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森田和幸氏 世代交代の先陣を切って〜パンクスあがりのCEOがめざすもの〜

−−ロードランナー社内でのお仕事はいつから始められてるんですか。

森田:ほんとうは2003年の最初からやってくれと言われてたんですが、いきなり全てのやり方を変えるわけにもいかないし、移行させるためには時間が必要ですよね。僕が抱えていたプロデュースや仕事などがたくさんあって「踊る大捜査線2」も決まっていたので、ある程度そういうプロデュースワークが落ち着いてからやらせてほしいということ、ロードランナー自体8年間やってきてる会社ですから、僕が知らなければならないこともたくさんありますよね。社員のこと、会社内部のこと、問題点、改善点…就任したからといってすぐに仕事に入れないので、準備期間を設けてもらったんです。2003年の3月から契約して社内の会議などに参加するようになって、新しいアーティストやスタッフを捜したりして、2003年9月に就任しました。半年準備させてもらってほんとに助かりました。

−−そういう経緯だったんですね。

森田:僕としては2003年いっぱいは準備期間だと思っています。2004年のアタマから勝負するための体勢を作るのに、これだけの準備期間は必要でした。9月からフルタイムで来てますけど、まだまだ問題点、改善点はあるし、やらなければならないこともたくさんあります。来年以降闘える体勢を整えるために今年は使おうと思ってます。

−−プレッシャーはありますか。

森田:プレッシャーはあまり感じない方ですね。多少のプレッシャーがないと僕はダメなんですよ。自由だと逆にダメで、適度なプレッシャーが必要なんです。安定を求めないというとかというか、これから先は後がないぞ、っていうほうが力を発揮するような気がします。実はロードランナーの8年の歴史の中で、今年がいちばんよくない年なんですよ。まあ日本の音楽業界全体が良くないわけですけど、そのいちばんよくない年に来たってことが、僕にとっては最大のチャンスだと思ってます。これ以上落ちるところないですからね。世代のチェンジに頼らざるを得ない状況に追い込まれてますからね。

−−音楽業界でもここへ来てバタバタっと最近やっと世代交代の時期が来てるかな、って感じがしますね。

森田:やっぱり同世代の人がいると力強いですよね。プロダクションではもうけっこう若い人がバンバンいますからね。今は大きな会社になってますけど、僕の好きなミュージックマンのみなさんも30代のうちにレーベルを作ったわけだし、僕が決して若いんじゃなくて普通だと思うんです。そうなっていかないと次世代に夢がなくなっていくし、いい人材が入ってこないですよね。

−−今でもなかにはサラリーマンっぽいというか、社内のことだけに目が向いてるようなレコード会社もありますよね。

森田:そうですね。だからこそ僕らは僕らなりの新しい世代の感覚があるはずなので、そこからなにかを起こせるんじゃないかと思ってますね。このジェネレーションがなにかを動かす権限を持つ地位になってきたので、大きく物事が動く瞬間が来ているんでしょうね。

−−最近の「Musicman's リレー」をやっていて、ひしひしとそういう波が来ていることを感じますよ。

森田:今までの音楽業界は、あまりにもその世代の人達が強かったんですよ。洋楽至上主義のハシリの、日本のミュージックマンと呼ばれる名物の方々があまりにも強くて、続いてきたわけですよね。ここへ来て初めてその影響を受けずに育った世代が出てきたんでしょう。

−−パンクに影響を受けた人がトップになったっていうのはほんとに衝撃的ですよ(笑)。新世代と言うしかないですね。

森田:DO IT YOURSELFの精神はパンクに教えてもらいました。パンクの話ができる人がトップにいるっていうのも、アーティストやユーザーにとって楽しいと思いますよ。新しいものも何でも聴きますし、アーティストと同じように音楽の話ができるのは僕の特性だと思うし、今の業界のトップの方たちもそうやってきたんでしょうね。あいだの世代は上にすごい人達がいすぎて抜けきれなかったのに対して、上の世代からはもうわからないジェネレーションとして僕らが登場したんだと思います。だって上の人達にヒップホップやR&Bのことを語れるわけないですからね。クラブミュージックの体験がないのに、それを事業としてやろうとしてることに僕はギャップを感じるんです。パンクがわからない人が、「今青春パンクが流行ってるからやろう」なんて、大間違いなんですよ。

−−「Musicman」を作っていても、今までの作り方だとヒップホップだけのジャンルとかDJとかを扱う場がないんですよね。難しいですね。

森田:そうですね。いずれそういう人達が前面に出てくるようになると思いますよ。だって日本では昔は作詞家・作曲家・編曲家って分かれてましたけど、今はそういう区分けはなくなってきましたよね。プロデューサーがトラックを作ったり、アーティストと一緒にメロディを作ったり…しかもProToolsのおかげで誰でもある程度のレベルが作れるようになって、スタジオミュージシャンが譜面を見ながらせーの、でレコーディングすることが少なくなってしまった。もちろん今でもスタジオ・セッションが必要とされることもありますけど、メインストリームではなくなってきていますよね。アナログなやり方も当然残っていくもので、なくなるものではないですけど、ミックスしていくことによってまた次のものが生まれるんだと思います。僕らは両方の文化を体験して、両方に対応できる世代なんですよ。

