Musicman-NET TOPMusicman's RELAY第66回
リレーロゴ 武部聡志氏 BACK NUMBER

6.打席が用意されている者の使命

−−約30年間第一線でご活躍されていますが、その秘訣は何だとご自身ではお考えですか?

武部聡志氏 武部:'90年代に入り、小室哲哉さんやエイベックスの作品に代表されるダンス・ミュージックを主体とした音楽が主流になりましたが、僕は松本隆さんや筒美京平さんたちと文学的な作品を作りたいとか(笑)、ずっとリリカルなものを追い求めていました。自分の持ち味は歌詞の世界やそれに呼応したサウンドを絵を描くように音作りすることだと思っているので、打ち込み主体のリズミックなものは非常に苦手で、そういった音が主流の時に「自分の音楽は通用しないんじゃないか?」とすごく悩み、行き詰まった時期がありました。「プロのアレンジャー、プロデューサーとして看板をあげている以上、そういったものにも対応しなくてはいけないのかな?」という思いと、「そういうものは得意な人に任せておけばいいのかな?」という思いの狭間で悩み、自分でも打ち込み主体のものにチャレンジしたこともありましたが、そういうのが得意な人にはやはりかなわないわけです(笑)。

 そこで考えたのは、いつの時代にも波があって、いつか自分が得意とする音楽が求められる時期が来るだろうと。そのためには自分の音楽の世界が一番発揮できるアーティストといい作品を作り続けるしかないと思いました。結果的に一青窈と知り合い、『もらい泣き』といった作品に結びつくんですが、そこで小室さんの真似をしていたら失敗していたと思います。そこで自分が一番得意なことで勝負したいと思ったことが乗り越えられたポイントだと思いますね。

−−自分のスタイルをきちんと守り通したということですよね。

武部:それを教わったのがユーミンなんです。日頃からユーミンは「『今、これが流行っているから取り入れよう』と取り入れれば取り入れるほど自分の色が薄まる」とよく言っていたんですね。ポップスをやっていくとその時代その時代の流行の音も追いかけなくてはいけないですが、そうではない作り手の普遍性みたいなものと上手くバランスをとらなくてはいけないんだと。

 ユーミンはその時代その時代で包装紙は変えていると思うんです。でも、その中に入っているものは荒井由美の頃から何も変わっていなくて、だからこそ彼女は40年近く第一線で活躍できているんだと思うんです。山下達郎さんにしても、小田和正さんにしても、井上陽水さんにしても、たぶん今50歳を過ぎて音楽を続けられているアーティストの方々は、みんな自分の色を頑固に守ってきた人、かつその時代その時代でのパッケージをちゃんと考えていた人なんだと思います。ただ、中身だけにこだわって、打ち出し方と言いますか、包装紙を考えなかったら終わってしまうと思いますし、そのバランスが重要だと思いますね。

−−確かに皆さん芯の部分では全く変わっていないですよね。

武部:そういう意味で、僕が持っているクラシックピアノをやり、ロックやプログレ、スティーヴィー・ワンダーを聴くなかで培ってきた音楽性はきっと変わらないんですよね。でも、その時代その時代で求められるもの=包装紙は変えた形で出すようには心掛けています。

−−どんな世界でもそうですが、何十年も第一線で活躍するというのは本当にすごいことだと思います。

武部:そこまでいくともう運だけではないはずです。運だけでも駄目ですし、努力だけでも駄目かもしれません。全ては音楽に向かう姿勢だと思います。みんなに共通するのは自分の色を守るということと、音楽に対する真摯な姿勢ですね。

−−先ほど「まだやり足りないことがたくさんある」と仰っていましたが、今後挑戦していきたいことは何ですか?

