿野:これはDogggystyleの独自レーベルです。バンドがこれから再出発するにあたって、バンドの性質や音楽性から言っても、もう一度メジャーレーベルと契約してやっていくというよりはインディビジュアルな方向性でいくという事が逆にビジネスとしてもクリアな展開じゃないかと思ったもので。そこでレーベルを立ち上げたらどうか、というアイディアに向かっていきました。そしてキネティックが出資的な事を含めたサポートをし、ボクは同じ船に乗って戦い、レントラックが舵を取って届けていく(流通させる)というプロジェクトが立ち上がったんです。 ▼キネティック http://www.kinetique.co.jp/ --Dogggystyleというバンドについて教えていただけますか。 鹿野:Dogggystyleは非常に面白いバンドなんですよ。ボーカルの三宅洋平くんの話でこういうのがありまして―――。 一年目の嵐のフジロック終了後、フェスは本来素晴らしいものである筈なのに、雨風に打たれた客は惨敗した顔で山を下りていく。それを見て納得がいかなくて「じゃあオレは山を登るぜ」なんて言って逆に登っていったっていう、要するにバカなんですけどね(笑)。 彼は山を登っていって、その上でキャンプを張っている外人のオッサンがセッションをしているのに遭遇するんです。三宅くんは実は教養が高くて、英語もペラペラなのでその中に一緒に入っていって、セッションをしたんですね。後日フジロック特集の雑誌を見るとそのオッサンが載っていると。そこには「ジョー・ストラマーex.クラッシュ」と書いてあったと。 --知らずにジョー・ストラマーとセッションしたというんですか! 鹿野:彼はそこで運命を感じまして、大手の会社のサラリーマン生活よりもロックの道を選び取ったらしいです。 --彼は元会社員だったんですか? 鹿野:そうです。モヒカンで出社して、会社の中で戦ってたんですって。ねえ、バカでしょ? --へえ。それは意外なキャラクターですね。 鹿野:そういうナチュラル・ボーン・ファイティング・スタイルを持っているバンドなんですね。 最近のロックは「ブランド」化している部分があると思うんです。本来ロックというものはぎこちなく鳴らし、ぎこちなく戦っていく中で小さな証を見つけていくものだと思うのに、そういうロックのバンドが生き辛くなっている世の中なんですね。 そういう中でこのDogggystyleがロックである事をこれだけ鳴らしているのだという事を、なんとか証明していきたい。という意味でつき合っているわけですけど。
--なるほど。実際に作品に関してはどのような関わり方をしているのですか?
鹿野: Dogggystyleに対しては、戦略的な役目が僕のメインの仕事だと思っています。 最近いろんな音楽業界の人に「実はDogggystyleを再出発させるんだ」という事を言っているのですが、皆、なんとなく名前は知っている、というすごく曖昧な印象しか持たれてないという事に気づかされたんです。こうピキっとした音楽をやっているバンドにとっては曖昧な印象を持たれている事はなんのビタミンにもならない。その為にまずこのバンドの音を聴かせていかなくちゃいけない。なので、名刺がわりとしてこのシングルを作りました。 僕はその「バンドの新しい名刺を音にして作ったほうがいいんじゃないか」というアイディアを出しました。 --レコーディングにも立ち会ったんですか。 鹿野:僕がスタジオでやった事といえば、ボーカルがのどの調子が悪そうだと思ったら丸正(スーパー)にレモン水と蜂蜜を買いに行って「はい、飲んで」と差し出したり、現場でドラマーがスネア台がひとつ足りないと言ったら僕がスネア台を知り合いの事務所に借りにいったりとかですね。 そこで音が作られていく課程を聴きながら最高だなあと思いつつライナーノーツを書いたりしてました。 --音楽の中身には特に立ち入ってはいないのでしょうか。 鹿野:はい、ものを申し上げたりというのは何回かしましたけど、それはメンバーの気分を高めていくっていう目的のもので、それ以上の事はしていないです。 彼らは自分で素晴らしいサウンドをすでに作っているわけですから、それに対して口を挟む事はしなかったです。 それで結果的にできあがったのがこのシングルです。 --なるほど。スタジオにはずっといらっしゃったんですか? 鹿野:ずっといました。いいですよね、スタジオの匂いって。 メンバーはスタジオの集合時間に15分とか30分とか遅れてきていて、ああ、ミュージシャンっていうのはこういうスケジューリングで動いているんだなあというのを目の当たりにしました(笑) 僕の取材にいろいろなミュージシャンがあまり遅れなかったのは毎回奇跡的な事だったんだなあと言うことがわかりまして。僕はマネージメント業務はやれないなあと実感しました(笑) --ではプロダクション業務には向かないという事を彼らに発見させられたんですね(笑) 鹿野:そうやって自分の幅を狭めていってます! --どこのスタジオを使われたんですか? 鹿野:池尻のサンシャインスタジオです。 --レコーディングの期間は? 鹿野:3日間です。 --3日で3曲を録ったんですか。 鹿野:3曲で、落とすところまでですね。 --それは作業としてはスピーディな方ですね。 鹿野:現実的に資金が豊潤ではないのでこの日数になりました。でもDogggystyleは表現においても音を鳴らす事においても体力がありましたから3日で充分でしたね。 --スピードがあった方がいいものができるタイプのバンドですか? 鹿野:いや、このスケジュールと予算が現実なんだっていう所から始まった事です。 その方が良いものが生まれるかどうかはわからないんですけど、3日でしか使えないなら3日で素晴らしいものを作っていこうよ、それでうまく成功したら次はジャマイカでリゾートレコーディングだ、みたいなね(笑) でもそれはできる状況になってからね、ていう事ですね(笑)
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