第20回 小林悟朗 氏

NHK芸能番組部チーフディレクター
 イッセー尾形さんにご紹介いただいたのは、NHKで数多くの音楽番組を手がけられている小林悟朗氏。『紅白歌合戦』『ときめき夢サウンド』『ふたりのビッグショー』などのおなじみの番組の他にも、長野オリンピックの『五大陸を結ぶ第九』やお正月の『ニューイヤーオペラコンサート』など、ポップスからクラシックまで幅広い分野の番組を手がけられ、テレビというメディアで長年音楽に関わってこられた小林氏。「音楽は目に見えない」ということを認識することがとても重要だと語る小林氏の言葉は、ふだんなにげなくテレビを見ている視聴者として、テレビと音楽の関係を改めて考えさせられる意義深いものでした。
小林悟朗メイン
[2001年9月20日/渋谷・ルノアールにて]
プロフィール
小林悟朗(Goro KOBAYASHI)
NHK芸能番組部チーフディレクター

1956年6月5日東京生まれ。
東大卒業後、NHKに入社。秋田支局でNHK特集「白神山地」などを担当する。80年代後半より「紅白歌合戦」を初めとする音楽番組をクラシックからポップスまで幅広く数多く手がける。

~小林悟朗氏が手がけた主な番組~

<特集番組などスペシャルなもの>
●NHK紅白歌合戦
(1990/1991/1992/1998/1999)
●NHKスペシャル/地球シンフォニー
(1995年1月1日放送)
●ジュリー・アンドリュース&N響コンサート(1993)
●マドンナ in Japan(1993)
●ライザ・ミネリ at NHKホール(1994)
●ブロードウェイ・ミュージカル
/VICTOR VICTORIA(1995)
●長野オリンピック/五大陸を結ぶ第九(1998)
●NHK特集/白神山地(1985)

<定時番組>
●邦楽百選
●N響アワー
●芸術劇場
●歌謡コンサート
●ふたりのビッグショー
●音楽夢コレクション(1990)
●ときめき夢サウンド(1994)
●青春のポップス(2000)

<その他>
●ゴールドディスク大賞(1992~1994)
●大貫妙子 in アコースティックサウンド(1988)
●列島ドキュメント
/上々颱風~平成のレットイットビー(1993)
●芸術劇場/ピアソラのすべて(1997)
●小澤征爾/マタイ受難曲(1997)
●ベルリン・フィル定期演奏会生中継 fromベルリン(1997年5月、11月)
●ニューイヤーオペラコンサート(1997、1998)
●にっぽん点描
/ある天才チェロ奏者の死~徳永健一郎(1996)
●名曲アルバム
「イマジン」「ホテル・カリフォルニア」他14本

1. NHKは「良い学校」!?

小林悟朗2−−イッセー尾形さんとはどういうおつきあいんなんですか。

小林:もとはといえば小澤征爾さんがあいだにいるんです。4、5年前の成人の日のコンサートで「だれをゲストに呼んだら若い子が興味持って来てくれるかな」って小澤さんが娘さんに聞いたら、征良さんがイッセー尾形のすごいファンで…自分たちも(イッセーさんの演出を手がけている)森田雄三さんがどういう風に芝居を立ち上げていくのかにも興味もあったので…舞台裏を見たいと思ったからね。それが最初かな。

−−小林さんがイッセーさんのスタッフを育ててくれた、と森田さんがおっしゃってました。

小林:ああ、それはたぶん…イッセーさんのお芝居は幕間に着替えているときに音楽をかけているんですけど、その音楽をどういうつながりでかけるといいか、前後でお客さんがどんな心理になるだろうか、とか、そういうことを助言してあげたことがあったので、それででしょうね。 それ以降、『N響アワー』のゲストに出てチェロ弾いてもらったり、去年『青春のポップス」でもゲストで出てもらったりしてますけどね。

−−では小林さんのプロフィールをご自身で語っていただけますか。

小林:裏方ですからねぇ。…テレビとかラジオの業界の方々のなかで、自分たちはたぶん、「物心がついてから家にテレビがやってきた」っていう最後の世代だと思うんですよ。物心がついて、幼稚園とか小学生ぐらいの時に家に突然テレビという不思議なものが現れた。今の若い人は別に不思議と思わずに「テレビとはこういうものだ」って思っちゃってるでしょ。自分たちの頃はもう、子供はテレビの後ろに回って中のぞき込んだりとか、真空管が光ってて、「これはいったいなんなんだろう?」って思ってましたから。…だからやっぱりテレビを通じた音楽とか、そういうものから大きな影響を受けているんで…テレビに感謝してるんです。今の仕事で恩返ししてるのかもしれませんね。

−−小さい頃からピアノやバイオリンもやってらしたとか。

小林:楽器は何でもやるっていうか…なんか、音が出るモノは鳴らしたくなるっていうか…

−−基本的にはクラシック畑なんですね。東大ご出身ということですが、音楽系の大学には行かなかったんですか。

小林:そうですね…やっぱり我々の世代って、ミュージシャンになると食べられないっていうか(笑)…音楽って当時はそういう商業的なものではなかったんですよね。

−−趣味としてはかなり本格的に音楽をなさってたわけですね。で、東大ではなにを専攻なさってたんですか。

小林:文学部です。

−−それでいきなり就職がNHKだったんですか。

小林:…自分はすごく古典が好きで…長い間風化しないで残ってきてるもののおもしろさっていうのが好きなんですよ。音楽にかかわらず、美術でも文学でも芝居でもすごく古典が好きなのね。芝居も好きで、ギリシャ悲劇とかオペラとか…そういう古典的なものに向かってたわけです。だからこじつけになるけど…NHKの「大河ドラマ」にすごい興味を持っているんですよ、今でも。当時はたしか『おんな太閤記』かなんかだったと思うんだけど、30~40%もレーティングとっちゃうわけですよ。そういう状況が、シェークスピアの時代のロンドンの劇場だったり、歌舞伎や文楽、浄瑠璃の初期の形態にすごく通じるものがあるような気がしたんです。で、現代のからくりでそういうおもしろいことがあるっていうのがすごく興味があるんですよ。携帯が普及する前はアマチュア無線でテレビを送信しようと思ったりとか、あとレコードを再生するとかね…そういうからくりものが好きなんですよね。

−−NHK入社後、最初はなにをおやりになったんですか。

小林:秋田に配属されて、ジェット機の秋田空港が開港するときの中継とか、東北新幹線が開通するときとか、あとは稲刈りとか田植えとか、稲の病気とか…東京で育ったから、ここでの経験はすごく大事なことでした。

−−最初に音楽関係の制作に移られたのは?

小林:秋田に5年いて…1987年かな?30歳でしたね。最初は『邦楽百選』とか『リサイタル・オペラ』とか、いろいろやりました。 NHKはスタッフを育てるという意味ではすごい「良い学校」なんだと思います。自分で希望し秋田は行かなかったと思うし、やりたいことをやってたら『邦楽百選』もやってなかったと思いますよ。『邦楽百選』ではラジオで毎週浄瑠璃の番組を作っていたんです。そういう知らないものに出会うって、すごい大きな事ですよね。秋田にいたときも、まだ世界遺産になる前にNHK特集で『白神山地』をやったんです。あの2年間は大学で林学を専攻してる人たちと同じぐらいは勉強しましたよ、シノプシスを書くまでにはね。そういう意味ではNHKの組織自体の教育力はすごい大きなものがありますよ。

−−その環境はNHK以外では絶対にありえないですね。