リレーロゴ 豊島政実氏 BACK NUMBER

アビーロードの16年〜アビーロード改修秘話

−−タウンハウス以後は?

豊島氏4 豊島:そのころ、たまたまタウンハウスでフィル・コリンズがレコーディングしてたんですが、フィルが4スタを気に入ってくれて、プライベート・スタジオの設計依頼をしてきたんです。それは牧場の中にある牛小屋を改装してスタジオにする、という話で、当時ジェネシスのエンジニアをしていたヒュー・パジャムから夜中の3時に電話があったのですが、僕はそれをてっきりフィル・コリンズだと思って話していたんですよ(笑)。

−−名前は聞かなかったんですか?(笑) 確かに"フィル"と"ヒュー"は響きが似てますが…。

豊島:いや、彼はフィル・コリンズのレコーディング・スタジオと言ったわけです。それで「本人かな?」と思っちゃったわけです。イギリス人は日本と時差があるという感覚がない人が多いですから、日本も昼間だと思って電話してきたんですね(笑)。夜中の3時に起こされて、英語でしゃべられて、普通わけわからないと思うんですけど、「頼むよ」ということはわかったんです。その後、この話を小林克也さんにしたんですね。そうしたら克也さんがフィル・コリンズにインタビューをするTV番組で、「豊島に時差を考えずに、真夜中に電話したんだって?」みたいなことを聞いていて(笑)。

−−(笑)。

豊島:それで「ロンドンに変な日本人が来てスタジオを作っている」という話になってですね、それから…数としては結構ありますね。

−−資料によりますとオリンピック、メトロポリス、サームウェスト、アビーロードと。

豊島:それは全部イギリスだけの話ですけどね。オリンピックスタジオもヴァージン・レコードのものだったんです。次のメトロポリスというのは、今でも一番売れているスタジオの一つで、日本人のアーティストもかなり行ってますね。ドリカムとかチャゲアスとか。

−−豊島さんは世界中でスタジオを作られていますが、国によってスタジオに対する考え方が違うということはあるのですか?

豊島:国での違いというのはそんなにないですよ。どの国でも一流のスタジオはそれなりのコンソールやスピーカーを入れますから、そんなに差はないですね。まあ、お国柄というのはありますけど、スタジオそのものに関して差はないです。

−−ちなみに豊島さんは英語の方はお得意なんですか?

豊島:英語は28歳の時にアメリカに行って苦労したので、バッチリではないですけど話せます。図面を見ながら話すというのは、割と簡単なんですけど、お酒を飲みながら話すというのは難しいですね。でも、酔っぱらってくるとペラペラになりますけどね(笑)。まあ、仕事をする分には不自由をしませんが、ペラペラじゃないです。でも英語ってペラペラにならない方がいいですよ。よくネイティブと同じ発音で喋る人がいますが、本当に喋れればいいですが、生半可にそういうことをしますと、向こうの人が「こいつは喋れるな」と勘違いしますから。そうなるとペラペラ話されて、大変なことになります(笑)。だから、我々が喋る英語は「日本人が喋る英語」でいいんです。意志の疎通ができればいいんです。私はネイティブみたいに喋りたいなと思って、挫折をしちゃったから、こういうことを言うのかもしれませんが(笑)、小林克也さんもまったく同じことを言っていますよ。

−−この「SAM TOYOSHIMA」という名前の由来は?

豊島:この「SAM」というのはもちろん「政実」から来ているんですが、「豊島」も「政実」も外国人には憶えづらいらしいんですよ。ビクター時代最初のアメリカ視察以降も、何度かアメリカに行ったんですが、その時にクオードエイトという調整卓の副社長の、ビル・ウィンザーと友達になって、「何かアメリカ人が覚えやすい、いい名前はないかな?」と聞いたら、彼が「MASAMIの頭と最後を切って"SAM"がいいじゃないか」と言ってつけてくれたんです。そうしたら外国の人は「TOYOSHIMA」まで覚えてくれるようになりましたね。

−−(豊島さんの作品リストを見て)トリニダード・トバゴというのもすごいですね。

豊島:ああ、これが一番遠いところですね。日本の反対側ですから。トリニダード・トバゴはキューバの下にあるカリビアンの国ですけど、体育館のようなスタジオを作りました。向こうにトヨタの工場があって、そこの社長がトリニダード・トバゴの国会議員なんですが、音楽が好きでスタジオを作りたいということで、呼ばれて作ったんです。

−−あっちこっちからお呼びがかかっていますね。フィル・コリンズ以外のプライベート・スタジオについても伺いたいのですが、スティングのスタジオはどんな感じなんでしょうか?

