プロデューサー/ミュージシャン
ホッピー神山 氏
認知されてからのPINKは不満?

●さて、PINKは80年代の日本のロックにエポック作ってますよね。海外ツアーもやったり。
ツアーっていうか、イギリスでシングルをリリースするんで向こうでライブをやったってだけですけど。まあ、バンドが好きな事をやってある程度売れたっていうか、売れたっていっても今の枚数とは違いますけどね、最高で5万枚とかの世界ですから。
●音楽のオリジナリティーは溢れてましたよね。
ただ、私はPINKがアルバムとかで出して一般的に認知されてからのPINKは不満なんです。その前におPINK兄弟っていうPINKの母体みたいなのがあって。その時はとても面白かった。いわゆるファンカデリックのような感じで、メンバーもとっかえひっかえで。
●売りにくいぐらいの音楽だったんですよね。
ボーカルのエンちゃん(PINKボーカル・福岡ユタカ氏)の個性はハナモゲラで適当に吠えてる時がすごい格好良いじゃないですか。
●今、それが評価されてますけどね(ニュース・ステーション)。
今また戻ったですよ。一時期AORみたいになって心配したんですけど。今、良いですよ。
●あれは元々だったんですね(笑)
彼の良いところですよ。誰にも出来ないキャラクターで。彼のトランスな感じが格好良かった。それと混じるミュージシャンのクレイジーな感じが。だから最初の頃はじゃがたらのメンバーに混じってやってたりとか、今はイギリスに行っちゃってる鈴木賢司がいたりとか。あの頃のピテカントロプスを中心とした人脈は非常に面白かったですね。みんななんか好き勝手やってて。出てくるものが面白かったですね。その頃はそういう人間と今はクラブって言いますけど、ピテカンみたいなところで夜遊ぶのもとても楽しい事だったですよね。会う人会う人みんな変な人で(笑)
●みんなパワー出してましたしね。
ピテカンとかで海外のアーティスト達も非常に面白かったですね。UB40とかペンギンカフェを見た時もとても良いと思いましたし。あの時は私にとって音楽を始めた時とかの次に楽しい時でした。PINKがどうのこうのって事じゃなくてまわりにいる環境としてはとても良い音楽環境でした。80年代半ばかな。

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INDEX

まずヴィジョンありき
浦和ロックンロールセンター
近田春夫&ジョージ・クリントン
▼認知されてからのPINKは不満?
80年代を総括すると…。
海外によく出るようになってクリアーになったもの
ゴッド・マウンテンレーベルの誕生
『音楽王』はそれまでの音楽活動の清算

ミュージシャン兼アメリカ担当プロモーター、ホッピー
日本ではNHKが面白い?
CD店の事情は90年代後半に変わってしまった!
日本の音楽業界はアメリカ人を相手にビジネスしようとしていない
自分で物が判断出来ない日本人、批評出来ない評論家
アメリカが面白いのは健全なジャーナリズムのせい?

女装の意図するところ
わが心のバイブル"SHAGGES"(シャグス)
eX-girlのアメリカ戦略
やっぱり西洋人は日本の女性が好き!
ロラパルーザの体験を生かす
向こうのビジネスで頑張ってみようってバンドがいっぱい出てくるべき
歌・英語・アニメのキーポイントをしっかり押さえる
"豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ"
日本の言葉とか文化を広めていくって事が面白い
我々が海外で自信を持てる日が来なくちゃいけない
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