株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント
取締役/コーポレイト・エグゼクティブ 盛田昌夫 氏
初告白・名門小学校に行かなかった理由…

●中井さんとはメール友達だと伺いましたが…何でも中井さんはかなりのメール魔だそうで…(笑)
あれはすごいですよねぇ(笑)…今日なにしたか全部わかりますよ。「何してますか?」「寝てます」とか言って(笑)。なんで俺は夜中にこんなことやってなきゃいけないんだと思いながらやってますね。
●使いすぎて携帯電話が半年ぐらいしかもたないそうですよ。
そうだよね。返事がすぐ戻ってくるもん。
●女子高生並ですね(笑)
ほんとそうだよ。時間かまわずなんですから。僕はアメリカから電話がかかってくることが多いから、携帯を枕元に置いてあるんですよ。ブーって鳴ってしょうがないから出るんだけど…(笑)。それで起きちゃったから返事打つかっていってまた始まるわけ。ほとんどボーイフレンド&ガールフレンドの仲だよね。女の子にだってこんな時間にメール打たないよ。
●若すぎますよね。しかも中井さんはそれを何人にもやってらっしゃるというのがすごいですよ(笑)。じゃあ中井さんとはメル友ということで、そんなに古いお知り合いではないんですね。
そうですね。まあ僕は元々が音楽業界の人間ではなくて、4年前にハードから移ってきたばかりだから。最初は洋楽担当だったし、うちもCS放送(Viewsic)をやってるから、ネット系をやるようになって知りあったんです。
●ではまず小さい頃のことをお聞きしてもよろしいですか。
かまいませんよ。なんでも聞いてください。でもぜんぜん覚えてないけど(笑)
●お生まれはどちらなんですか。青葉台ですか。
違いますね。生まれたのは世田谷で、その後ずっと青山。骨董通りってあるでしょ。生まれてすぐあそこに引っ越して、中学ぐらいまであそこにいたんですよ。骨董通りなんてあんなオシャレな通りじゃなくて、都電が走ってる所だったんですよ。青葉台に越したのは、僕が中学3年ぐらいの時だから、3歳から14歳ぐらいまで南青山。その間、1年間、親父の仕事の関係で小学校1年の時アメリカに行ってましたけどね。
●今も青葉台に住んでらっしゃるんですか?
いや、結婚して家を出て、それから10何年わりと近くのマンションに住んでたんですけど、おととし白金に家を建てて引っ越しました。
●小さい頃はどんな生活をなさってたんですか。
とある名門私立幼稚園にいたんですけど、そこに行った人達はみんなそのまま名門私立小学校に行ったんですよ。でも僕は、うちのすぐ近くに区立小学校があったんで、区立に行ったんです。
●骨董通りのわきの小学校ですか。
青南小学校なんですけど、うちの路地の突き当たりの壁を乗り越えて、郵政省を突っ切って行くと予鈴が鳴ってから家を出ても間に合ったんですよ。

ここで弁解したいんだけど(笑)、幼稚園の同級生と年に何回か飲む機会があるんですよ。でもみんなその幼稚園から小学校、中学、高校と、その名門学校に行くんですよ。それで大学は某学習院ってところになるんですけど、「ところで小学校はどこに行ったんだっけ?」って言われるわけですよ。僕は高校から家を出ちゃったから地元にいなかったし。「僕は家のそばの区立に行きましたよ」と言って…はたと気がついたのは、僕も受けたのに落ちたから名門中学に行かなかったんだろうって、みんなが30年ぐらい信じてたっていうことなんですよ(笑)
●誰の意思でそうなったんですか?
もともと幼稚園の園長先生が、うちの親とけっこう仲が良くて、幼稚園を始めるとき「じゃあ、うちの子もお願いね」みたいな感じで。ただそれだけの付き合いでその幼稚園に行っただけなんですよ。別に名門に行きたかったわけじゃないし。
●みんなに「禁句だよ」とか言われてたんですかね。
たぶんね(笑)。たしかに僕は中学受験したんですよ。これも変な話なんだけど、小学校の時に一番仲の良かった子が「受験する」と言い出したんです。僕は受験しないで区立の青山中学に行くつもりだったんですよ。チャリで行けるから。だからずっと受験勉強も何もしてなかったんだけど、その子に「一人で受けるの嫌だから一緒に受けてくれ」って言われて、こっちは行くつもりないから「いいよー」みたいな軽い感じで。普通、中学の受験って2月でしょ?12月の年末もしっかりスキーに行って。でも僕受かったんですよ。そしたら彼は他の学校も受かって、そっちが本命だからってそっちに行っちゃったんです。
●中学でリベンジしたと思われてたんですね。
そう。名門中学だったから(笑)
●中学はどちらだったんですか?
武蔵です。でも30年ぐらいずっと俺は落ちたと思われてたと思うと…さびしかったね(笑)
●じゃあ今回、このことはぜひ公表しておきましょうね。「落ちた訳じゃないぞ」と。
要は、うちの親はあまりそういうことを気にしないんですよ。
●教育パパ&ママじゃないんですね。
あんまり気にしないんですよね。それで中学、高校1年まで武蔵に行って、高校2年と3年がイギリスなんですよ。これもひどい話なんです。ウェールズのインターナショナルスクールで(今では世界10何カ国にある)、けっこう各国から選抜された人たちが行くっていう学校。そこの校長先生が「日本からの生徒を取るにはどうしたらいいか」っていうんで、日本に来て当時のイギリス大使に相談したら「盛田に相談しなさい」ってうちの親父にふってきて、それで親父が会ったんです。「日本からスカラシップ(奨学制度)で生徒を出すとしても、誰も知らない学校だから最初はたいへんだし…」ということになって。そのとき僕はたまたま試験休みとか用事があって親父の会社に行ったんですよ。それで呼ばれたら、その場で「とりあえず、息子を行かせましょう」ってことになっちゃったんです。武蔵って中学・高校だから大学受験しなきゃいけないし、頭いい奴たくさんいるからね。みんなと競争したら負けそうだなぁ、って思ってたから「いいよ」と言ってイギリスに行っちゃったわけです(笑)。だからね、親にもあんまり教育方針なかったし、自分も小中学生の頃はビジョンなんてなかったしね。小学校の頃、1年アメリカに住んでたから「やった、また外国に行ける!」みたいな感じで。
●じゃあ、お父さんは我が子に対しても「学歴無用論」だったわけですね。
うーん。あまり期待しても無理だと思ったんじゃないかな。我が子が学歴ないから、「学歴無用論」を書いたとは思わないけれども…。わりと大雑把で、ああしろこうしろって言われて育ったんじゃないんですよ。逆にあんまり言われないから、自分で何か考えないと。環境は与えてくれても、手取り足取り何かやってくれるわけじゃないから。そういう中で育ったから「行く?」「いいよー」みたいな感じでね。
●意外と軽いノリで行っちゃったんですね。
まあそうですね。

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