−−では、今回ロードランナーへはどういう経緯で移られることになったのかお聞かせ下さい。
森田:結果的にアメリカに行ったことが大きな節目となってロードランナーに繋がっていくんですけど、ロードランナーは本社がオランダで、基本的にはニューヨークオフィスがメインになってるんです。アメリカを行き来するようになって3年目かな、去年の秋日本に戻ってきたときに、ある人に言われたんです。「ロードランナー本国の会社が君に興味を持っている。日本のオフィスを建て直してくれる人間を捜しているから会ってみないか」と。それで次の月にニューヨークに帰ってから会いましょうということになったんです。それでニューヨークに戻ったらロードランナー会長のケース・ウェッセルズ氏から直接お電話をいただきまして。僕は英語ペラペラな訳じゃないし、いきなりエライ人と会うのかな?とびっくりしましたけど、まあカタコトでもいいか、と思ってお会いしたんです。
−−直接トップの方とお会いしたんですね。
森田:といってもそのときに具体的な交渉をしたわけじゃなくて、まず僕の音楽に対する考え方、アジアでのあり方みたいな話をつたない英語でしたんです。日本での僕の経歴や今まで手掛けた音源は事前に渡していたんですけど、僕が今考えていることや音楽に対するビジョンみたいなもをお話ししたら、ケース会長と同じだったんですよ。非常にフランクな方で、ケース会長の部屋でCDを聞かせてもらったり音楽の話をして盛り上がったり、とてもいい出会いでした。60代の年配の方なのに、音楽の話がたくさんできたのがとてもよかったですね。レコード会社のトップで音楽の話が合う方って、実はなかなかいないんですよ(笑)。売上の話とかばっかりでね。ケース会長とは音楽の話で盛り上がれたのがよかったんです。
−−そういう人のことをMusicmanっていうんですよね。
森田:そうなんですよ。やっぱりインディペンデントから立ち上げてやってきた人ですから、
−−創業者なんですか。
森田:そうなんです。彼が創業してインディペンデントからメジャーインディーみたいな位置まで持ってきたんです。それでそのときの僕にとっては、ああいい出会いだったな、っていうだけだったんですけど(笑)、そのあともう一度会いたいって言われて、今度はケース会長が日本に来たときに会って、そのあとニューヨークでもまたお会いして…何度か話をして、最後に、「ぜひ君と一緒に仕事をしたい」と言ってくださって…それで僕もぜひ、とお受けしたんです。
−−この会社では自分のやりたいことができる、と思われたんですか。
森田:そうですね。もちろんロードランナーという会社のことはよく知っていたし、好きなアーティストもたくさんいました。でも結果的には「人」なんですよ。ケース会長に誘っていただいたからと言うのも大きいですね。
−−ロードランナーに誘われなかったら、ずっとアメリカにいらっしゃる予定だったんですか。
森田:いえ、アメリカでアジア的なものの見方に気づいてから、もう1回日本で仕事をしようと思ってたんです。そういう考えで新人のプロデュースを日本でしてみようと。それでゾンバレコーズの新人を手掛けたんです。日本人が好きなポップスを若い日本人が英語で歌って、しかも海外のプロデューサーと仕事をするというのがやりたくて。ヒップホップ、R&Bの先、次世代のもの、ポップスのクラブミュージックのあり方を示したかったし、英語の作品だったらどこにでも出せますしね。それで韓国のプロデューサーに曲をお願いしたり、すべて海外のスタッフと手掛けたんですよ。それからJUICEとB@by Soulという2アーティストを手掛けて、クラブミュージックから生まれるポップスをきちんとやって、それで引退しようと思ってたんです。そして、僕自身がこれまでたくさんチャンスをもらってきたように、引退するならみんなにチャンスを与える場所を手に入れなければならないと考えてたんですよ。そのためには社長になって自分が決済できる立場にならなくちゃ意味がないから、現場は引退して自分でレコード会社を作ろうかなと思っていたんですよ。小規模で全部のことを自分で把握できて、10〜15人くらいの会社を作ろうかなと。そんなときに、ロードランナーの話をいただいたんです。
−−作ろうかな、と思っていた会社があった、ということですね(笑)。
森田:ほんとにそうなんですよ!サイズも良かったし、メジャーインディーっていう両方の感覚でやれることも良かったし、外資系っていうのもよかったんです。いずれ世界に対していきたいと思っていたし、自分でやるときは韓国や中国の資本が入ってもいいから外資でやろうと思っていたんですよ。
−−まさにドンピシャだったんですね。すごいですね。
森田:そうですね。海外と直結してやりたいという夢がありましたから。そういう自分のイメージとロードランナーという会社が近かったこと、ケース会長が僕に望んでくれたことと、僕がやろうとしていたことも近かったので、今回の就任に至ったわけです。
−−どういった点を望まれて白羽の矢が立ったんでしょうか。
