−−アリスはものすごいライブ数をこなしてたというお話がありますよね。
谷村:年間250〜300ステージくらいやっていました。
−−ほとんど毎日に近いようなライブ数ですよね。
谷村:そうです。というか、一日5本とか。文化祭の頃は一個終わったら、また次に飛び出してという感じでした。でも、もうやりたかったからやっていただけなので、物事をネガティブに考えていなかったですね。
−−ただでは済まない量ですよね。週5日会社に行ったとしてもせいぜい年間220日ぐらいですからね。
谷村:でも、会社に行く人は行かなくちゃいけないから行っているでしょう?
−−谷村さんたちは好きでやっている。
谷村:はい。だからさっきお話した趣味と仕事の違いですね。趣味で楽しんでやっている人は「行かなくちゃいけない」なんて発想を持っていないから根本的に違ってくる。「聴いてくれる人が待っている」と考えますから、ストレスになるわけがないです。やらされていると思うような仕事だったら、聴かされているお客さんのほうが迷惑だと思います。だから、やりたくないのにライブをやらなくちゃとか言ってる人は、とてもストレスがたまっているんだろうな・・・って思いました。
−−では、ほとんどストレスのない音楽活動をなさってきたと。
谷村:そうですね。ただ、音楽業界のシステム化がどんどん進み、初めに歌があってビジネスがあったのに、ある時期からだんだん逆転して、歌が全部ビジネス・ミュージックになってきた。だから、その時点で音楽業界に興味がなくなりましたし、別にそこに所属する必要もないので、自分たちでレーベルを作ってやり始めました。
−−好きなことをやるために元々やっていたのに、それがビジネス優先になってしまうのはおかしいと。
谷村:会社を大きくしてしまって、「その200人の社員を食わすにはランニングコストが・・・」という考え方は流れが逆です。いい歌があってそれを伝えたいから自然にスタッフが増えてきているチームと、大きな図体があって社員を食わすために音楽やっているチームとは、向かっている方向が真逆です。
−−ベクトルが全然違いますよね。
谷村:はい。15年ぐらい前に僕は「そういうやり方はいずれ潰れるよ」とたくさんの人に言いましたが、みなさんあんまり実感がなかったみたいです。僕らは'84年からアジアに向かったんですが、周りはみんな「儲からないのにバカじゃないの?」と言っていました。そのときに僕は「儲かるために音楽をやっているの? 音楽をお金だけで計算しているの?」と思いましたね。それは音楽を侮辱しているし、音楽がなめられていると僕は感じました。みんなのスピリットはどこへいってしまったのって。
−−それが84年頃ですか。
谷村:そう、僕らがアジアに向かい始めた頃です。貨幣価値も違いますから当然のごとく持ち出しでした。でも、アリスの頃にみんながたくさんレコード買ってくれて、お金をいっぱい預かったと僕らは思っていました。それを貯めて利子はこれだけで・・・という生き方を僕らがすると思って、みんなが僕らのレコードを買ってくれたわけでは決してないんですね。だから、その預かったお金を今度はどこへつぎ込んでいくかということが大事だと考えていました。そして、アジアに音楽、歌を伝えるために行こうとやり始めて、それが上海音楽学院に繋がっていきます。だから大陸の人たちは谷村がお金儲けで音楽をしていないとみんな知っていますし、とても信頼してくれています。
−−上海音楽学院の教授を引き受けるまでの経緯をお伺いしたいのですが。
谷村:
実は生き方をもう一回確認するために、2003年に活動を全部白紙に戻したんです。
−−何が活動を白紙に戻すきっかけとなったんですか?
