第115回 吉田 真佐男 氏

5. 「タイアップ」というビジネスモデルを構築


(株)テレビ朝日ミュージック 代表取締役社長 吉田真佐男さん
−−吉田さんはテレビ朝日ミュージックでどのようなことに取り組んでこられたんでしょうか?

吉田:音楽業界的にみなさんが分かる範囲で言うと、80年代の終わりから90年代の初めまで2年半くらいかけて、テレビ朝日の各番組終わりに枠を作って、それを3ヶ月ごとに変えていくという、いわゆるタイアップ枠を作っていったんです。このビジネスモデルは今ではスタンダードモデルとなっていますね。

−−タイアップの仕組みは吉田さんが作ったモデルなんですか?

吉田:そうです。

−−それまではそういうものはなかったんですか?

吉田:TBSのドラマのプロデューサーの方が素晴らしく、時々音楽を入れて主題歌・挿入歌を大ヒットさせたりとかありましたが、それは単発で終わっていました。この業界のアーティスト発売ローテーションは3ヶ月、テレビ番組も3ヶ月が区切りで1クールと表現します。ちょうどサイクルが一緒なのです。だからそこをリンクさせただけなんです。それから、レコード会社・プロダクションの方々が、放送局系音楽出版社に求めるのは究極テレビ出演です。ですが、アーティストが出演できる番組枠は限られた本数しかないのです。それであれば、出演はしないながらも音楽が流れる枠を増やしてみようと。そのためには番組に演出上あまり負担のないエンディングのクレジット枠とオープニングかなと思い・・・1番組ずつ交渉していったのです。2年半くらいでほぼ全番組と交渉を終えました。それで、タイアップ枠として成立した番組とそうでない番組の仕分けのため、番組のエンディングロールに「音楽協力:テレビ朝日ミュージック」とクレジットを入れてもらったのです。2、3年後には各局で同じことをし始めていましたね。

−−その当時苦労されたことは何ですか?

吉田:やはり一番苦労したのはアニメですね。当時アニメの音楽は、日本コロムビアさんの独占状態で学芸部がほとんど作っていたんですが、ある時期から我社のアニメの売上がどんどん下がってしまって、「これはまずい」と。そこでアニメの音楽に日本コロムビアさん以外のDNAを入れようと思って調べてみたら、どこのレコード会社もことごとく失敗して、誰も手をつけられない状態だったんです。でも、ここを切り崩さないことにはどうにもならないなと思って、「ヒットアーティストの楽曲をアニメの枠に入れよう」と考えました。

まず一番最初に手をつけたアニメが「おぼっちゃまくん」です。当時、アメリカでMCハマーが大当たりしていたので、東芝EMIの洋楽部長だった斉藤さん(斉藤正明氏:ビクターエンタテインメント 代表取締役社長)に、MCハマーの曲を「おぼっちゃまくん」のエンディングに付けたいとお願いしたら、斉藤さんは本国まで行って交渉してくれて、「Count It Off」という曲を使えるようになったんです。そこでタイトルも「GO! GO! ハマちゃま」に変えて、更にエンディング・映像にもMCハマーの映像をのせたいと言ったら、さすがにそれはダメで、代わりにMCハマーのアーティスト写真ならということになり、写真を借りてアニメにちりばめて流したら、結構話題になったんです。その後MCハマーが来日したときに、「ミュージックステーション」に出演させて歌わせようと思ったら、ライブで来ているので、ライブ以外では歌っちゃいけないというプロモーターとの契約になっていたんです。

−−なるほど。

吉田:それで斉藤さんに「”おぼっちゃまくん”のエンディングテーマと日本公演のPR」ということでテレビ出演だけしてくれとお願いして、MCハマーに出てもらったんですが、そのときMCハマー本人に「アカペラで勝手に歌っちゃって」とこっそり頼んだら、バッチリ歌い出しちゃったんですよね(笑)。そもそもラップですから、喋ったって歌ったって大して変わんないですけどね(笑)。本人がノリノリで歌って踊りだしたので大問題になっていたんでしょうけど、生本番なので後の祭りです(笑)。

−−斉藤さんがかわいそう・・・(笑)。

吉田:もう時効だから言いますが、斉藤さんに相談して歌ってもらったのです!!(笑)そうしたら次の日の新聞にやたら大きく掲載されちゃってね(笑)。これがまずアニメ主題歌改革第一号で、そこから筋肉少女帯やリンドバーグ、BAAD、大黒摩季、WANDS、ZARDと、ヒットアーティストをどんどんアニメに送り込んでいきました。今では普通になっていますが、最初は本当に苦労しました。

−−コロンブスの卵みたいな話ですね。

吉田:そうですね。タイアップは一番組だけでもオープニング、エンディングで2曲、それが年間4クールありますから2×4=8曲というのが最大値なんですが、半年に一回オープニングを、3ヶ月に一回エンディングを変えるとしても6曲は必要になるわけで、それが仮に100番組あったら年間600曲という莫大な楽曲数になるので、楽曲がいくらあっても全然足りないんですね。そうなってくると良質な音楽を作るレコード会社や制作会社、それから多くのアーティストを手掛けているプロデューサーを探すんですが、そんな中で出会ったのがビーイングであり、長戸大幸さんだったんですよ。