FOCUS

海外の人の心をとらえた由紀さおりの「グルーヴ感」
〜由紀さおり&ピンク・マルティーニ『1969』 プロデューサー 佐藤剛氏インタビュー
由紀さおり & ピンク・マルティーニ『1969』プロデューサー 佐藤 剛氏
プロデューサー 佐藤 剛 氏(撮影:葛西 亜理沙)
iTunes全米ジャズチャート1位、カナダのiTunesチャート「ワールドミュージック」1位など、様々なカテゴリーで世界中のランキング上位に登場し、日本人アーティストとしては異例の快挙を達成した、由紀さおりとピンク・マルティーニのコラボレーションアルバム『1969』。ここ日本でも連日多くのメディアに取り上げられ、大きな話題となっている。今回の「FOCUS」は、この注目作品をプロデュースした佐藤剛氏に、アルバムの魅力や、海外で受け入れられた理由、半世紀前に歴史的な快挙を成し遂げた坂本九の『上を向いて歩こう』との共通点などを伺った。
由紀さおり & ピンク・マルティーニ『1969』

由紀さおり EMIミュージック・特設サイト
http://www.emimusic.jp/pmsy1969/


●由紀さおり & ピンク・マルティーニ『1969』が大ヒット、そして大きな話題となったことに対しての率直なお気持ちをお聞かせ下さい。

佐藤:ぼくは以前から日本の音楽、日本の歌手、日本のバンド、日本の楽曲の何れもが世界レベルで通用するはずだと思っていました。3年前に由紀さんのプロデュースをさせていただくことになった時から、由紀さんを含むYUKI GUMIのスタッフとともに、世界という舞台を目指してきたので、それが少し現実に近づいたことは素直に喜んでいます。その一方で、まだやっとスタートラインに立つことができただけではないか、という冷静な気持ちでもいます。これから先どこまでいけるのか、気を引き締めなければならないと思っています。

とはいえ海外で先に認められたことで、あらためて歌い手の「由紀さおり」が日本でも発見されつつあることは、とてもうれしい出来事です。「夜明けのスキャット」のヒットを同時代で覚えている方々はもちろんですが、ドリフターズとのコントを真先に思い出す世代にも、安田祥子さんと姉妹での童謡コンサートから出会った若い人達にも、つまりは3世代にわたって、いわば日本の生きている宝が発見されているのですからね。

●海外の人は由紀さんの歌のどこに惹きつけられていたと分析されていますか?

佐藤:ピンク・マルティーニの提唱する「かつて耳にした懐かしくも芳醇な音楽」にふさわしい艶のある歌声、過度に自分をアピールしないベテランらしい節度と品の良さ、自然に心に訴える「歌う力」を由紀さんから感じ取っているからでしょう。

●佐藤さんが考える「由紀さおり」という歌手の最大の特徴、そして魅力はなんですか?

佐藤:由紀さんは何よりも日本語の発音やイントネーションを大切にしています。だから日本語を美しい声で、心地よく響かせることができるのです。それは長年の童謡コンサートによって証明されています。その研鑽された歌唱力とピンク・マルティーニのサウンドが掛け合わされた時、もともと日本語にそなわっている音楽性から独特のグルーヴ感が生じてくるんです。それが由紀さんの声の色気を、いっそう際立たせています。

童謡歌手時代から、半世紀以上も長きにわたって常に第一線で歌ってきた経験、たゆまぬ努力を重ねてきた人間として深み、キャリアを積んだスターならではの輝き、それらがひとつになった魅力だと思います。

●日本歌謡史的にみて「1969」年はどんな年だと捉えられていますか? また、この時代の歌の特徴は?

佐藤:1969年という年は、名実ともに日本の歌謡曲が完成し、花開いた年だったのです。歌謡曲の黄金時代はここから始まって、干支でいうと二回り、24年間続いていきました。そして1984年あたりから、急速に下降線を辿り、90年代に入ってからJ-POPと演歌に分離してしまい、結果的には昭和の終わりと共に終焉を迎えたのだと、ぼくは認識しています。

この年のヒット曲に顕著な特徴は、新人ないしはデビュー2〜3年の若い女性歌手による歌が、圧倒的に若者たちの心をつかんでヒットしたことです。新人歌手のデビュー曲を発売順に並べるだけで判ります。2月はカルメン・マキ「時には母のない子のように」、3月は由紀さおり「夜明けのスキャット」、4月は和田アキ子「どしゃぶりの雨の中で」、6月はちあきなおみ「雨に濡れた慕情」と新谷のり子「フランシーヌの場合は」、7月はアン真理子「悲しみは駆け足でやってくる」、8月は千賀かほる「真夜中のギター」、9月は極めつけの藤圭子「新宿の女」と、次々に女性歌手がデビューし、何れもヒットしたのです。すでにデビューしていた組からも、森山良子は「禁じられた恋」、加藤登紀子は「ひとり寝の子守唄」、佐良直美は「いいじゃないの幸せならば」で大ヒットを記録しています。それらの多くが、暗く、孤独な歌だったことは大きな特徴です。

