第139回 須藤 晃 氏 音楽プロデューサー

5. ボーカルは一回しか歌わせない〜矢沢永吉のレコーディングの衝撃

須藤 晃 氏 音楽プロデューサー
−− 最初の配属はどこだったんですか?

須藤:企画制作三部っていうところで、そこで高久さんのアシスタントをしていました。

−− 普通でいうと憧れのポジションですよね。

須藤:そうですね。同期が百何十人いて、ロック系の制作ディレクターは僕だけだったんですよ。酒井政利さんというスーパープロデューサーがいるんですが、そのセクションに2人行って。みんな「いいな、いいな」って言ってくれたんですが、自分はもうちょっと品があってアカデミックな雰囲気をイメージしていたので…(笑)。

−− (笑)。

須藤:もともとクラシック音楽が好きでしたし、郷ひろみとか山口百恵と言われると「えぇ…」って感じが当時の自分の中でありましたからね。僕の行った企画制作三部というのはその当時は売れているものは一つもなくて、これからというアーティストが多い部署だったんですが、高久さんという人がすごく面白い人で、可愛がってもらいましたし、色んなことを教えてもらいました。

あの人の下につかなかったら、多分今の僕はないと思いますし、1から10まで教えてもらった感じがありました。高久さんが夜連れ出してくれたところに東芝の石坂敬一さんがいたり、ワーナーの折田育造さんがいたりして、「こいつ東大出てこんなところに来ているんだよ。ちょっと鍛えてやってくれよ」みたいな。でも全然相手にされなかったんですけどね。そのアシスタント仕事の1、2年の間に色んなことを覚えましたけど、早く辞めたいなってずっと思っていました。

−− なぜ企画制作三部の配属になったんでしょうかね。

須藤:分からないですね。偉そうなことも何も言ってないんですけどね。でも後で丸山茂雄さんとかに「お前には何か感じたんだよ」って言われましたけどね。「目が血走っていた」って言われました。

−− アシスタントとして具体的にどんなお仕事をしていたんですか?

須藤:高久さんのアシスタントとしては、矢沢永吉さんの仕事がメインでした。矢沢さんの『ゴールドラッシュ』の頃ですね。矢沢さんからは「お前こんな会社にいないで、うちの息子の家庭教師やれよ。金倍出してやるよ」って言われましたけど(笑)、矢沢永吉さんって凄く魅力的な人ですよね。やっぱり男が好きになるタイプでしたし、矢沢さんにも凄く可愛がってもらいました。最初についたのが矢沢永吉さんだったのは大きかったと思います。

矢沢さんのレコーディング現場を見させてもらったりしたんですが、譜面も何もないんですよ。矢沢さんが来て、「オーケーオーケー」とか言いながらやるだけなんですよね。セッションを進めながら「そこ、こうしてくれ」「ああしてくれ」みたいな指示をその場で出すんですけど、バンドは高橋幸宏とか高中正義とか上手い人たちばかりなので、みんな適当にやっているように見えて、演奏は凄くかっこいいんですよね。「あ、レコーディングってこういう感じなんだ」って思ったんですが、あれは特別なレコーディングなんだと、その後、普通にレコーディングをしていると気付くんですけどね(笑)。

−− (笑)。レコーディング時における須藤さんのこだわりは何かありますか?

須藤:僕は自分がプロデューサーとしてレコードをつくっていくときに、ボーカルは一回しか歌わせないんですよ。「じゃあやろうか」と言って、歌ってもらって「はい、オーケー!」「えっ、もう一回やらせてください」「何回でもやっていいけど、俺は帰ります」と。最終的なボーカルの人事権みたいのは僕が持っているから「結局さっきのやつ使うよ」と言って、スタジオを去るんです(笑)。今、玉置浩二さんとやっていますが、玉置さんも最初は怒りました。でも今は「分かったよ。須藤さんの言う通りだよ。何回やっても良くなるわけじゃないよ」って言ってくれます。

−− 普通は何回も録ってボーカルセレクタでいいところだけ繋いだりしますけどね。

須藤:高久さんもそうやっていましたけど、「それはないな」って僕はいつも思っていました。結局それが確信になったのは尾崎さんをやったときですね。尾崎さんも僕もキャリアがなかったですから、「歌って一回しか歌えないんだよ」「そういうもんだ」と彼に説明して「分かりました」と。

−− あれ全部一回なんですか?

