森田:ニューヨークで、「僕らはアジア人なんだ」っていうことに気が付いたんです。ブラック、ラテン、ジャズ、ヒップホップ、ロック…いろんなジャンルのライブを見ると、人種ごとにコンサートが成り立っているのがアメリカのマーケットなんです。ラテンのライブに行ったらアジア人は僕だけ、とか、よくありましたよ。テレビのチャンネルもそうです。日本チャンネルはなくて、インターナショナルチャンネルのなかに、中国、韓国、日本がいっしょになってるんです。だから、アジア人の僕たちが作ってる音楽を世界に通用させようと思ったら、アジアで一番になるしかないんです。アジア人はアメリカでも3番目の移民数になってるんですよ。それが世界のカテゴリーに置ける僕らのポジションなんです。よく日本人がニューヨークでライブをやったら日本人しか来てなかったって言いますけど、それは正しいんですよ。どの国のアーティストもそうなんです。ロックのコンサートには白人しかいないし、ブラックのコンサートに行けばほとんどブラックだし、ヒップホップでも人種が違えば客層も違うんですよ。そういう意味でジャンルと人種とカテゴリーのあり方、マーケティングのっていうのがはっきりわかったんです。僕らは「日本人」ではなくて、「アジア人」なんですよ。アジア全体をアメリカだと思えば、東が東京、西が韓国、中部が中国、という風に思えますよね。アメリカでも東西で人気のあるものが違うし、チャートも地域ごとに違いますよね。各地域ごとにトップのアーティストが最終的にビルボードチャートに入ってくるわけで、その地域ごとのトップに入っている人達が、世界のトップアーティストになるんです。そういう意味で言えば、アジアのトータルチャートの1位になることを目指すのが、今後の音楽ビジネスのポイントになると思うんです。
−−なるほど、仰るとおりですね。
森田:数年前に日本国内でミリオンが連発した時期がありましたよね。そんなことは絶対長くは続かないと僕は思ってたんですよ。こんなに少ない国民数でこれだけCDが売れる国なんてありえない、これはおかしな状況だって。今はレコード業界が悪い悪いと言われてますけど、普通になっただけだと思うんですよ。昔はこんなもんでしたよね?あと10年、20年先の、今後のビジネスモデルを考えたときに、日本のアーティストがアジアの1位になっていれば、それでアメリカでもどこでも行けるんです。そこにアジアの移民がいますから、ビジネスになるんです。アジアの1位になることが、世界に通用するアーティストになるためにやらなくちゃいけないことだって気づいたんですよ。今はすぐ日本でトップとったらアメリカとか行っちゃうじゃないですか。それは大間違いなんですよ。アメリカの誰をターゲットにしてるんですか、って。黒人や白人が買いますか?って。アメリカで日本人の音楽をだれが聴くのかって?
−−隣の国の人間に認められていないのにいきなりアメリカに行ってもね。
森田:アメリカ、ヨーロッパを相手にする前に、アジア人をターゲットにしたらそれだけで何千万人といるわけでしょう。ここにビジネスのポイントがあるんです。在米のアジア人と話をすると、みんなそう考えてますよ。向こうに住んでるアジア人はそう思ってます。
−−そもそも昔の日本人は韓国や中国をバカにしていた部分がありますよね。
森田:そうなんですよ。それがもう歴史的に非常に大きな間違いですね。
−−それが今気が付いたら韓国に追い抜かれそうになってあせってるわけですよね。しかも今の若い人達はボーダレスな感覚になっていて…
森田:そうなんですよね、僕らはこれだけアメリカやヨーロッパのことを色々知っているのに、こんなに近くにある韓国のことを何も知らないんです。行って初めてそのことに気が付きました。こんなにいろんなポップやロックがあって多様化しているのに、韓国はアイドルだけだと思っていた自分がほんとに恥ずかしかった。でも逆に彼らが僕らの、日本のことを知っていてくれたのがとても嬉しかったですね。インターネット以降時代が変わってるんですよ。どんどん在日の韓国人や留学生の人達が持ち帰って自分の仲間に聞かせてくれたり、文化的にはやっと解放されたというか、情報を知っていてくれたことが嬉しいですね。
−−今の時代だからこそ、やっとそうなってきたんでしょうね。
森田:だから日本で韓国の音楽レーベルを作った意味があるんですよ。アジア人としてなにをやるべきか、いろんな形で音楽の仕事をしていくなかで、ハード形式がいくら変わっていっても、音楽という共通言語の元にアジア全体で、世界レベルで仕事をしていくべきなんです。僕らも日本人だからって、日本のアーティストだけをやる必要はないし、レコーディングで日本のエンジニアが呼ばれるようになるべきだし、そういうことがやれるようになってくれば、自然と世界が見えてくるし、遠くないなって思います。
−−ひとつ前の世代だと、そうやって海外で新しいことをやろうとすると試行錯誤した上に失敗しちゃうっていうことも多々あったと思うんですが、すんなりやれてますよね。すごいですね。
森田:プライドとかそれまでやってきた実績を捨ててるからでしょうね。アメリカに行ったときにそれは実感しました。日本でヒット出してようが、そんなこと関係ないし、だれも知らないんですよ。まったくゼロになるんだって言うことをわかっていたんで、なにも怖くないんです。アメリカに行くと、「どうしてニューヨークに来たんだ。何をしに来た?」って必ず聞かれますよ。日本でやってきた事なんて関係なくて、何をやりたいのかっていうことだけが問われる。僕はいろんな音楽が好きだし、人が好きだし、そういういろんな音楽をいろんな人と仕事したいから来たんだっていうと認めてもらえるし、紹介してもらえてたりしたので、韓国でもそうでした。音楽は世界共通なんだっていうのが実感できましたね。自分の会社を「ボーダー・グランド」という名前にしたのは、音楽は国境とかジャンルとかを越えるものだし、今後はもっとメジャーやインディーの垣根がなくなってボーダレスな時代になるだろうという思いからなんです。
