第139回 須藤 晃 氏 音楽プロデューサー

7. 詩と経験の“キャッチボール”が名曲を生んだ〜『I love you』『15の夜』

須藤 晃 氏 音楽プロデューサー
−− 尾崎豊さんって僕の中では哲学者のようなイメージがあります。あの年齢であんな歌詞を書くなんて、という。

須藤:それを「何言ってんだよ」って否定していたら彼は存在しなかったと思いますね。例えば、ホームルームの時間があって今日は自習してください、って言われて、ぺちゃくちゃ喋っている奴がいたり、弁当を食っている奴がいたりすると、尾崎さんは「お前らそれでいいのか!」っていうようなことを立ち上がって言うタイプだったらしいんですよ。だからちょっと僕と似ているんですよ。

−− 彼はそういうタイプだったんですか。

須藤:ええ。生きることに対して真面目というか、恋愛にしてもさっさと女の子を口説いて仲良くなればいいのに、一晩中、真剣に語り合うみたいな人なんですよね。「なぜ生まれてきたんだ」「俺たちの出会いは正しかったんだろうか」みたいなことをね。そんなこと言われたって女の子は困るじゃないですか。でも、尾崎さんってそういうタイプの人だったんです。

−− 尾崎さんのファーストアルバム『十七歳の地図』制作時、彼の持ち歌は何曲あったんですか?

須藤:最終的に10曲に絞ったんですけど、2枚目、3枚目に振り分けたのもありましたから、20曲くらいありましたね。最終的に夏休みのあたりで停学になったので、じゃあレコーディングはじめようかと学校の先生に許可をもらって、彼がやりたい曲と僕がやりたい曲を選んで、それで2人がやろうと言った曲は無条件でやる。そうやって10曲選んだんです。

でも、バラードが『Oh my little girl』しかなくて、「バラードがないぞ」と言ったときに「1曲あるんですよ」ってスタジオで歌ったのが『I love you』だったんです。「ちょっと聞かせて、どんな感じの曲?」って聞いたら、ピアノの西本明に「じゃあA お願いしますね」ってポンって音を出してもらって「♪I love you」って。「あ、それでいいや」「そのかわり日本人なんだから『I love you』はないよ、英語使うなよ」ってそのとき言ったんですけど、後日持ってきたデモテープも『I love you』のままだった(笑)。

で、それを聞いていたら「もう『I love you』でいいや」って。まだ、あんな曲になると思ってないので、「でも『I love you』ってさ…」みたいなことを僕はまだブツブツ言っていたんです。あのときに僕がいきがって「”好きさ”に変えようか」なんて言っていたら、あの名曲は誕生してなかったってことですよね。曲ってそうやって誕生するんだなって思いますけど。

−− デビューアルバムのときには、詩に手を加えられたりしたんですか?

須藤:詩に手を加えたり直したりしたことはないです。詩を完成させる前にはもの凄く言いますけどね。最終的に「じゃあこれでいきます」って出してきたものを、「そこはこうしようよ」ってことは誰に対してもしないんですよ。

『15の夜』という名曲だって、最初は単に盗んだバイクを無免許でどうのこうのみたいなことが書いてある、ちょっと深みのない詩だったんですが、「そうやっていると自由になれた気がしたんです」って彼は言ったんですね。そこで「“自由じゃない”っていうことが分かっているんだ」ということを書けと言って、書き直してきた詩を見て「素晴らしいな」と思ったんですね。16、17歳で人生の諦観みたいなものを上手く表現していたので。拓郎さんの詩を書いていた岡本おさみさんに会ったときに「尾崎君っていうのは凄いね」と。「彼はどういう風にして人生を生きることの苦労を知ったの? 孤児なの?」とか色んなこと言われたんですけど、「いやいやそんなことないですよ」って(笑)。「凄いね。神がかっているね、彼は」って仰っていましたね。

−− そんな詩をあの声とあの顔で歌うわけですからね。

須藤:そうですね。スポーツもやらずに田舎で図書館の本ばっかり読んでいた僕の中にある色んなものが、会話をする中で尾崎さんにとってのアーカイブみたいなものになっていくわけじゃないですか。そのことで一気に彼が進化した感じはしますね。自分だってそんなに年を取っているわけじゃないんですが、でも本をたくさん読んだことによって、実年齢よりも人生体験が深みのあるものになっていたんだろうと思うんです。本を読むことで、自分が体験できなかったり直接的に感じられなかったものを得てきたという流れの中で、彼が書いてきた詩に触発されて、その経験を僕なりに話した。それを彼が吸収して…みたいなキャッチボールが、結果あのレコードになったんだと思います。

−− 尾崎さんを通して、須藤さんの想いも表現できたというような気持ちもありますか?

須藤:ストレートにそうは思わないですけどね。どちらかというと彼は音楽的な人ではなかったので。僕はずっと「音楽的には尾崎さんっていまいちだよ」ってずっと言っていたんですね。

−− メロディメーカーとしてはいまいち?

須藤:渋谷陽一さんは「そんなことない。メロディメーカーとしても一流だよ」って言ってくれているんですが、僕の中ではどちちかというと単調なタイプだと思うんですよ。ただ、歌の表現力というか声の情報量が凄く多いんですよね。「もう学校や家には帰りたくない」って言ったときに出てくる、それ以外の意味合いみたいなものがね。あの切ない感じというのは彼独特のものだと思います。

−− 切なさとか儚いとかやるせないとかが漂う声ですよね。

須藤:日本のロックにありがちなガラガラの声じゃなくて、基本すごく透明感のある声なんだけど、それでも彼は叫ぶじゃないですか。すごく悲しく聞こえるんですよね。怒鳴っている感じに聞こえないというか。本当の意味で「叫び」ですよね。