作曲家
宮川 泰 氏
将来は絵描き…のはずだった!?美大学生→音大学生→プロへ

●僕らはロック、ポップで育ってきたビートルズ以降の世代なんですけど、僕らのイメージだと先生の年代とその辺の世界、例えば中村八大クインッテットとか、平岡精二さんとか、あのへんの音楽青年たちが日本で初めてのヒップな音楽青年の始まりだったと思うんですよ。彼らが日本の最初のミュージシャンたちなんですよね。
うん、ジャズは戦前からずっとあってさ、戦争中もひそかに仲間たちと演奏したりとかあったらしいですね。戦争が終わってからは進駐軍のラジオがあったし…だからジャズはいきなり、戦争負けた次の日からバーンとね…なんという素晴らしい音楽だろうと思ったものね。
●そこで立ち上がったミュージシャンがいっぱいいたわけですね。
僕は戦争が終わったときは九州の中学にいて、それから大阪の中学に転校して、そして進駐軍のラジオを毎日聞くようになったんですよね。そのうちにまだ中学を卒業してないくせに、軽音楽団みたいなのを作って、あちこちのパーティに呼ばれるようになって、いろいろ覚えて演奏して、ダンス伴奏するようなことを中学の終わり頃からやっていて、そのあと大学も入ったんだけど、僕は音楽と美術と両方優れていたんですよ(笑)。そのころの友達なんかはみんな「お宮は絵描きになるんだとばっかり思ってた」って言うほど絵がうまかったの。鉛筆画でスケッチすると見事に描けちゃう。沈んだ戦艦大和の写真なんかを見事にうまいこと描くんですよ。戦争画描かせたら最高って言われてね(笑)。それで僕は美術学校行ったのよ。
●残ってないんですか。
それが残ってないんだよね。それで京都の美術学校に行って1年半いたんだけど、結局夜はキャバレーでピアノ弾いてたから、絵の勉強はひとつもしないでね…美術学校の講堂においてあるガタガタのピアノを毎日弾いて遊んでた。
●ピアノはそうやって覚えたんですか。
うん、そうやって覚えたの。バイエルとか一切やってない。だから指の動かし方とかまったくインチキでね(笑)、早いスケールとか今でも弾けないんですよ。
●自己流だったんですね。
だから曲を聴いて譜面を見なくてもすぐ弾けたんですよ。
●うわぁ〜。
器用だったんですよ。絵のほうも写実はうまいんだけどじゃあ自分の個性で描くかっていうと、全くダメでね。それで1年半行った美術学校は工芸科、図案科っていうイラストの学科に入ったから、やっぱり個性がないとダメじゃないですか。自分で「ああだめだ」って思って。そのころの同級生でいちばん有名になったのはサントリーのトリスおじさんの絵を描いていた…名前なんだっけな、ど忘れしちゃった。今まで覚えてたのに…その人とは学校時代はそんなに親しくなかったけど、同窓会とかで友達になったりしてね…なんとかリョウヘイ…あ、柳原良平だ。トップのイラストレーターだったんですよ。

それでそのあとは大阪学芸大学を受けて、そこに特設音楽科っていうのがあったんですよ。学芸大学の前身は師範学校で師範学校っていうのは小学校の教員を養成する学校でしょ。そのなかで中学校の音楽の先生ができるスペシャルコースがあったんで、そこに入って。それでもやっぱりキャバレーでピアノを弾いていて(笑)。
●音楽の英才教育の学校、っていう感じじゃなかったんですね。正式な音楽教育を受けたというか。
そうですね。和声楽とかハーモニーの勉強とかしてたみたいなんだけど、ハーモニーなんてジャズやってたからさ、本見るよりもよく知ってるのね。なんだ、こんなもんやってんじゃしょうがねぇや、ってキャバレーでピアノ弾いて、進駐軍のキャンプ行って弾いて、それで少しずつ好きになって。

そのうちに大学でもうやめてくれ、退学しなさいって言われて「はい」って退学した(笑)。4年制大学で6年行ってもまだだめでね。全然とれなくて。7年か8年は行かなくちゃだめだろうって。担任の先生が「僕は君のような生徒は恥ずかしい。やめてくれないか」って言われてやめたの。

それで東京行ったら平岡精二さんていう超天才の人のバンドに入ってさ…プロになっちゃったのよ。
●トントン拍子ですごいですねぇ。プロになるまでに障害はなかったんですか。
うん、時代がよかったのよ。スムーズにね。今はレベルがアップしてるし、ジャズミュージシャンもものすごい数いるじゃない。そのころはそんなにいなかったからね。給料もよかったのよ。…結婚したときに女房が会社勤めしてたけど、そのころは月給が1万いくらじゃなかったかなぁ。僕は3万円だったから、サラリーマンの3倍とってたの。若かったのにね。

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