谷村:
仕事でエクスキューズして家庭を振り返らず、それが当たり前だと思い込んでいる・・・僕はずっとそれが負い目だったんですね。それまではライブを年間200回、300回とやっていましたから。
−−音楽に没頭している間、家庭はどうなっていたんだろうみたいな・・・。
谷村:
そうです。子供たちと過ごす時間もほとんど取れない。それでも入学式とか授業参観には隙間をぬって出てたんですが、本当に家族として子供たちといい想い出や時間をほとんど作れませんでした。だから、妻や子供たちとちゃんと話す時間を作るために活動を一回リセットしたいと思ったんです。それでまずは身辺を整理するために、今まで長くお付き合いしていたイベンターの方々に集まってもらって、自分の考えを全部説明しました。そして、ファンクラブを解散し、事務所も一年かけて閉じました。
−−本当に0からのスタートですね・・・。
谷村:
でも、0になって初めて見えることもありました。それは「何でもできる」ということです。「業界の」みたいなナンセンスなものにとらわれない。だから物事の見え方はすごく明瞭になりました。そして、一旦からっぽにして、これからどうしようかと言っていたときに、上海音楽学院の教授の話が来たんです。そのときに「天命ってこういうことなんだな」と思いました。からっぽにしたから道を教えてくれたんだな、と。ツアーをやっていたら当然お受けできない話ですし、たくさんのスタッフを抱えていたらジャッジメントできなかったと思います。
−−上海の学生たちと日本の同世代の若者やミュージシャンを目指しているような人たちと何か違いは感じますか?
谷村:
みんな同じ人ですから、何も変わらないです。僕は色々な国に行っていますが、国ってほとんど意味がないんですね。日本はこう言ったとか、中国はこう言ったとか、それは国という肩書き同士の話であって、人は全然関係ないです。
−−一時期、靖国問題で中国の反日感情が高まったと報道されていましたよね。
谷村:
それはメディアに振り回され過ぎです。
−−あれはメディアだけの問題ですか?
谷村:
メディアの一番大きな問題ですよね。それは中国も日本もどちらもです。メディアは一番大事なものを出さずに、国にとって都合のいいことだけをお互いに出しています。でも、両国の人たちは人としてちゃんとわかっていますよ。右だとか左だとか全く意味のない話で、もうそんなことをやっている時間はないと僕は思っています。
この間、温家宝さんが来日されて、安部総理主催の晩餐会に僕も呼ばれて『昴』を歌ったんですが、歌を聴いている瞬間って国とか主義とか全部がすっとぶということに気づく人は気づくんですね。歌を聴いているときにはみんないい顔をしています。それが音楽の本当の力であり、素晴らしさだと思います。
−−上海音楽大学では人を感動させられる曲の表現の仕方とか、そういったことを教えられていると聞いたんですが、具体的にはどんな内容の授業をなさっているんですか?
谷村:
みんな音楽のディテールのことばかりに興味があるんですね。HOW TOばかり知りたい。そして、この音楽はこういうふうにできていると、それを上手に説明できる人が先生になるなんてあまり意味がないです。「音楽って何か?」ということが一番大きなテーマなんですが、それを誰も知らないし、そういうことを誰も教えてくれないんですね。誰も教えてくれないなら自分が伝えなくてはいけないと思いました。
それは上海音楽学院の楊校長がなぜ僕を常任教授として招きたいとおっしゃったかにも繋がっています。上海音楽学院は国立の音大ですから、理論も技術もみんなトップクラスの生徒が集まっています。そのうえで彼らに何が足りないか、楊校長は知っているんですね。それで僕しかいないと思ったとおっしゃられたときに、この方は音楽の本質がわかってらっしゃるなと思いました。だから授業でも音楽の話は最初の一年ぐらいほとんどしてないんです。
−−では、どんなお話をされてるんですか?
谷村:
そうですね・・・「風ってなんだろうね」とか話したりね。これは音大で本当は一番やらなくちゃいけない授業です。おそらく音楽大学のどの教授も「ドはどうしてドって言うんですか?」という子供の質問に答えられない。「チューニングはどうしてラの音でするんですか?」と聞かれたら、「ずっとそうしてきたから」。「ずっとそうしてきたことには意味があるでしょう? それはこういう意味なんだよ」と言ってあげると、みんな「へえ」って思うんですよ。そうすることによって、自分が言葉を作り表現して伝えていくことは、学問としての「音楽」という狭いジャンルに閉じ込められるようなものではないということがだんだんわかってくる。そういうことを授業という名前でやっています。
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