−−先見の明がおありですね。
森田:その為には自分自身もグローバルなものの考え方をしなければならないからアメリカに行くべきだ、これが最後のチャンスだ、と33歳の時に思ったんです。今、行かないと俺は一生行かないだろう、裸一貫で挑戦するべきだって。それでアメリカに行ったんです。でもおかげで音楽に対する自分の初期衝動を確認することができました。
日本にいるとある意味手癖足癖で仕事がこなせるようになっていた自分自身に嫌気がさしていたんですよ。だからその点をリセットして、純粋に初期衝動のまま音楽をやりたいと思っていたんで。
−−人をプロデュースするだけじゃなくて、自分をプロデュースするのも得意なんですね。
森田:いえいえ(笑)、そのために家庭捨てましたからね(笑)。
−−え?どういうことですか。
森田:離婚したんですよ。ニューヨークに行くにあたって、どうしてもすべてゼロにした状態で行きたかったんです。妻も音楽業界の人間だったんで、一緒に行くと言ってくれたんですけど、向こうにいったらどうなるかわからないし、僕自身も何も背負うものがない状態で一人で行きたくて…
−−それで離婚されたんですか。お子さんは?
森田:子どもはいなかったんですよ。僕自身ちょっと混乱してたんでしょうね。もちろん自分が不条理なことを言ってるっていうのはわかってましたけど、今行かなければ自分は生きている意味がないぐらいの勢いだったんです。どうにか説得して、理解してもらって彼女にも向こうのご両親にもわかってもらって…「その代わりがんばってください」って言ってもらえて…それでニューヨークに行ったんです。
−−そこまでの覚悟というか、決心で行かれたんですね。
森田:でも就職活動したときもそうですけど、そういうことがあると人間は強くなるんでしょうね。
−−たしかに単身アメリカに行って人脈を作って韓国の音楽に目覚めてレーベルを作って…それをすべて1年足らずでやられたっていうのは、とっても密度の濃い1年というか、早いですね。
森田:僕はやりはじめると早いみたいなんですよ。やっぱり永田社長に「とにかくものごとは自分で動きなさい」と育てられたんですよ。永田社長も全部自分でやる人だったので…
−−全部自分でやっていけばそのくらいの早さですすめられるんですね。
森田:やる前に悩むよりはやってから考えようと思うんです。びびってやらなくて後悔するよりも、やってから、なぜ失敗したかって考察するほうがいいでしょう?それができたら2回目失敗しないですよね。同じ事を2回やって失敗したらプロとして失格、っていうのも永田社長にたたき込まれましたから。ただ何かに挑戦するのに冒険心は必要ですけどね。
−−度胸は必要ですよね。
森田:ですよね。そういう冒険心に対して自分でびびることはあんまりないんですよ。とりあえずやってみようって。今までも自分で飛び込んでいくことばかりだったから、逆に自分のプライドやつまんない自尊心はないんです。今後どこまで自分が突き進めるかわからないんですけど、とにかくやれるだけのことはやって、ダメだったらいいや、って踏ん切れる、腹を決めることはできるようになりました。それは会社作ったときもそうだし、海外行ったことも大きかったし、離婚も大きな転機でしたけど、そこに脈絡はなくて、思いついてそう考えたときにしてきただけで、何の保証もなかったんですけど、それは自分の信念だけで何とかなるだろうって言う、根拠のない自信みたいなものがあったんでしょうね。それは今も持ち続けられてるって言うのは自分でもいいことだと思うし、僕の特性かもしれません。
−−決断が早いですよね。
森田:失敗してもいいやって思ってるからでしょうね。何もしないよりはずっといいって。
−−後藤さん(NWP代表、後藤貴之氏)も仰ってましたよ。みんなどうして若いときにチャレンジしないんだろうって。
森田:彼もそうですね。学生の時からクラブミュージックの仕事をして社長になって、一度も他の人の会社で働いたことのない人ですからね。僕らの世代に共通しているのはそういう形式にはまってないところかもしれないですね。世界の音楽も日本の音楽も同時に聴いて、音楽以外の文化も同時に体験してきて、海外コンプレックスがあまりない世代の最初なんでしょうね。僕が幸運だったのは、昔からの日本の音楽業界の流れも体験できたことです。レコーディングの方法、マネージメントの原点、アナログからデジタルへの移行も、インターネットができてからの流れも、全部体験できてるんです。音楽業界が切り替わるちょうどいいタイミングでした。
−−その前の世代は、ウッドストックとかビートルズが最高!っていう世代ですよね。
森田:そうですね。洋楽至上主義で逆にアジアを卑下してましたよね。ここ20年ぐらい業界にいる方々ってあんまり変わってないですから。レコード会社のトップも横に動いてることが多くて、どうしてもっと若い人がトップに来ないんだろうってずっと思ってきたし、早く誰かが行かなきゃいけないって思ってましたよ。
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