第139回 須藤 晃 氏 音楽プロデューサー

4. 学生結婚をきっかけにCBSソニーへ入社

須藤 晃 氏 音楽プロデューサー
−− 結局アメリカにはどのくらいいたんですか?

須藤:3ヶ月くらいですね。本当は観光ビザが6ヶ月だったのでもっといられたんですけど、抗う勇気を持って帰って来て、それでまた行こうと思いながら本気でアメリカの現代詩について勉強しはじめたっていう感じだったんですね。何かが吹っ切れた感じがして。

−− 73、74年頃の東京とニューヨークの差って圧倒的な違いですよね。

須藤:圧倒的ですよ。もう刺激の度合いが違うというか。僕がニューヨークで得たものはあまりにも大きかったです。僕が尾崎さんと出会うのってそれから5、6年経ってからなんですよね。僕がそのニューヨーク体験の話をして、彼にニューヨークへ行くように薦めたんですよね。彼も1人で住んでいましたけど、結局彼はニューヨークで薬を覚えてしまった。同じ孤独の中にいても彼はアーティストで、しかももの凄く売れた状態で行っているからお金もあるじゃないですか。そりゃ僕とは条件が全然違っていたんですよね。僕が彼を送り出して、しばらくしてニューヨークに行ったとき彼はあまり良い状態ではなかったですからね。「あぁ、これはもう引き戻さなきゃダメだ」と思いました。

−− 尾崎さんは英語が堪能だったんですか?

須藤:全然喋れないです。ほとんど喋れないで1年くらいいたんじゃないかな。

−− それは結構きつかったんじゃないですかね。

須藤:だからほとんど部屋に閉じこもっていたと思いますよ。孤独ですよね。僕がニューヨークへ行ったときに、彼の制作ノートみたいなのを覗き見たんですが、ほとんど何も書いてないんですよね。1、2行書いては次のページにいくみたいな。それで「これは煮詰まっているな。やっぱり連れて帰らなきゃダメだな」と思ったんですが、そうこうしているうちに彼はソニーから移籍してしまって、僕との関係も一回切れてしまうんです。

−− 須藤さんがニューヨークから帰って来てCBSソニーに就職されたのは、「一応就職をしてみようかな」という感じだったんですか?

須藤:いや、アメリカに行くときにお金を借りた女性がいたじゃないですか。その人の父親が医者で、「須藤くん、もう一回医学部へ行きなおして、家を継いでくれないか」と言われたんですよ。結局僕は大学に6年いたんですが、それを5年目くらいのときに言われて、「それはないですよ」って話をして「だったら就職しなさい」と言われたんです。要するに娘と早く結婚してくれと。それで学生結婚することが決まって「もう就職しなきゃいけない」という状況になったんですね。

それで電通とかNHKとか受けたんですが、CBSソニーの「CBS」というネーミングに惹かれて、レコード会社という意識もあまりないまま受けたら、最初の面接で「他にどこ受けているんだ?」って言われたから正直に言ったら、「すぐ社長面接してやるからうちに来い」って言われたんですね。とりあえず内定を1個決めないと思って「分かりました」と。それで最終的にCBSソニーに就職することになったんですよ。当時はまだ景気が良かったのか同期が100人以上いました。

−− そんなにいたんですか。

須藤:いました。それで内定を貰ったら、その子の親も喜んで。それでうちの親なんかはCBSソニーというよりも「ソニー」という名前で乗り切るしかなかったので、「ソニーに決まったよ」と言ったら「おぉ凄いじゃん」みたいな(笑)。今はちょっと落ちぶれましたけど、昔のソニーってやっぱり破竹の勢いがあったんですよ。

−− ちなみにご自分の中で就職の本命はどこだったんですか?

須藤:本命はないですよ。そもそも就職なんかしたくなかったわけですから。

−− ではCBSソニーでは妻帯者の新入社員だったわけですね。

須藤:そうですね、僕だけだったですね。人事課長に「だまされた」って言われたので、「心配しないでください、すぐやめますから」って(笑)。「形として就職しないと結婚させないって言われたから就職していますけど、使い物にならなかったらすぐやめますから」って。でも会社に入ったら、本当にその日にやめたくなりました。この空気合わないなと思って。

−− 当時のCBSソニーは自由な雰囲気が漂っていたように思いましたが…。

須藤:考えてみてくださいよ。石川啄木になりたい、「何でも見てやろう」とアメリカへ行って、アメリカの現代詩を一生懸命勉強していたのに、会社に入ったら、周りはみんなチャラくて「おいシーメー行くかー?」みたいな芸能界用語で喋るわけですよ。もう耐えられなかったですね。音楽業界というかレコード会社っていうものの空気感が自分の中では合わない感じがしたんですね。「ここにずっといるのか?」という気持ちですよ。正直「失敗したな」と思いましたね。やっぱり売れなくても頑張って作家や詩人を目指すか…そういう気持ちは2、3年ありましたね。

−− 会社に入ったことによって身を持ち崩してしまった、みたいな。

須藤:そうですね…でも「これは神様がいるな」と思ったのは、そういう僕が普通じゃないアーティストと出会っていくんですね。それで引っ張り上げられたというんですかね。自分自身は全然たいしたことないんですけどね。