−−世代としてできないことっていうのはありますからね。

森田:そうですよね。だからそこを武器にしたいんです。

−−それで負かしていくことが恩返しですよね(笑)。

森田:そうですね。もちろん前の世代をとてもリスペクトしているし、否定するつもりは全然ないんですよ。ただ、その人達ができなかったことがあるだろうし、やれないことを僕らがやれば、次世代の波がくるだろうってことなんです。僕を呼んでくれたケース会長に対する義理もあるし、ここで結果を出すことが最大の恩返しだと僕も思っています。

−−長年代表を務められていた川原さん(川原正克氏)は今はどういうお立場なんでしょうか。

森田:代表取締役COOとして一緒にやっていただいてます。長年築かれてるものもありますからね。川原さんがやってこられたことと、僕なりのやり方をうまくミックスしてやってほしいとケース会長は言われています。

−−では最後に、社長としての今後のスローガンなどはありますか。

森田:…明確なものはないんですけど、やっぱり初期衝動を大切にしたいんですよ。これはスタッフ全員そう思ってると思います。自分の感覚をすごく大切にしたいんです。いろんな物事に興味を持つことで、次のカルチャーが生まれるし音楽も生まれる。でも年を取ると生活に追われてどんどんそういう興味を失っていきがちですよね。昔はロック少年でいつもギター弾いてたのに、仕事に追われて弾かなくなって今は押入に飾ってるだけ、とか、最近はCDとかレコードを買わなくなってしまったとか…。そうではなくて、新しい、いい音楽に出会えることの喜びを僕は持ち続けたいし、だから今でもこの仕事をしてるんですよね。まずやってみよう、アクションしてみようということなんです。興味があれば動けますよね。どんなアーティストも実績や過去は関係なく、ライブを見て本人達に会ってから決めることにしているし、とにかく自分の目と耳と感性を大事にしたいんです。それは社員全員そうしてほしいですね。だからその人が魅力的になれるんだろうし、魅力的な人間なら仕事をしたいと思われますよね。「森田と仕事したい」「ロードランナーのスタッフと仕事したい」って思ってもらいたいし、そうなれば自然ともっといいレーベルになれると思います。 僕らはいい音楽をやってくれるアーティストが来なければ始まらないですよね。でも僕らが魅力的にならないといいアーティストは来てくれないですよね。

−−3月からロードランナーに来るようになって、半年以上たって会社の雰囲気とか変わりましたか?

森田:みんなもとまどいがあるでしょうし、今はまだ過渡期でしょうね。こうやっていろんな媒体に出たり、スタッフといろんな話をすることによって僕自身をわかってもらう時期だと思います。スタッフにもアーティストにもアピールしてるんですよ。結果がついてきたときにみんな自信を持てると思うので、そのための過渡期という感じです。でもとまどいながらもみんなが新しい流れに向かっていこう、変えていこうとしてくれている手応えはありますよ。本当にに新たな動きが始まるのは、邦楽が動き始めたときかもしれないですね。今は準備期間です。

−−初期衝動を失わなければいい結果が出るんじゃないでしょうか。

森田:そうですね。それを失ってしまったらもう終わりですからね。それがなくなったらやめたほうがいいですよ。生きてるロックっていうのが初期衝動ですからね。

−−簡単に「ロックは死んだ」とか言うなってことですね。

森田:そうなんですよ。マネージャーをやってもクラブミュージックをやっても映画音楽をやってもミュージカルをやっても、何をやってもロックスピリットが常に自分のなかにありました。だから人がやってないことをやりたいし、やられたことを真似するのはすごくイヤなんですよ。とにかく自分自身で作って、残していくって言うのがやりたかったんで、そういう精神性は僕にとってはとても重要ですね。

−−さすがパンクス育ちですね。

森田:パンクス上がりのCEOとでも書いておいてくださいよ(笑)。

−−ロック少年にはまたとないインタビューとなりました。これからますますの御活躍を期待しています。 M


 自らのキャリアを高めるだけではなく、常に未来のことを考え、「後進のためにも30代後半で現場を離れようと思っていた」という言葉通り、レコードメーカーのトップとして新たな道を歩み始めた森田氏。2004年がロードランナー勝負の年だと断言する森田氏の今後の手腕に大きな期待が寄せられます。

COMING SOON!  さて、森田氏にご紹介いただいたのは、「踊る大捜査線」の大ブレイクでもおなじみ、ミュージシャンの松本晃彦氏です。お楽しみに!

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第40回 松本晃彦氏
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ヤンキー全盛時代にパンクを追求していた青春時代
音楽生活を謳歌した大学時代 ロックの地位向上を目指してスタッフを志す
ナベプロに入りたい!熱意が通じて…
織田裕二との出会い〜共に苦労した下積み時代
ドラマと歌が同時にヒット!織田裕二の大ブレイク、松本晃彦との出会い

初めは失敗続きのディレクター修行 〜ワーナーで学んだこと
FLAVA RECORDSの成功、そしてワーナーからの独立
世界で通用するミュージックマンになりたい
 〜アメリカで出会ったKOREAN MUSICの衝撃

単身渡米で得た価値観 〜世界を目指すならアジアのトップを目指せ!
ロードランナーでの挑戦
▼世代交代の先陣を切って 〜パンクスあがりのCEOがめざすもの〜


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