武部:これは夢と言いますか無謀なことなんですが、日本語の歌でグラミー賞を獲りたいです。『上を向いて歩こう』以降、日本の歌はビルボード1位を獲っていないわけですし、向こうで評価された曲はないですよね。もちろんドリカムや宇多田ヒカルさんが海外でやっているということは分かりますが、洋楽の真似ではなくて、日本語で、我々が作った音楽で世界的に評価されるものを作りたいという思いがあります。もしかしたら、僕が活動しているうちは達成できないかもしれませんが、その思いを持ち続けていることが次の世代にも繋がっていくと信じています。

−−先ほどお話に出たドリカムも宇多田ヒカルさんも、海外進出の際は作品を英語で作られていますよね。

武部:僕は日本人であることを強く訴えたものでなかったら世界的に評価されないと信じています。それはデザインの世界でも、例えば、森英恵さんにしても山本耀司さんにしても、世界的に評価された日本人は何人かいらっしゃいますが、そういう方々は日本人であることをちゃんと強く出していると思うんです。だからといって、お琴や三味線で音楽をやるわけではないんですよね(笑)。洋楽を自然に聴いて、でも日本人の血が流れているようなオリジナルな音楽が作れて、それを発信できれば僕は伝わると信じているんです。

−−武部さんならできそうな気がしますね。

武部:いやいや、それはわからないです。今までのキャリアややってきた仕事をフルに活用して、50代のあと十年間でどれだけ後世に残る曲や、いままで日本人がなしえなかった海外で評価される作品を作ることができるかだと考えています。

−−最後の質問になるんですが、武部さんはもう一度生まれ変わっても同じ仕事をしたいとお思いですか?

武部:そうですね。自分が一番得意で一番好きなことをできたという充実感と、その反面辛さもあります。「今日はもうピアノを弾きたくない」と思っても、弾かないといけないですしね。これもユーミンに言われたことなんですが、我々のように恵まれた環境下で打席が用意されているというのはすごく幸せなことなんだと。音楽がやりたくてもできない人、プロになりたかったけどなれなかった人、プロになっても挫折した人がたくさんいて、その人たちの分まで我々はやらなくてはいけないんだという話をされたんですね。どんな人にもそれぞれミッションがあると思うんです。ユーミンは表に出てパフォーマンスをするのが役割で、僕は表に出るアーティストをいかに輝かせるか、いかにいい環境で歌わせることができるかというのが仕事ですから、その役割を全うしていかなくてはいけないと常に思っています。

武部聡志氏 −−今後も武部さんプロデュースで新たなアーティストが羽ばたいていきそうな予感がします。

武部:僕は今売れているアーティストをプロデュースしてくださいと頼まれるのはあまり本意ではなくて、今誰も知らない新人を世の中に送り出して、世の中の人がついてきてくれるのに一番快感を覚えるんです(笑)。だから今後も一青窈を送り出したように、どんどん新しいアーティストを出していきたいですね。

−−本日はお忙しい中ありがとうございました。益々のご活躍をお祈りしております。M


 お忙しい中、スタジオにお邪魔してのインタビューは武部さんの気さくな人柄が伝わるものとなりました。一番印象的だったのが「時代性と普遍性のバランス」というお話です。絶えず時代の波にさらされるポップスの世界で、長年に渡りご活躍されてきた武部さんならではのお話だったと思います。アーティストと二人三脚でじっくり作り上げられた武部さんのプロデュース作からは音楽に対する想いが伝わってきます。それはまさに「音楽に向かう真摯な姿勢」の現れなのではないでしょうか。今後、武部さんプロデュースでどのような音楽が生み出されていくのか、本当に楽しみです。

さて次回は、フジテレビ プロデューサー きくち伸さんのご登場です。お楽しみに!
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第67回 フジテレビ プロデューサー
きくち伸 氏


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受験勉強とピアノの日々
バンド活動に熱中した学生時代
プロデビューのきっかけはかまやつひろし氏〜ハーフトーンミュージック設立
アーティストとじっくり音楽を作りたい〜年間250曲を手掛けるアレンジャーからプロデューサーへ
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