豊島:場所は言えないんですよ。

−−イタリアのやつですか?

豊島:いや、あれはお城を借りて録音したという話で、その時も「毛布をどこに置けばいいか?」とか色々聞かれましたが、本人とは直接会っていないです。僕がやったのはこれもイギリスのお城みたいな建物の中にあるスタジオで、プライベート・スタジオなのでそんなに大きくないです。まあ、彼が気が向いたときにレコーディングできるということですね。本格的なレコーディングはちゃんとしたスタジオでやるんじゃないかと思います。これもヒュー・パジャムがスティングのエンジニアをやっていたから、その関係でやったスタジオです。ジョージ・マイケルのスタジオはテムズ川の上流にある、これもお城みたいな建物にスタジオを作ったのですが、この前の洪水で流れちゃったみたいです(笑)。

−−エンヤのスタジオも手がけられていますが、スタジオの場所はどこですか?

豊島:アイルランドのダブリンです。なんで土地がこんなに広いのかと思うくらい広大な敷地で(笑)。その庭園みたいな敷地の中に洒落た一軒家が建っていて、それがスタジオ。その隣にやっぱり豪華な邸宅があって、それはエンジニアの邸宅なんです(笑)。つまり、その土地は全部エンジニアの土地(笑)。それで「エンヤはどこにいるんだ」と聞いたら、「あの上だ」って、山の上にお城を買って住んでいるらしい。

−−それはお金持ちだからですか? それとも土地が安いからですか?

豊島:両方ですよ。エンヤは売れましたからね。9.11以降はまた売れましたしね。

−−あとトレヴァー・ホーンのスタジオもありますね。

豊島:トレヴァー・ホーンはイギリスのサームウェストのオーナーでもあり、自宅にもスタジオを持っているんです。自宅のスタジオをアドバイスしたこともありますし、お城を買ってその中にスタジオを作ろうかという話もありました。彼とはあちこちで付き合っていますね。なかなか楽しい人ですが、お金には非常に厳しい。話しているときはニコニコしているけれど、お金の話になると急に難しい顔になります(笑)。

−−それにしても凄い数ですね。一個一個についてお話を伺っていくと時間がいくらあっても足りないと思うんですが、今まで手がけられたスタジオの中で会心の作というのは、どのスタジオになりますか?

豊島:やはり日音、ビクター、タウンハウスとアビーロード、メトロポリス、オリンピックもいいですね(笑)。1つと言われると難しいですけど、ネームバリューでいくとやはりアビーロードになりますね。

−−こんなにたくさんスタジオを作った方って他にいらっしゃるんですか?

豊島:日本にはいないでしょうね(笑)。リストの中には私がマンガを書いただけのものもありますし、実際に図面を書いたり詳細設計はADOの連中がやるんですが、何らかの形で関わったスタジオということになると、これだけの数になります。

−−日音Cスタ、タウンハウス以降は、仕事は向こうからどんどん舞い込んできたという感じですか?

豊島:それもタイミング良く、1つの仕事が終わってから次が来るという感じでしたね。ですから、非常に理想的な形で続きました。今じゃ考えられないですね(笑)。いま「スタジオをやる」と言ったら、「馬鹿か」って言われますよ(笑)。

−−(笑) 豊島さんは設計家として脂がのっているときに、世界中にスタジオができていったということですよね?

豊島:本当に運がいいと思いますよ。

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INDEX
「どうやったらいい音にできるか?」を考え続けた学生時代
アメリカ視察の衝撃〜ADO設立
海を越えた日音スタジオ
▼世界を駆ける「SAM TOYOSHIMA」
アビーロードの16年〜アビーロード改修秘話
ポリシーがないのが、ポリシー
若者よ、もっと生音を聞け!


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