飯田久彦(Hisahiko IIDA)
(株)テイチクエンタテインメント 代表取締役社長

昭和16年 8月23日、東京都生まれ。昭和36年7月 第一プロダクション入社(コロムビア専属・歌手)。昭和37年3月 芝浦工業大学電子工学部 中退。昭和39年 クラウンレコード移籍。昭和44年 ビクターレコード移籍。昭和50年3月 日本ビクター株式会社入社。ビクター音楽産業株式会社出向邦楽部。昭和54年8月 ビクター音楽産業株式会社 第1制作本部第3制作宣伝グループ課長。昭和58年2月 ビクター音楽産業株式会社 制作3部次長。昭和61年5月 ビクター音楽産業株式会社 理事制作3部長。昭和62年10月 ビクター音楽産業株式会社 取締役邦楽本部制作3部長。平成3年4月 ビクター音楽産業株式会社 取締役邦楽本部長。平成4年6月 ビクター音楽産業株式会社 常務取締役邦楽制作統括。平成5年4月 ビクターエンタテインメント株式会社 常務取締役邦楽制作統括。平成8年2月 ビクターエンタテインメント株式会社 専務取締役邦楽制作宣伝本部長。平成11年3月 ビクターエンタテインメント株式会社 専務取締役。平成11年 6月24日 テイチク株式会社 代表取締役社長就任。現在に至る。

<TEICHIKU ENTERTAINMENT>
http://www.teichiku.co.jp

株式会社テイチクエンタテインメント
代表取締役社長 飯田久彦 氏
リレーのバトンはエイベックス株式会社 代表取締役会長兼社長 依田 巽 氏から株式会社テイチクエンタテインメント 代表取締役社長 飯田久彦氏へ引き渡されました。 若きポップスターが栄光を捨て裏方に転身し、業界初の「歌い手くずれ」(本人談)ディレクターがいつしか築き上げていった栄光のビクター・スピリット。ビクターを愛して止まない飯田氏に松下グループ最後の切り札として託された老舗テイチクの再建。遂にその大仕事を引き受けられた氏の、初めて語られる素顔の個人史。演歌からロックまで伝統を守り先端を切り開き、なお日本の音楽業界の王道を歩まれる飯田社長は外見同様、そのマインドもびっくりするほど若々しい、エヴァーグリーンな"音楽青年"でいらっしゃいました。

[2000年2月21日/株式会社テイチクエンタテインメント社長応接室にて]
INDEX

野球少年、九ちゃんと出会う
バンドボーイ兼シンガー
歌手になりたかったわけではないけれど…
ついにレコード・デビュー!
裁ちばさみで切り開いたディレクターへの道
ディレクター奉公

"歌い手くずれ"の意地と誇り
もっとカバーがやりたいよね
猛反対されたピンクレディーの大ヒット
商品ではあっても中身はマインド
ビクターからテイチクへ
『孫』の大ヒット
すべては「出会い」と「人間関係」
たまにはカラオケで歌うこともありますよ
『チャコの海岸物語』誕生秘話
インペリアルレコードのスタートは『孫』の対極から
BACK
←第03回 依田 巽氏
NEXT
BACK NUMBER

Copyright(C) 1998- F.B.Communications Inc. & Magnet Co.,Ltd. All rights reserved.
Contact info@musicman-net.com with question regarding this site.