|
|
|
大学時代に財団法人大阪国際フェスティバル協会でアルバイトをしたことからクラシック音楽の世界に入り、その後(株)梶本音楽事務所、(株)高柳音楽事務所を経て、(株)ナサ・アーティスツ・ビューローを設立。当時3千枚売れたらヒットと言われていた日本人クラシック・アーティストのレコードを1万枚以上売り上げました。'85年にはレナード・バーンスタインを音楽監督とする「広島平和コンサート〜世界巡礼の旅」を企画し、世界的な反響を呼びました。このコンサートがきっかけとなりバーンスタインの日本での相談役として欠かせない存在となります。そして「パシフィック・ミュージック・フェスティバル」を札幌で開催し、以降14回目まで企画プロデューサー、また昨年まで6年近く(社)クラシック音楽事業協会会長を務め、現在は(株)クリスタル・アーツの代表取締役社長として活躍する佐野さんにお話を伺いました。
|
|
|
|
大学時代にザ・フォーク・クルセダーズを結成し自主制作アルバム『ハレンチ』を制作し、収録曲「帰って来たヨッパライ」の斬新さにリクエストが殺到。全レコード会社からプロデビューのオファーを受け、1年間限定でデビュー。フォークル解散後にロンドンポップに影響を受けサディスティック・ミカ・バンドを結成。名盤『黒船』をリリース後にロキシー・ミュージックと共にイギリス・ツアーを行いロンドンで話題に。その後もプロデューサーとして竹内まりやなど多くのアーティストへ楽曲を提供しながらヨーロッパ三部作と呼ばれる自らのアルバムも制作。2006年には木村カエラを迎えミカバンドを再結成し、今秋には小原礼、屋敷豪太、土屋昌巳、ANZAとのバンドを結成するなど現在もシーンの第一線で活躍される加藤さんにお話をうかがいました。
|
Copyright(C) 1998- F.B.Communications Inc. & Magnet Co.,Ltd. All rights reserved.
Contact with question regarding this site.
|