第115回 吉田 真佐男 氏

4. 自分が一生懸命やらないといけないのかな?〜テレビ朝日ミュージック入社


(株)テレビ朝日ミュージック 代表取締役社長 吉田真佐男さん
−−どのような経緯で、テレビ朝日で働くことになったんですか?

吉田:たまたま僕の友達が大学時代からずっとNETテレビ(現 テレビ朝日)でアルバイトしていたんですね。今でいう「ミュージックステーション」ですよ。ゴールデンの歌番組で働いていて、たまたま一人欠員が出たので、「ブラブラしているんだったら履歴書持ってこい」と連絡が入りました。

それで制作部の演出部長に履歴書を持って行ったら「お前いい体しているね、なにしてたの?」って聞かれたので、「野球です」と答えたら、「明日神宮絵画館前のグランドに来い」と。それで指定の時間に神宮へ行ったら草野球の試合なんですよね(笑)。「9番でライトを守っていろ」と言われて守っていたんですが、相手ピッチャーの投げるボールが、蠅が止まるようなスピードだったので、打ち放題だったんですよ。

−−吉田さんはもともとプロを目指していたくらいですからね。

吉田:そうしたら次の試合が5番でファースト、4試合目には4番になっていました(笑)。漫画みたいな話ですけどね。

−−それは演出部長が作っていた野球チームだったんですか?

吉田:そうです。当時はNHKとかNTVとかそれぞれのテレビ局にチームがあって対抗戦をしていて、試合が頻繁にあり駆り出されました。3週間くらい経った頃にやっと総務部で面接ですよ(笑)。そのときに言われた言葉が最高で、「みんなこの業界の仕事が楽しくて長居しちゃうんだけど、あんまり長居しないでちゃんとどこかへ就職しなさい」って(笑)。

−−すごいアドバイスですね(笑)。

吉田:不思議な会社だなって思いましたね。

−−NETテレビ(現 テレビ朝日)では最初どんな仕事をされていたんですか?

吉田:ADをやっていました。スタジオを駆けずり回って「本番です、よろしくお願いします」と楽屋に呼びに行ったり、演出助手として「ここで歌って下さい」とか指示を出していたんですね。でも、他局はどんなだろうと思うようになり、次はTBS、その次はNTVと、1、2年くらいで色々回ってみようと思っていたんです。でも、いきなり辞めるのは失礼だから「何月には辞めます」と申し出たら、「ちょっと待て」と。当時、ありがたいことに就職を探してくれる部長や局長がいて、そのときに「ここに入ってくれ」と言われたのがNET音楽出版(現 テレビ朝日ミュージック)だったんです。この会社に全く興味がなかったので、会社には全然出社しなかったです。ADのアルバイトの方がまだ面白かったので、この会社には多分2年間くらいほとんど出社しなかったですね。

−−出社しなくて大丈夫だったんですか?

吉田:著作権や印税を取得すればいい会社でしたし、ADしながら現場の最前線で商談もできちゃうので、会社に来る必要がなかったんですよ。会社にいることが一番無駄ってこともあるじゃないですか?

−−確かにそうですが・・・。

吉田:この会社自体、創立期当時は年商350万くらいですからね。僕が入ったときに年上の男性が一人、総務・経理の女性と3人で、あとは本社の人が社長や常務をやっていただけですから、本気になって何かやろうとは思えなかったんです。でも、「ちょっと仕事しようかな」と思った瞬間があって、それからこの会社で一生懸命やり始めたんですよね。

−−何がきっかけでやる気になったんですか?

吉田:分かりやすく言うと、もしかしてこの会社は自分が一生懸命やらないとダメな会社だと思ったんですね。この会社は、保証はないけど自分で自由にやれる、自分の成果がそのまま会社の結果になる、逆に担保されてあれやれ、これやれと言われる会社、そのどちらがいいのかと考えたら、命令されるのは大嫌いなので、この会社の方がいいかなと思って始めただけですね

−−当時を知る方々に聞くと、吉田さんは何十億もあった会社の負債をすべて返済したとか・・・

吉田:社長就任時に、長短期を含めると相当な借入金がありましたが、金利を払うだけでも無駄なので、確か数年で処理して、いわゆる無借金経営にしました。健全な経営をするための体質を築きたかったのです。音楽出版社としては莫大な投資をするような案件はありませんしね。