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レコーディングエンジニア 中村辰也氏●新作『Ray Of Hope』の制作にあたり、エンジニアの立場から苦労した点や思い出深い曲などをお聞かせください。

中村:とにかく長かった印象ですね。「バラ色の人生〜ラヴィアンローズ」とかは結構前にやった曲ですし、既発の曲が結構多いので、一曲一曲作ってきたという感じです。

●前作から6年ですからね。

中村:その中でアシスタントも結構な勢いで変わっていますし、大変だったなという感じです(笑)。

●(笑)。

中村:「俺の空」はこれまでの達郎さんとは全然違う感じの曲で印象深いですね。あと、朝のテレビ番組「ZIP!」のタイアップ曲の「MY MORNING PRAYER」、実はこれ前身の曲があるんですよ。震災があった日も私たちはスタジオにいて、その曲をドラムダビングしていました。震災後に、その曲が脳天気というか、明るすぎて合わないということで、「MY MORNING PRAYER」という曲に達郎さんが2〜3日で作り直したんです。

●1曲作るのに平均してどれくらいの期間がかかりましたか?

中村:レコーディングだけの期間だと、1曲1ヶ月ほどだと思います。

●曲の進行は1曲ごとですか? それとも複数曲を並行しているんでしょうか?

中村:シングルとかタイアップになったら、その曲しかやらないです。最後の方、アルバムで残り何曲かとなったら並行して進めています。達郎さんも曲についてノートにメモをしながら進める感じですね。今回は最後の方で4曲くらいを並行してやっていました。それ以外は既発の曲だったり落とすだけの曲だったり。

●今作はコーラスが凄いと思うんですが、例えば「バラ色の人生〜ラヴィアンローズ」は何重のコーラスだったりするんですか?

中村:ほぼアカペラなんですが、まずベースコーラスというのがあります。ベースの部分が4本重なっていて4ch。ベーシックの伴奏で歌っているのが4声で3個あって12chになるから16ch…結果コーラスだけで大体40chくらい使っているはずです。オケの中でコーラスをやる場合はそこまでかからないので15〜16chです。

●それを何日くらいで録るんですか?

中村:1日です。アカペラのとき、リードボーカルを除いたバックトラックはほとんど1日でやっちゃうんですよ。それは日が変わるとどうもノリも変わるし、合わなくなるからということらしいんです。リードボーカルは次の日とか、別の日にやることは結構あります。

●リードボーカルは時間かかるんですか?

中村:いや、そうでもないです。1時間くらいしか歌ってないんじゃないかな。

●歌の録り方についてはどうでしょうか。

中村:トラック8個とか、10chで歌うじゃないですか。それを大体は通しで歌うんですね。途中でプレイバックとか聴いているんですが、明らかに駄目だったところはそこだけやり直したりして切換ですね。スタンダードな歌入れだと思います。

●特別時間かかっているわけではない?

中村:短いと思いますよ。でも、エンジニア的には歌が一番難しいです。試してくださいとか言えないですし、歌のときは一番張り詰めますね。

●達郎さんはあと20年くらいはあの声で歌えそうな気がしますけどね。

中村:ここのところ体調はすごく良いみたいですよ。今ツアーに出ていて、また体調良くなって帰ってくるんではないでしょうか(笑)。

●(笑)。ライブにはあまり同行しないんですか?

中村:同行しないですが、ライブレコーディングがあるときはもちろん行きます。それが大体ツアーの後半に何カ所か、10公演くらい録るかな?

●ライブPAはなさらないんですか?

中村:私はしないです。ライブPAは全然別物ですしね。ただ、有難いことに私は達郎さんのライブの舞台監督などのスタッフと知り合いなので、ライブレコーディング自体は非常にやりやすいです。音を分けてもらうのとか、音決めの時間をちょっともらうとか、ファミリーみたいな感覚でやっています。

●余談なんですが、震災のときJ-WAVEを聞いていたんですね。それで地震の瞬間、達郎さんの「愛してるって言えなくたって」が流れていたんですよ。達郎さんはご存知でしょうか?

中村:本当ですか?! いやー知らないと思いますよ。私も初めて聴きましたし、私たちの中でも話題に挙がっていないと思います。

●そうですか。その地震のときも録音していたと先ほどおっしゃっていましたが、以後のレコーディング作業は色々と大変だったんじゃないですか? 話によると夕方以降のレコーディングを行わなかったそうですね。

中村:それに関しては震災前から、夕方5時を過ぎると音が割れてきて良くないねっていう話はしていたんですよ。本当にTDして落とすときは5時前までに、と。

●そうなんですか。それって東京ミッドタウンとか六本木ヒルズとかが関係しているんですかね。

中村:そうなんだと思うんですけどね。正確に電源の波形とか電圧を見て比べているわけではないので何とも言えないですが、明らかに聞こえている音は違うので、夕方までに終わらせています。

●意外と健全な時間帯にやっていらっしゃるんですね(笑)。

中村:そうですね(笑)。すでに形になっていますから、私は午後2時頃に作業を始めて、達郎さんが3時とか4時前に来て、確認してから落とすという感じですね。

●もっと時間かかっているものだと思っていました。

中村:結構短いです。やはり録りに一番時間がかかります。私は毎日ミックスしているようなものだと思っていますから(笑)。

●中村さんのお話を伺って思いましたが、やはりラフミックスこそ勝負なんですね。

中村:そうなんです。ラフミックスは「ラフミックス」って名前がついているだけで、ある程度本当のミックスじゃないと駄目なんですね。逆に言えば、ラフミックスというか、いつもスタジオ終わりで聴くものとTDしたものはそんなには変わらないですよ(笑)。

●それ一番良いことですよね。

中村:ええ。TDしたらラフミックスと全然違っちゃうということはまずないですね。

●達郎さんもたくさんのアシスタントやエンジニアを見てきて、その上で中村さんとご一緒されている理由はそこにあるんでしょうか?

中村:私からは何とも言えません。達郎さんに訊いてください(笑)。私の出来る最大限のことが、最終的にラフミックスというかミックスをきっちり作っておくことなんですよね。アレンジができるわけでもない、歌詞を考えられるわけでもない、プロモーションできるわけでもない、というところで自分の立ち位置、置かれた状況、何をやらなきゃいけないかっていうことを考えて、私はエンジニアですし、音をちゃんと録らなくちゃいけないということは大前提としてあります。あとは現場でミュージシャンなりアーティストが最大限のパフォーマンスができるような環境を整えることが、私たちの仕事なんですよね。それをまずしっかりやらなくちゃいけないです。なんでもできるよっていうことを私はあまり目指してはなくて、自分ができることや、自分がやらなくてはいけないことを100%、出来る限り高い次元でやるということを常に考えて仕事をしています。

●最後に『Ray Of Hope』を聴く人に中村さんからのコメントをお願いします。

中村:色々とお話させていただきましたが、「このアルバムはこうだから…」ということは忘れて、理屈抜きに楽しんでもらえたらと思います。
(2011年12月15日 公開)

(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也/山浦正彦)
《インタビューを終えて》
中村さんはインタビュー中「運です」と謙遜されていましたが、お話の端々から感じられるスタジオワークに対する探求心の深さ、不断の努力、そして一つ一つの仕事に取り組む真摯な姿勢が、山下達郎という「アルチザン」=職人の信頼を得るに至ったのではないでしょうか。また、若いエンジニアやこれからエンジニアを目指している人たちにもとっても参考になるお話だったのではないでしょうか?達郎さんと中村さんがどんな音作りをされていくのか、今後も注目していきたいと思います。