| ●アクシヴの千葉様からのご紹介ですが、どのようなご関係なのでしょうか?
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| そうですね、エイベックスとは仕事柄、色々とお付き合いがありまして、その中でも千葉さんは私と同年代ということもあって、仕事以外の時にも一緒に飲みに行ったり、公私共々親しくさせて頂いてますね。遊びだけではなくて仕事も連携してうまくやって行きましょうという、そういう非常にいい関係ですね。
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| ●その連携の成果は何か実りつつありますか?
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| 成果という意味では今のところはまだ…。部分的なところではいろいろと始まっていますけどね。
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| ●楽しみですね。ではまず、子供の頃のことなどからお伺いしたいのですが、お生まれは?
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| 大阪です。
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| ●やっぱり大阪有線というだけあって大阪なんですね。
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| そうですね(笑)。大阪の天王寺区というところです。
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| ●南の方ですよね?動物園のある辺りですか?
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| 区としてはそうなんですけど、その辺りではなくて天王寺区の桃谷というところです。
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| ●何歳まで住んでいらっしゃったんですか?
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| 19歳の時までです。大学から東京に出てきましたから。
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| ●生粋の大阪人なんですね。まだ大阪での生活の方が長い位ですか?
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| そうですね。ちょうど今同じ位ですかね。
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| ●ご兄弟は?
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| 兄が一人おりまして、あと妹が二人です。
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| ●子供の頃の環境はどんな感じだったのでしょうか?私たちが想像しているようなイメージの大阪ですか?
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| 想像してらっしゃるような大阪ですね。私は生まれた場所は道頓堀のど真ん中、天王寺に移ったのは途中からなんです。だから親戚とかみんな道頓堀でお店をやっていたりして、その界隈で生活したり、遊んだりしてたことが多かったですね。
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| ●ミナミの一帯で遊んでいたんですか?
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| そうですね。家の窓を開けると目の前にキャバレーがあって。飲んだくれたおっちゃんの横に何かキラキラしたお母さんみたいな人がいて(笑)。不思議な世界だなぁとか思いながら、それを見て育ったという感じですね。
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| ●そんなど真ん中にお家があったんですね。たこ焼きを外で食べているようなごく普通の大阪の少年だったんでしょうか?
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| そうですね(笑)。
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| ●少年時代の面白いエピソードなどはありますか?一言で言うとどんな少年だったんでしょうか?
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| すごい普通だったような気がしますよ。多少やんちゃ程度で、特に目立っていたわけでもないです。ただ今に繋がる話で言うと、その頃から会社とか事業とかはやりたいな、っていう気持ちはずっと持っていましたね。
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| ●それは早いですね。小学校の時ですか?
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| そうですね。明確に意識したのは小学校の時ですね。
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| ●それはやはりお父様の影響でしょうか? |
| それもあるのかもしれないですけど、むしろその頃から事業みたいなことを考えるのが好きでして…。周りも商売人だったからかもしれないですね。「こういう商売したら儲かるんじゃないか」「こんな事業やったらいいんじゃないか」とか、小学生ながらに考えてました(笑)。その部分はちょっと変な小学生だったかもしれないですね(笑)。
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| ●小学生の頃に考えた商売というのは、例えばどんなものなのでしょうか?
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| 小学校3年生の時に将来についての作文で、「鉄道会社をやりたい」と書いたことがあります(笑)。それは自分でもすごく覚えています。その作文を書いて、明確に自分が経営者になりたいんだと初めて自覚したんですよ。作文には「鉄道会社をやりたい」と書きましたが、「自分は経営者をやるんだ」っていうのを決めたという感じでしたね。
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| ●それは鉄道が好きだったんですか?それとも儲かりそうだと思ったんでしょうか?
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| 大阪に環状線という山手線みたいな電車があるんですが、電車がなかなか来ないんですよ。10分から15分位の間隔があって、これはなんとかならないんだろうかと思ったんですね。電車が10両でやってきて15分待つんだったら、その運転手をはずして自動化させて、1両ごとをもっと単位を短くすればもっと本数が増えて便利になるんじゃないか、ということを考えて。それをやりたいと思ったんです。
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| ●すごいですね(笑)。普通の小学校3年生だと「電車の運転手になりたい」とか、その程度の考えしかないと思うんですが、いきなり鉄道会社の改善ですか…。
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| そう考えたんですけど、未だにそんなものは成立してないですね(笑)。繋がったまま自動のやつはいくつか出来ましたけど。
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| ●それはかなり面白い小学生ですよね。
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| そんなことを考えたりはしてましたけどね。でも普段友達と遊ぶときはいたって普通だったと思います。 |