
ホッピー神山(Hoppy KAMIYAMA)
プロデューサー/ミュージシャン
1960年2月22日生まれ。O型。高校時代よりアマチュアバンドでギグを重ね、19歳の時バンド、ヒーローでプロ・デビュー。 20歳で、日本で最も早くP-FUNKを始めたバンドとして注目を集めた爆風銃-BOPGUN-に参加する。ライブにおける狂乱の演奏は人呼んで"ジャパニーズ NO.1 FUNKキーボーディスト"。 その後、E.Sアイランド、ナンバーワンバンド、ビブラトーンズといったバンドを経て、1983年に、80年代を代表するスーパー・バンドPINKを結成。6枚のアルバムを発表し、ロンドンを含めて何回ものツアーを成功させた。 PINK結成時から数々のアーティストのプロデュース、アレンジを手掛け、プロデューサーとしても高い評価を受ける。 1987年 サイケデリックファーズのワールド・ツアーに誘われる。 PINK解散後、ギタリスト下山淳とプロジェクトRAELを結成。1990年にアルバム『BIRTH OF MONSTER』を発表。1991年 初のソロアルバム『音楽王』を発表。 1992年 単身NYに渡り、2ndアルバム『音楽王・2』を完成させる。1993年 自らの名前を冠したレーベルゴッド・マウンテンをスタート。世界中のミュージシャンとコラボレイトすべく日夜活動中。 OPTICAL-8、PUGS、オリビア☆ニュー☆トン☆ジョン(O☆N☆T☆J)というユニットで活発なライヴ活動を繰り広げる。 1994年 宮本亜門演出のサイケ歌舞伎『月食』の音楽を全面的にプロデュース。ロックからヨーデル、演歌、グレゴリオ聖歌まで、これまでの和製ミュージカルの枠を破る画期的な音楽を制作(サウンド・トラック『月食』としてリリース)、演劇界、音楽界から大評判を呼ぶ。一方で、氷室京介のアルバム『SHAKE THE FAKE』をプロデュースし、チャートの一位にたたきこむ。とうとう時代がホッピー神山に追い付いたのか? 1996年 PUGSメジャー・デビュー。 同年3月 テキサス州オースチンでS×SW'96(サウス・バイ・サウスウエスト)に参加。ゴージャスで、グラマラスで、パワフルなロック・サウンドが海外でも注目される。 1997年 PUGSアメリカ・デビュー。 同年3月 全米13ヶ所ツアーを行い、各地で話題沸騰。 同年7月 再度渡米し、ロラパルーザ全米イベントツアーに参加。ジョン・スペンサー、DEVO等と共演。
<k-mania.com Hoppy Kamiyama Official Fan Site>
http://www22.cds.ne.jp/~inochi/kamiyamania/ |
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プロデューサー/ミュージシャン
ホッピー神山 氏 |
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リレーのバトンはコンポーザー・プロデューサー・ミュージシャン 佐久間正英氏からプロデューサー・ミュージシャン ホッピー神山氏へ引き渡されました。 佐久間氏から紹介されたトップ・ミュージシャン、ホッピー神山氏。日本のメジャーでの確立された地位に甘んじることなく、ワールドワイドに自己のインディー・ヴィジョンを拡大していくアグレッシブな姿勢には、かねがね脱帽! 心意気高き「知的音楽暴れん坊」の大いなる野望とは?それにしても「ホントの事をいってるだけ」という氏の辛口マシンガン・トークは痛快(だけど3時間超!フゥ)。初の長編3部構成となりました。
[2000年5月11日/株式会社ワーナーアーティスツ応接室にて]
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