株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント
取締役/コーポレイト・エグゼクティブ 盛田昌夫 氏
多感な時期の自由な海外生活…生きる知恵を学んだ留学時代

●留学生活はどうでしたか。
高校2年から2年間イギリスに行ったんですけど、インターナショナルスクールだから、ありとあらゆる奴がいて結構おもしろかったですよ。年齢的にも16とか17でしょ。一人で向こうにいたから結構いろんなことを経験しました。要するに日本人の英語の学力が高いのは、大学受験をやるからですよね。でも僕は受験をやる前に出ちゃったから英語が全くできなくて、それなのに一人で行ったから、けっこう大変でしたね。でもおかげで「知恵」を使って生き残ることを覚えましたよ。
●細かいところでいろいろ苦労がおありだったんですよね。
楽しかったね。とにかく知恵を使わないとトイレがどこかでさえわからないんだから。世界中から生徒が来てる学校だったから、夏はみんなの家を訪ねて歩いていろんな所に行きました。

そうそう、たまたま夏休み日本に帰ってきた時に親父に言われたんですよ。「高校生なんだから、一番安い方法で、9月に学校始まるまでにヨーロッパに帰ってみろ」って。それで安い方法を探したら、当時で一番安かったのが横浜からバイカル号(ソヴィエト船)に乗って、ナホトカに行って…。
●シベリア鉄道ですか。
そう、シベリア鉄道。モスクワに行って、ポーランドに入って、そこからバスでベルリンに抜けて。あの当時はまだベルリンの壁があったでしょう。それで西側に出るのが一番安い方法だったから。だから僕の最初のベルリン体験は、チェックポイント・チャーリーを西から東に入って行くんじゃなくて、東からこっちに出てきたの。
●ユーラシア大陸横断ですね。
ソヴィエトにインツーリストっていう旅行会社があるんだけど、そこに行くとKGBみたいなおじさんが一緒についてきたりする時代でしたよ。シベリア鉄道も毎日窓の外の景色が変わんないし、不思議だよね。車内アナウンスってのがあまりないんですよ。だから訳わかんない所で停車してたりするわけ(笑)。1972〜3年頃だから、バングラデシュのコンサートとかあったじゃない?ジョージ・ハリスンがラヴィ・シャンカールとネパールに行って…とか、そういうのが流行ってたから、けっこう横浜から船に乗ってユーラシア横断して行く人が多かったですよ。そういう旅をしているのはみんな若かったけど…今でも覚えてますよ。「バイトをして60万円持ってきたんだ」っていう人がいてね。今から30年前の60万円だから、結構な金額ですよ。でもあの当時シベリア鉄道から行っても7万円ぐらいかかったから、その8倍ぐらいでしょう。「それでどれくらいカトマンズにいられるんですか?」「3年ぐらいかな」なんてね。僕はせいぜい半年ぐらいだろうと思ってたのに、お金だけ持って身一つで3年もいられるのかなぁ?って思ったりして。
●要するにヒッピーですよね。
だってあの頃はさ、もうカトマンズに行ってヒッピーになるか、カリフォルニアに行ってフラワーチルドレンになるかみたいな、そういう時代だったじゃない(笑)?だから「君は何しに来てるの?」って聞かれて、まさか「高校に留学してます」とは言えなくてさ(笑)。「ヨーロッパに行って自分の可能性を…」とかわけわかんないこと言ってごまかしてましたよ(笑)
●ヒッピーたちとも旅の仲間になっちゃったんですね。
当時兄貴もイギリスの別の学校に行ってたんだけど、兄貴は飛行機で帰ったんですよ。今思うと何で兄貴は飛行機で帰って、俺はシベリア鉄道なのかって…。親父が生きてたら聞いてみたいですよ。

まあ別にこういう性格だから、どこでも平気で行けたんですよね。日本にいてクラブ活動に熱をあげるでもなかったから、ずっとウロウロしながら。シベリア鉄道も楽しかったし。

そういえばイギリス留学の時にね、試験が終わって友達とテレビを見ていたら映画の「カサブランカ」を放送してたんですよ。「カサブランカに行くとイングリッド・バーグマンがいるのか…じゃあ行こう!」ってことになって(笑)。友達はバルセロナ出身だったんですよ。次の週に休みに入ったんで、もう一人イタリア人の女の子と一緒にバルセロナの彼の家に行って、彼のお母さんに「車借りていい?ちょっとドライブに行ってくるから」って。お母さんは1〜2日車借りるだけだと思ってたんだろうけど、それが3週間ぐらいかかったんですよ(笑)

まずモロッコの田舎の村に行くでしょ。お金ないから安いホテルの1部屋に3人で川の字になって寝るんだけど、やっぱり共同トイレは嫌だからシャワーとトイレのある部屋がいいでしょう。そしたらシャワーはあるんだけど、トイレがない。「トイレはどこだ?」って聞いたら、シャワーの下に穴が開いてて「ここがトイレだ」って言うわけですよ(笑)。「トイレとシャワーが一緒って、こういうのがあるんだなぁ」って。やっぱりいろんな所に行ってみるもんだよ(笑)。トイレットペーパーがないからシャワーがあるのかなと思ったり(笑)。実はいつか行って謝ろうと思ってるんだけど、カサブランカに辿り着いて最初に3人でやったことは、いいホテルのロビーのトイレに行って、トイレットペーパーをくすねたことなんですよ(笑)。ホテルならいくらでもあるから。
●オイルショックの時の日本みたいですね(笑)
でも映画を見てカサブランカを目指したけどさ、イングリット・バーグマンなんかいるわけないじゃない(笑)。「なんか映画と違うな〜〜」とか思いながら、今度は当時CSN&Yの「マラケッシュ・エクスプレス」が流行ってたから、「これはもうマラケシュに行くしかない」と思って、3人で歌いながらマラケシュに1週間。
●動機が単純でいいですよね(笑)
高校生なんてそんなもんだよ(笑)。当時はいろんな所に目的なく行くこと自体が目的だったりしたじゃない。
●そのまま青春映画になりそうな感じです。
でもマラケシュまで行ってみたって…結局どうってことないんだよね。ただのモロッコの街。でも今でも覚えてるけど、海岸線がすごく真っ白で誰もいなかったんだよ。暑いからそこでみんな素っ裸になって泳いだりしましたよ。
●貴重な体験ですよね。モロッコっていうとアフリカ側ですか?
大西洋側です。僕とスペイン人の友達とイタリア人の女の子と3人だから、日本語と英語とスペイン語とイタリア語とフランス語とでしゃべるんだけど、モロッコではどれも通じないんですよ(笑)、アラビア語だから。まあこっちもテレビ見てカサブランカまで来て、CSN&Yの歌を歌いながらマラケシュまで来ちゃったっていう、それだけの理由なんだからしょうがないんだけどね(笑)
●やっぱり日本の高校生とはスケールが違いますね。
でもノリは普通の高校生と変わらないと思いますよ。 ただその2年間の留学生活で、どんな状況になっても「まあ、なんとかなるかな」って考えるようになりましたね。

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