須藤:ほぼ一回です。ボーカルの鮮度みたいなものがあるじゃないですか。きっとレコードを出すくらいの人というのは、歌はみんな上手いんですよ。それで上手い人って何度もやっていくと、どんどん技巧的になる感じがするんです。でも、人を惹き付けるのって下手な部分だと思うんですよね。ある一定のアベレージを歌える人が息継ぎに失敗していたり、言葉飲んじゃったり、みたいな。よっぽどひどいときはそこをやり直しますけど、でもそういうのがいいんだなっていつも思っていて、繰り返しやっているうちにどんどん血を抜かれていく感じがしちゃって、何にも面白くなくなるんですよね。

今の若い子のレコードを聴くと、みんなピッチコントローラーを使っていて音程は良いんですが、ひとつも面白くないですよね。音程がいいってことはそんなに重要なことじゃない、って僕は昔から思っています。色んなアーティストから「尾崎さんって凄い音程が不確かなところが多いけど、でもそこが良いんですよね」って言われるんです。「でも、普通のプロデューサーは『オーケー、それでいいよ』って言わない。須藤さんの凄いところはそれをやってきたところだ」って褒めてくれるんだけど、「っていうか音程、そんなに変かい?」って(笑)。歌ってそんなものだし、誰かに自分の想いを伝えるときって理路整然とは言えないじゃないですか。どもりながらでも「好きだ」と遠回しに言ったりするわけで、かっこつけて「I love you」なんて言う人はいないでしょう? 歌ってそれと一緒だと思うんです。

−− 確か矢沢さんもほとんど一発ですよね。

須藤:そうですね。矢沢さんのあの雰囲気っていうのがもう凄いんですよ。例えばM1、M2、M3ってレコーディングしているでしょう? 例えば、M1のタイトルが『太陽』、M2が『月』だったとして、なんかのミスでタイトルが逆になっちゃって「すいません、これ印刷が逆になっています」って言うと「須藤さん、どっちでもいいんだよ、俺がどの曲か分かりゃいいんだから」って。「凄いな」と思ってね。「俺、M1、M2でもいいんだぜ」って。本当はそれじゃ困るんだろうけど(笑)、矢沢さんには物凄く大事なことを教えられましたね。本当に色んなことをね。

−− もの凄く演劇的な録り方ですよね。

須藤:レコードって言われるようになったのって「記録」しているからなんだと思うんですよね。「4月4日の14時半に録りました」という記録なんだと思うんですよ。それが例えば、夜録ったらまた違う感じになるじゃないですか。ということはその日のその時間にボーカルを録るという運命の中で録られたものだから、ひとつの記録として写真のように後に残るものだと思うんです。それがいいとか悪いとかじゃなくて、その運命で、そのタイミングで録られたものなんだと思うんです。

何にも決めないでスタジオに来て、ちょっと音出そうとドラムの奴がなんか叩いて、ベースとかギターが入って、今のかっこいいなぁって、そこにちゃんとメロディをつくれる人がいて、歌詞を書ける人がいて、それでぱっと歌ったら、それはもう二度と再現できないものじゃないですか。それが作品の瑞々しさみたいなものだって気がします。

−− なるほど…。

須藤:尾崎さんの『I love you』って本当に一回しか歌ってないんです。だから、それしか世の中に流れてないんですよね。『I love you』のレコーディングにはプロダクションの人間も来ていなくて、僕とエンジニアと尾崎さんの3人だけでやったんですが、「オーケーいいね、いい感じいい感じ」って言っていたものが今も世の中に流れていて、何百万枚も売れているわけでしょう? そう思うとちょっとドキドキします。

『I love you』のファーストテイクにOKを出したことが偉いんじゃなくて、僕が「じゃあ、やってみようか」と言ったタイミングで、彼もテンションを高めることができて、「じゃあ歌おう」という気持ちになる、そういうプロデュースができたことが重要なんです。若いディレクターのレコーディングを見に行くと、「じゃあちょっと声出してみようか」と5、6回歌わせて「じゃあ一番から録るね」なんて、こんなことではいい歌が録れるわけないなっていつも思います。