| ●それで洋楽に何年ぐらい居たんですか |
| 洋楽はね、67年から70年だから丸3年ちょっと、アトランティック担当。一番最初に出したのが「リトルマン」、ソニーとシェールの。もうすでに当たってたのよビクター時代に。それから当時フジTVの、たしか巨泉さん司会の音楽番組で大ヒットしたウィルソン・ピケットの"Land of 1000 Dances"、これも既にビクターが「ダンス天国」ってタイトルつけていて。アトランティックが日本グラモフォンに移ってきて、俺が「ハイ頂き!」ってそれをそのまま出して。それでソニーとシェールがそのあと「ビート・ゴーズ・オン」出して、それからボビー・ダーリンの「イフ・アイ・ワー・ア・カーペンター」、たしかオリジナルはティム・ハーディンだったかなあれは…。 |
| ●それで、そのあと邦楽いっちゃたんですか? |
| 邦楽いったのはね、アトランティックが移るってんで、じゃあ、お前邦楽やれってんで、タイガースやらされたの。それでその時、陳信輝なんかもやったの。タイガースはやらされたんだけど信輝達は俺が好きでやったの、マー坊(加部正義)と。 |
| ●タイガースは曲で言うと、どのへんなんですか? |
| タイガースはね後半、「すばらしい旅行」とか。ヒゲのクニ河内さんたちと。弟が太鼓やってて、それで、ギターが水谷なんかがやってて。 |
| ●それとタイガースって関係あったんですか? |
| いやメンバー以外にも当時のトップ・クラスのスタジオ・ミュージシャンを使ったわけだ。最後のスタジオ・アルバムで、すごくかっこいいアルバムになったと思うよ。解散の噂も出たり、いろいろ苦労もあったけどメンバーもすごく頑張ったんだ。 |