第29回 恒川光昭 氏

4.筒美京平、安井かずみ、南沙織…日音での貴重な出会い

恒川光昭5−−筒美京平さんとの出会いはいつなんですか。

恒川:僕が入社したときにはもう村上と仕事していたみたいで、ときどき曲を持って会社に来るんですよ。なんか小さい人がいつの間にかすうっと来て、社内テーブルで書き直ししてたのを覚えてますよ。それが筒美京平さんだったんですけどね。向こうは向こうで、とんでもなく人相の悪い奴が村上さんのアシスタントになったと思ってたみたいですね(笑)。だってほとんど僕の顔を見ないんですよ。「これ村上さんに渡しといてね」って言って。まあガラが悪く見えたんでしょうね。ガラは元々よくないですけどね(笑)。

−−筒美京平さんご自身はあまりお顔が知られていませんよね。

恒川:そうですね。「また逢う日まで」でレコード大賞を取った時も京平さんは逃げちゃったかな。取材も受けないし、テレビに出るのもとても嫌がっていたので。そのシーズンになるとTBSに頼まれました。「今年の(レコード大賞の)作曲賞はまた筒美京平だから頼むな」って。要するに騙して連れてこいってことなんですよ。

−−そうやって連れ出したことがあるんですか?

恒川:あります(笑)。そしたら作曲賞を取った時に授賞式でバーンと僕まで映ってしまって「なんで恒川まで一緒なんだ」ってTBSから怒られました。「だって僕が腕を放すと逃げちゃいますよ」って言いましたよ(笑)。ほんとに嫌みたいですね。最近は前ほど嫌がってないようですが、やはり好んで出る方じゃないでしょうね。

−−京平さんの弟さんの渡辺氏(渡辺忠孝氏:現(株)ワーナーミュージック・ジャパンチーフプロデューサー。「ター坊」の愛称で知られる)ともお友達でいらっしゃるそうですが……京平さんに紹介されたんですか?

恒川:違うんですよ。ター坊は当時、同じ関連会社のTBSミュージックっていう会社にいたんです。TBSミュージックはBGMの会社で日音と関係があって、まあ同じグループっていうこともあってよく来てたんですよ。見るからに変な奴だなと思ってね。間もなく筒美京平さんの弟だっていうこともわかって。生意気だし自分はセンスある奴だと思ってるし、最初は嫌な奴だと思ってたけど、お互いに酒飲みだったんで、飲みに行ったり何回か会っているうちに、実像はなかなかいい奴で。それからは毎晩のように二人で飲んでましたよ。二人の有り金を合わせて「よし、これならボトル1本空けられるぞ」みたいなことがありましたね。ふたりで酔っぱらって僕の荻窪の家に帰って泊まって、朝一緒に会社に行くなんてことやってましたよ。

−−はははは(笑)。ほんとに仲いいんですね。でも別々に知り合ったのにご兄弟と縁があったなんて不思議ですね。

恒川:ほんとにそうですね。

−−他に印象的なエピソードはありますか?例えば安井かずみさんとはどのようなおつきあいだったんでしょうか。。

恒川:浅田美代子の「赤い風船」ですね。ご存じのように「時間ですよ」っていうドラマで久世プロデューサーがオーディションをして、浅田美代子が選ばれて。ドラマの中でうたう歌を作ることになりました。美代子ちゃんはほんとに下手でね(笑)、童謡しか歌えない感じだったんですよ。それでたぶん「新しい童謡を作ろう」ということであの曲ができたんです。久世プロデューサーと京平さんは童謡が大好きだったしね。童謡を書ける作詞家っていうと 安井かずみさんしか頭になかったので、どうしても安井かずみさんに書いてもらいたかったんです。でも当時 安井かずみさんは渡辺プロのお抱えっていうイメージがあって…ガードがものすごく固くてとてもアプローチできないんです。

−−でも一応フリーだったんですよね。

恒川:そう。フリーなんだけどフリーじゃないみたいなね。

−−見えないバリアがあったんですね。

恒川:そうそう。だからどうやって安井さんにコンタクトしたか覚えてないんだけど、とにかく安井さんに会ってお願いしたんです。

−−空港で捕まえたって聞きましたけど(笑)。

恒川:それはね、契約書(笑)。契約書にサインもらおうと思って待ってたんです。実は「安井さんは日音とは契約できない」という噂が流れて、安井さんに電話したら「とんでもない。そんなことないから、ちゃんとやるから心配しないで」と言われたんだけど、でも心配でね。それで羽田空港に契約書を持って行って待ってたというエピソードがあるんです(笑)。まあそれでなんとか書いていただいたんですよ。

−−恒川さんは日音のオリジナル作品のすべてに関わっておられるんですよね。ほかに印象的なお仕事はありますか?

恒川:C-C-Bもそうだし、例えば小林明子の「恋におちて」なんかも非常に印象的な仕事でしたね。でも非常に長く一緒に仕事したアーティストというとやっぱりシンシア(南沙織)かな。僕も京平さんも、彼女、内間明美さん(南沙織の本名)が沖縄から出てきて最初のレッスンの時から立ち会ってたんですよ。京平さんが「初めまして、筒美です。レッスンをやろうと思うんだけど、何が歌えるの?」って言ったら「私歌える曲、1曲しかありません」。それが「ローズガーデン」だったんです。それで京平さんが「ローズガーデン」をバックで弾いてシンシアが英語でローズガーデンを歌ったのが、「17才」につながってるんですよ。

−−たしかに言われてみれば似てますね。イントロなんかそっくり。

恒川:ね、似てるけど、でも違うでしょ?笑い話があるんだけど、「17才」のレコーディングの時にね、コーラスを入れたんですけど、当時、京平さんのコーラスには必ずシンガーズスリーっていう女性コーラスが担当してたんですよ。それで彼女たちがふざけて「ローズガーデン~♪」って歌って大笑いになったことがあって、筒美さんが思わず「冗談やめて」って怒鳴ってね(笑)。そんなことを覚えてますよ。

そう言えばあるとき彼女が「私は日音のアーティストです」って言ってくれたことがあるんです。普通なら「ソニーのアーティストです」とか、レコード会社の名前で言うでしょ。それが「日音の」って言ってくれて、しかもその発言をした場所が泣けるくらいうれしい場だったんですよ。ちょうど吉田拓郎さんとか、かまやつひろしさんとか、そういう連中とみんなで集ってる時にシンシアが来て、その席でそう言ってくれて。それはとても嬉しかったですね。彼女とは9年いっしょにやりました。長さで言うなら渡辺美里さんも同じ9年ですね。

−−いっぱいアーティストがいらっしゃるわけだからそれはそれは忙しいでしょうね。

恒川:当時はねぇ。いろんな関わり方してましたから、一番関わってたときは20以上あったと思うんですよ。ちょっと関わったものもあれば深く関わるものもある。それをどううまくやっていくかっていう。みんな当たり前のようにやってたと思いますね。