−−ご出身は京都ということですが、大学までずっと京都にいらしたんですか?
中村:そうです。
−−そして、在学中に少年ナイフのプロデュースをなさっていたんですね。
中村:はい。詞や曲を書いたり、ちょこっとギターを弾いたりしている裏方ですね。彼女達を見てるとピュアでちゃんと表現しようとしてるので、自分はそれを下で支えたいなという気持ちがありまして、今もずっとやっています。
−−ご自身はもともと音楽の道に行こうという気持ちはあったんですか?
中村:ありました。というか大学の時は音楽しかしていなかったですね。当時は日本のパンクが出てきた頃で、ちょうどその辺りの方々と音を鳴らしていました。私の数年上に近藤等則さんがいらして、2年上にボ・ガンボスのKYON、2年下に亡くなった どんとがいました。
−−みんな京都大学なんですか?
中村:そうなんです。KYONは滅茶苦茶頭の良い工学部で、近藤等則さんも工学部ですね。近藤さんはここ(スタンフォード日本センター)によく来ますけど、僕が大学にいた時は西部講堂の辺りで、いつも朝から晩までトランペットを吹いている人っていう感じでしたね。
−−(笑)。
中村:西部講堂というのは別に大学も何も関係なく、みんながごろごろいる所なので、あとで大学の先輩だと知ったんですけどね。
−−京都に行くと、街全体がすごいアカデミックな感じがしますよね。鴨川の所でギターを弾いていたり、一人楽器練習してる人とかいて。
中村:京都の街の力というか雰囲気というのはあるかもしれないですね。
−−独特の風土がありますよね。
中村:学生にとっては居心地が良くて、かつ縛られないで変なことをしなさいというところがありますからね。京都から任天堂が生まれたり、京セラが生まれたりと、変なものが出てくる風土かもしれませんね。
−−日本の中の街で1番かっこ良くて雰囲気のあるのは京都だと思いますが…。
中村:千数百年の歴史文化みたいなものと、最先端のエッジの立った所と両方あるんで、そこが面白いんでしょうね。
−−ちなみに中村さんは、楽器は何を弾かれていたんですか?
中村:ギターやベースを弾いたりはしてましたけど、一番熱心にやったことは楽器作りみたいなことですね。
−−楽器作りですか?
中村:田舎によくかかっているオロナミンCやベープマットの看板を取ってきて、叩くとどの看板が1番良い音がするかとか(笑)。
−−(笑)。
中村:ビール瓶を割ると、どの瓶が1番効果的な音が出るかとか、そんなことばっかりやってましたね。
−−サンプリングのはしりですかね。
中村:サンプリングも何もしないで舞台の上で瓶をガシャーンと割っていただけです(笑)。
−−(笑)。バンドを組まれていたんですか?
中村:だから、そういうバンドとか、パンクバンドみたいなやつとか色々やっていたんですが、たまたまその1つが少年ナイフだったわけです。
−−そこから何故突然、郵政官僚に転身したのですか?
中村:「こいつには勝てないな」と思う出来事があったんですよ。
−−具体的にはどんなことがあったんですか?
中村:西部講堂の辺りで大学3年の時に、夜中にギターを弾いてると、モヒカンで、シンナーで歯が溶けたような人が、自分の目の前でビール瓶集めているわけです。「何してるの?」と聞いたら、そのビール瓶を翌日酒屋さんに持っていくと1本10円で代えてくれるから、それで俺はパンを買って食うって言ってるわけですよ。だけど、ギターはフェンダーのムスタングか何かを持っていて、それはピカピカに磨いて絶対売らないわけです。その時に「こいつには勝てない」と思ったんです。
−−既に生き方がパンクだと。
中村:はい。では自分に出来ることは何かと思ったら、そういう人達の表現を何とか上手くいくようにするとか、新しい技術をみんなが上手く使えるようにするとかそっちかなと思ったんですね。考えたらそれって広告代理店なのか通信会社なのかテレビなのか、なんだろう? と思ったんですが、そういうのをいろいろ見てる郵政省という存在に気がついて、じゃあそこへ行こうと思ったんです。
−−そういう発想なんですか(笑)。
中村:そうすると公務員試験というのを受けなきゃいけないので、それからガリガリと勉強を始めました。その当時、西部講堂のイベントでモギリをしながら法律書を読んでいたら、モヒカンの連中に「こんなとこで勉強すんな!」って怒られました(笑)。
−−(笑)。結局、音楽のために公務員になられたわけですか?
中村:音楽が自分的には柱だったんですが、表現とかコミュニケーション一般のためですね。それをやりたいなというのはその頃からずっと変わらないです。
−−そんなこと考えて官僚になる人っているんですか?
中村:自分は官僚になりたかったというより、郵政省に行って仕組み作りやプロデュースみたいなことがしたいと思ったんですが、そうすると公務員にならなきゃいけないという「後ろめたさ」みたいものもありましたね(笑)。
−−なるほど。何かイベントを仕掛けたいと思って電通に行くみたいな発想だったんですね。
中村:そうかもしれないですね。自分的にはすごく素直な発想だと思うんですけどね。
−−ちなみにお役所の試験というのは各省でやるんですか?
中村:筆記試験というのはみんな一緒にやるんですが、それで受かった人が「ここ入りたい」と希望を出すわけです。それで私は郵政省に行きたいと言ったんですが、東京で面接ですから、その時、東京に行くお金もないし、何か東京に用事がないと行けなかったので、東京でP-Modelとライブをやると言って、「今日ライブなんでこんな格好で来ました」と蝶ネクタイで面接に行きました(笑)。「変な人が来た」と言われましけど、結局何とか入れてくれましたね。今から考えるとよく入れてくれたなと思いますね。
−−(笑)。
中村:まあ、入り込んでしまったということですかね(笑)。
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