| ●90年代になるとどんな感じなんですか? |
| 80年代の後半にバンドブームが起こったじゃないですか。あれは良いにしろ悪いにしろああいうものがあって、日本の音楽業界の在り方をかなり変えてしまったっていうか、あと歌謡曲とロックの境目も無くなって、システムも色んなものが変わってしまって。それでインディーズのものがメジャーになれる。だからインディーズの在り方もメジャーの登竜門みたいに考え方が移行する時ですよね。インディーズで出してたホコ天のバンドがすぐデビューみたいな。だからもうクオリティーとかじゃないですよね。青田刈りの世界でしたから、何でもかんでも。ライブハウスはライブハウスでどんどんホコ天的なバンドが出れば事務所も付いてる、レコード会社も付いてるでみんなお金落としてくれるし、ライブハウスのシステムも変わってしまった。ノルマがそこから生まれたんですよ。それまではノルマなんて無かったですよ。「何十人チケット売れなかったら出さない」とか無かったですよ。そこでライブハウスがその日の補償額っていうのを決め始めたんですよ。だから一日50万の売り上げがないとやらないとか。 |
| ●バンド数とか演りだしたやつが一気に増えちゃった。 |
| だから資力のないバンドっていうのは出られないっていう事にどんどんなってきて。でもまぁバンドブームが去った時にライブハウスもパンクしたわけですよ。バンドも減って。お金もまわらなくなってきて…。そこで状況は変わったんですけど、バンドブームが終わったところで私がずーっと80年代の日本の音楽の中で疑問に感じてたこと、私が純粋に思ってた70年代に音楽に入り始めた時のこだわってやってた、好きにやってた、好き勝手にやってたっていうようなロックの在り方っていうのがだんだん無くなってるじゃないかっていう。BOOWYが売れたっていう時点でもうそれは全く無くなったっていうか、商業的に売れるのが目的だみたいな。 |
| ●成功例が出てきたところからみんなそっち見ましたよね。 |
| だからビジュアル系バンドが出て来て売れたっていうのはもちろんそこですけど。 |
| ●やっぱりみんな「儲かるんだ」っていうのがわかっちゃったみたいなとこがあって。 |
| そうですね、目的がそこになっちゃいましたから。レコード会社の目的だけじゃなくバンドの人間の目的がそこになったっていうのが大きいですね。自分達が「お金を稼ぐ為にバンドをやるんだ。だからマーケティングをして売れるメロディーを掴んで曲を作ってライブをやりましょう」みたいな考えになってきましたから。もう本末転倒ですよねそうなったら。それは今までディレクターが一生懸命「こういうのやってみなさい」なんて言って四苦八苦してたものが自分達が最初から始めるっていうか。 |
| ●ビジュアル系とかは自分達でプロデュース出来ちゃうところまでいっちゃってますよね。 |
| そうですね、プロデュース出来ないバンドは上手くいかない。プロデュース出来るとかそういうところに長けた人間が一人いるかどうかが、売れるかどうかの分かれ目ですよね。 |
| ●でも、そういう人達が出現しちゃいましたよね。 |
| だからミュージシャンじゃなくてプランナー及び営業マンみたいなミュージシャンが90年代の頭からどんどん増えた。 |
| ●新人類が登場しましたね(笑) |
| そうですね、だから音楽を純粋にやるんじゃなくて、ビジネスの方を…。 |
| ●頭が良いですね。 |
| そういう意味での頭ですよね。いわゆる昔からの「好きな事やって何が悪いんだ」っていうじゃなくて、自分からプレゼンテーションをする、自分から企画を作ったりするような事が出来る人がミュージシャンとして成功するっていう事になってしまった。だから当然今の大物プロデューサーと呼ばれる人達はプロデューサーとしての企画を作って、内容はどうのこうのよりそういう新しい企画を作ってそれをどんどんまわしていく事が出来る頭の人が今のプロデューサーの資格じゃないですか、だから業界ではそういう人が求められるわけじゃないですか。 |