| ●宮川先生はたくさんエピソードをお持ちだと思うんですが、今日はそのなかでも面白い部分だけかいつまんでお話いただければと思います(笑)。 |
| …けっこうそういう話は(もう他のところで)しちゃってるんだよね。記憶力が悪いもんだから、面白い話はお一人様1つしかネタがないんだよね…。テレビでもしゃべったことあるし…あの、ほら、日曜の朝からやってる… |
| ●『波瀾万丈』ですか。 |
| …そうそう、あれに出たときに面白い話をいくつかしてしまってね…それからその前にはあの、よくしゃべる…『徹子の部屋』ね。あれに2回出たときに面白いネタ全部しゃべっちゃったの。『波瀾万丈』はわざわざドラマみたいのまで作ってやるじゃない。それであの番組出た後にあちこちから俺の中学にいたのに何で俺の中学の宣伝しなかったんだ、とか言われてね(笑)。 |
| ●そんなこと言われても困りますよね(笑)。 |
| 僕には弟がいるんですよ。宮川彪って言ってね、7つ違いで今でも現役でドラム叩いてるんですけど、『波瀾万丈』に出たときにね、友達に宣伝してまわったんですって。兄貴が出るから見ろって。それで僕はそのときにね、弟のことを一言も言わなかったんですよ。忘れちゃってね。ほかの親戚の人の話とかしてるのに、肝心の弟の話を言うの忘れちゃってね。それを見てた弟が「兄貴見たよ。ひどいじゃないか。俺のこと一言も言わないなんて」って言うんですよ(笑)。弟のところに友達から電話がかかってきて、「お前ほんとに宮川さんの弟か」って言われたらしいんですよ(笑)。だってああいう番組では弟の話をするのが当たり前なのに一言も言わないなんて、「弟とちゃうやろ?お前詐欺師か」ってみんなに言われたらしいんですよ(笑)。さんざん言われてカッコつかないから、友達に電話してくれってね。疑われて本気でガックリ来たみたいなんですよ。 |
| ●膨大な人生をまんべんなくしゃべるなんて無理ですよね。 |
| いや、僕ほんとに子供の頃から忘れん坊でね、最悪ですよ。10のうち9つ忘れる(笑)。今何しゃべったかとかね…人の名前も出てこないんですよ。だから今日もなんかいいかげんな話いっぱいすると思うけどね、もし間違ってたらごめんなさいよ。 |
| ●(笑)。弟さんのお話が出ましたけど、音楽一家でいらっしゃるんですよね。 |
| お袋は僕が幼稚園の頃からお琴の先生をしてたんですよ。あ、最初は趣味で先生をしたのはあとからかな?オヤジはわりと早い時期になんとか流のなんとか師範ってライセンスをもらって尺八を弾いていて、お袋はお琴で。それでしょっちゅう弾いてたんです。 |
| ●純邦楽の世界ですね。 |
そのときに「春の海」を覚えてね。宮城道雄作曲の「春の海」って、それまで邦楽のオリジナルの楽曲にしてはめずらしくあか抜けていて、今風だったんですよね。あの当時。バイオリンやピアノでレコード出したりした人もいましたね。そういうすごくセンスのいい人の楽曲を聴いたのが残ってるんですよ。
お袋はたくさんいたきょうだいのなかで自分一人だけが女学校行かせてもらっていたらしいんですよね。それでさんざんほかのきょうだいから悪口言われていじめられたらしいんだけど、女学校行って、それでオヤジと結婚してからも女学生気質が抜けないでしょ。それで夜「みんなじゃあおやすみなさいね」って電気消して10分くらいたってから、「♪なじかは知らねど〜〜」とか「ローレライ」とか、女学生唱歌を歌うんですよ(笑)。 |
| ●生ライブが毎晩行われたんですね。 |
| そうそう。お母ちゃんやめてぇな〜とか言ってね。 |
| ●ご兄弟は何人ぐらいいらっしゃるんですか。みなさん音楽の道へ? |
| 僕は長男で、妹がひとりいて、これは音楽やってないんですけど、その下が弟かな。兄弟仲はあまりよくなかったし、弟と仲良くなったのも中年になってからですよ。それまでは干渉しないって言うか、離れて暮らしてたからね。妹なんてうちの死んだお袋のお姉さんのところに子供がいなかったからって、「じゃああたしの娘をあんたにあげる」ってお姉さんにやっちゃうんだよ(笑)。変わってるんだよやっぱりさ。あげちゃうんだよ。 |
| ●昔はそういうことあったんですよね。 |
| そうだね。だから音楽的環境は悪くなかったですね。 |