森田:邦楽部門を立て直してほしいとうことでしたね。でも引き受けるにあたって大きなポイントだったのは、洋楽がベースにあったことなんです。ロードランナーは少ない人数で、洋楽だけである程度うまくまわっていた、とても優良な会社だったんです。
−−それってすごいことですよね。
森田:非常に偏った、ロックのなかでも特にマニアックな洋楽レーベルとして確立されていたんですよ。それがアメリカでニッケル・バックやスリップノットが売れたり、日本でもKEMURIが売れたりして大きな会社になってしまったから、幅広いロックをやるなら邦楽もきちんと整備しないと、ということになったんです。偶然にも今年から来年にかけて、ロードランナーグループ全体で柱となるアーティストのアルバムが出ることが決まっていたんですよ。今年はJunkie XLとニッケルバック、来年春にはスリップノットが出すことが決まっていたんです。これは勝負できるタイミングだなと思ったんですよ。洋楽のアーティストって3年に1枚くらいしかアルバム出さないんですよ。そういうメインの売上を出してくれるアーティストが作品を出してくれるときにやらないと、いくら邦楽をやったって、すぐには売れないし、時間もお金もかかりますよね。だからそういう意味でもベーシックなものとして洋楽があるっていうのは大きかったですね。そのメインのアーティストがリリースしてくれる時期なんだから最高ですよ。やる以上は勝たなきゃだめだし、こういうチャンスと場所をもらってみんな期待してくれてるんだから、結果を残さないと意味がないですから。
−−あらゆるタイミングが整ってたんですね。
森田:あとはどれだけ結果を残せるかっていうのが今後のテーマですね。スタッフを育てて次世代に橋渡しをしていきたいし、僕が音楽業界でやってきたことをどれだけ残せるのかなと。先輩たちがやれなかったような新しいやり方を、僕らが線引きしてあげることで、僕がホントに音楽業界を引退するときに、笑って辞められるかなと言う気がしてるんです。
−−ロードランナーにとっても森田さんにとってもいい形での就任だったということですね。
森田:音楽業界に入りたくて一念発起して何とかして入り込んでいろんなことをやってきましたけど、レコードカンパニーのトップになるということは、ミュージックマンとしての自分の理想的な最終形なんです。僕は自分でなにかをやりたくなったら、動かないと気が済まないんでしょうね(笑)。動いてみて考えて、そこでまた学習して、次の結果に結びつける。だからロードランナーに来たことは、こういう会社のトップになることは僕にとっては経験のないことだし、まったくゼロからやっていけるので、とても自分にとって新鮮です。ずっと邦楽畑でやってきたから、洋楽のアーティストを扱うということも、自分のグローバル化にとって為になりますし。インターナショナル化、アジアのトップを目指す自分のビジョンにとても近いポジションをもらえたと思っています。ありがたいですね。だからこそ、ある程度の結果を残さないと、また夢がなくなっちゃいますから。
−−そうですね。
森田:今は若いですし、諸先輩方にも期待していただいて、これからはお前たちの時代だって言ってくださいますけど、だからこそ、ここで結果を残さないとダメなんです。だから今はいろんな方にお会いして僕のことを理解してもらうところから始めてるんです。自分をもう一度プロモーションすることでロードランナーを知ってもらえるし、それがなにかにつながっていくでしょうから。僕が好きなミュージックマンって、レーベルの前に、その人がいるんですよね。今は顔が見えないレコード会社が多すぎると思うんです。もちろん今でもすごいと思うミュージックマンの方はいらっしゃいますけど…
−−今はそういう方が少なくなってしまったんですよね。
森田:だからミュージックマンっていう言葉にこだわりたかったし、顔が見えるレーベルにしたいんです。あのレーベルはアイツがやってる、アイツがやってるから間違いない、いっしょにやってみたいって言われるようになりたいんです。
それから、僕だって入ったときはまったくのノンキャリアで、なんの実績もなかったのに、ここまで来れた、というのをこういうインタビューで話せば、「俺だってなれるかもしれない」って夢を与えられますよね。
−−そこはほんとうに、「Musicman」や「Musicman-NET」が目指すところなんですよ。
森田:やっぱりスタッフもスターにならないといけないと思うんです。僕自身もこの業界に入ったときになにも調べるものがなくて苦労しましたから、「Musicman」ができて初めて音楽業界のことがわかりましたし。エンジニアにまでスポットがあてられた最初だったと思います。音楽業界は夢がある商売じゃないといけないですよね。だから次世代のためにいろいろがんばりたいし、ここに来たからには、ここでまた何かを生み出さないと意味がないんです。だから今は、これからのロードランナーに興味を持ってくれる人を増やしたいですね。
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