コンポーザー/プロデューサー/ミュージシャン
佐久間正英 氏
天才少年時代

●まず、出身と音楽的バックグラウンド等をお聞きしたいんですが。
東京です。小学校から高校の途中までは杉並です。音楽への入り方としてはたぶん、60'sぐらいからのアメリカン・ポップスの動きにずっとリアルタイムだったんじゃないかなって思います。僕には5〜6歳離れてる姉がいまして、僕が小学校低学年ぐらいの頃に彼女がラジオ番組をたくさん聞いてて、その影響でアメリカのポップスとか聴いてましたね、プレスリーとか。

たまたま僕の叔父がビクターの洋楽にいまして、よく洋楽とか聴かしてくれて、また母親が三味線のお師匠さんをやっていたので、邦楽も。両極端ですね。後はラジオでヒットしたような歌謡曲。水原弘であるとかそういう物は知ってましたけど、日本の音楽にはグループ・サウンズとかエレキ・ブームがくるまでそんなに興味はなかった。
●三味線での純邦楽っていうのはかなり特別な環境ですよね。
そうですね。自分で意識してなくても毎朝三味線の音で目が覚めるみたいな環境だったんで。
●今でもその影響はありますか?
たぶん"間"とか、"ピッチ感"はありますね。今でも。
●いきなりたいして練習もなしで初見でピアノとか弾けちゃったって話を聞いた事があるんですけど。
えぇ、しかも自分でアレンジして弾けたんですけどその理由があんまりよくわからない。たぶん母親が手ほどきしてくれたんだと思うんですけどね。
●0歳児ぐらいから環境っていうのがあるのかもしれないですね。
一番小さいときの自分の記憶にあるのはベートーベンなんですけどね。親の話からすると3歳ぐらいの時みたいですね。当時、オーディオ持ってる家なんてまだほとんどなかったですけど、オーディオ持ってる知り合いの家でベートーベン聴いて大喜びしてたらしい。それは音も漠然と記憶ありますね。
●いきなり幅広いですよね、幼少の頃から。さて、自分で思う音楽的なターニング・ポイントっていうのは?
そうですね。音楽的に言えば一つは小学校1年生でピアノを習い始めた事。1ヶ月しかやらなかったですけど。それより少し前なんですけど小学校1年生の音楽の授業の最初の2〜3回。それ以降、譜面書いて読めるようになりましたから。その半年ぐらい後にピアノを初めて習いに行った時にバイエルなんかの譜面は初見で読む事が出来ました。
●関係ないと思うんですけど、算数とか得意だったんですか?
理数系とか得意でしたね。何でも理にかなってないとだめで、証明したりとか。
●学者タイプ? (笑)
譜面読んだり書いたりっていうのはパズルをひもとく様な意味で面白かったですね。クロスワードパズルみたいな面白さと同じなんでしょうね。
●次のポイントっていうと何なんでしょうか?
中学入って吹奏楽始めた事ですね。ブラスバンド部に入って。その時、トランペットを始めたんですけど。そこのブラスバンド部は優秀な人達が多くて。実際に行く行かないは別として芸大目指して当たり前みたいな感じの空気だったですね。顧問の先生がものすごく一生懸命やって下さる方で、その先生のおかげだと思いますね自分の音楽的な基礎部分とかに関しては。
●トランペットは通算何年間ぐらいやられたんですか?
真剣にやったのは高校に上がるまでの3年間ぐらいですね。なんでトランペット選んだかっていうと理由がくだらなくて …(笑) 。僕の兄が一年上に先輩でいて、兄は楽器に関して非常に器用な人で、今でも上手いんですけど、何でもできたんですよ。それで唯一出来なかったのがトランペットだったんです (笑) 僕は本当はサックスをやりたかったんだけど、兄がサックスを専門でやってて、これがまたベラ上手くて、中学生のくせにそんな馬鹿なみたいな、これはダメだと思って兄が一番出来ない楽器を選んだ(笑)
●お兄さんは現在音楽関係のお仕事を?
いや、全然関係ないです。
●たまにそういう人いますよね。才能すごくあるのに音楽関係の仕事に縁のない人。
今ギター弾かせてもすごいですけどね。僕なんかより全然。
●血ですかね?
うちの兄の方が母親の持ってた器用な芸事の血をそのまま引いたんでしょうね。
●その次のポイントは?
そうですね。中学の時にロックとの出会いみたいな感じですかね。中1でエレキ始めて。トランペット始めて半年後ぐらいですかね。
●エレキとかロックっていうイメージだと当時は例えばベンチャーズとか?
そうですね。リアルタイムでベンチャーズ。同級生がベンチャーズとか好きでそいつもエレキ始めたとところで、一緒に合奏したらものすごく面白くて。
●トランペットと並行してやっていたんですか?
そうです。学校の中ではひんしゅくかったりしてましたけどね。当時はエレキ持って歩いてれば不良と言われる時代ですから。それからすぐビートルズだなんだって出てきて。
●ビートルズにはそれほどはまらなかったと伺ってますが。
そうですね。良いなとは思いましたけど、日本に来た時代のビートルズっていうのは子供の目から見ると「ワーワー」「キャーキャー」されるアイドル的な感じに写っちゃって、音楽の方にあんまり気が行かなかったですね。アイドル的な格好であったり、そういうモノに反発してたのもあったし、自分はクラシックやってて、ある程度純音楽的に関わってたもんで、そういうアイドル的な物を馬鹿にしちゃう所はありましたね。だからビートルズはもうちょっと時間が経ってから聞いてみて改めてショックを感じましたね。
●その次はツェッペリンとかですか?
高校入ってから、ツェッペリンに至る、当時ニューロックとかアートロックって言われたモノ。アルクーパーであるとかジミヘンも聴いて。その時には正しくビートルズも評価してました。
●日本のロックとの出会いは?
それと前後してグループサウンズみたいなのがあったりして、ツェッペリンだなんだって狂ってた時に、たまたまジャックスを聴いてすごいショックでしたね。
●それはレコードかなにかで?
いえ、ライブです。今でも覚えてるんですけど、高校2年ぐらいの時に日仏会館でジャックスのコンサートがあって前座で遠藤賢二が出てた。初めて見て、すごいショックでしたね。
●他にもグループサウンズたくさんありましたけど、ちょっと違いましたか?
えぇ、全然聴いた事も想像した事もないような音楽でしたね。
●佐久間さんの高校時代っていうと学園紛争とかは?
学園紛争に向かっていくところでしたね。僕が大学1年の時は70年安保の真っ只中ですから。

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