67年から68年にかけて音楽界を席巻したGSブームは、美少年というイメージを打ち出した、若い男性による新しい価値観の提唱と、ロックバンドのスタイルという二つの面がありました。ところが69年になるとGSブームはほとんど跡形もなく消えてしまいます。そこに若い女性が一気に台頭してきたのは、まさに社会状況とリンクし、時代を映し出していたからです。当時はまだベトナム戦争が泥沼で、圧倒的に世界の覇者だったアメリカが自信も信頼も失っていった。しかしながらヒッピーやフラワー・ムーブメントなどの先鋭的なユース・カルチャーにも、すでに陰りが見えていました。日本の国内でも、1月には学生運動の象徴だった、東大安田講堂の封鎖が機動隊によって陥落し、変革を夢見た若者たちにとっては第二の敗戦ともいえる、挫折の年でした。若者たちの中で男性が元気を失った時代だったからこそ、女性が歌う、暗く孤独な名曲が数多く生まれたのではないでしょうか。

●今回のヒットについて、日本の音楽業界、音楽制作者にとってヒントになる部分があるとしたらどこだと思いますか?

佐藤:ぼくは日本が生んだ最大のヒット曲にして、唯一の世界的なスタンダード・ナンバーとなった「上を向いて歩こう」という歌を、3年間という時間をかけて調べて、その誕生とアメリカでの大ヒットの経緯を書いた本を上梓したのですが、そこには実にたくさんのヒントがあります。それを一言やふた言では伝えることはできません。じっくりと読んでいただければ、はっきりとわかる答えが書いてあります。でも、あえてここで付け加えるならば、経済優先から文化優先の時代への転換期が来たということです。経済的な見地からではなく、平たく言えば金儲けのためにではなく、儲かる商品作りではなく、たくさんの人に愛聴されて喜ばれる、結果として長く生きて世の中に役に立つ作品を作る。音楽作りの原点に戻るべきではないかと感じています。

●海外で日本の音楽が受け入れられるための一番重要なことは何だとお考えですか?

佐藤:50年前にスキヤキがヒットした時と比べれば遥かに、日本の文化は海外に浸透していています。日本の音楽が受け入れられる土壌は、かなり開拓されてきたのではないでしょうか。とはいえ日本語を理解出来ない人たちに、日本語の歌を聴いてもらえるようになるには、相当に高い壁が存在しているのが事実です。でも、その壁を超えようとするエネルギーを持ち続けること、あきらめないでトライすることだと思います。野球で言えば、野茂がいたからイチローが続いたのです。それと、今後は個人の思いや努力だけではなく、チームとしての総合力が必要になってきます。

最終的に成功するかしないかは、やはり運でしかないと思います。しかし運を引き寄せるためには、歌い手が持つ並外れた「歌う力」と、そこにかけるスタッフの情熱、惜しみない努力、未来に歌い継がれていくスタンダード・ナンバーを残そうという意志が不可欠となります。奇跡を呼び起こせると信じた人にこそ、音楽の神様は微笑んでくださると、ぼくはそう思っています。

●今回のヒットは坂本九『上を向いて歩こう』と比較をされたりもしますが、その共通項と相違点は何だとお考えですか?

佐藤:坂本九さんと由紀さおりさんでは、歌い方は全然違います。ですが二人とも、日本語で歌っても類稀なるグルーヴ感を発揮できることが、一番の共通項なのではないでしょうか。今から半世紀前、20歳の坂本九がアメリカで発見された時にも、それから50年後に還暦を越えてから発見された由紀さおりの現在でも、リスナーからの声に共通だったキーワードが、キュートという言葉でした。それは単に声の表情や質の問題ではなく、グルーヴ感の有る無しなのではないかとぼくは考えています。心臓のビートと腰の揺れが連環して、内から外へと溢れてくるのが声のグルーヴ感です。「上を向いて歩こう」では、中村八大という天才作曲家が、坂本九さんのグルーヴ感を引き出す曲を書いて、アレンジャーとしても、そのモダンなサウンドで表現しました。由紀さおりさんの場合も、ピンク・マルティーニのサウンドがあったからこそ、彼女の持つグルーヴ感が際立ったと思います。彼らとの出会いがなければ、今回のヒットはありえませんでした。

●7月に書籍『上を向いて歩こう』を出版されていますが、その取材・執筆の過程は由紀さんのプロジェクトに影響を与えていますか?

佐藤:両方が同時進行だったから、もちろん影響は大でした。今回の由紀さんのアルバムに関しては「上を向いて歩こう」から学んだことを、丁寧に実践しているという側面もあるのです。この本を書いていなかったならば、理論と実践を試すという今回のアプローチに、これほど自信を持つことはなかったでしょう。

●この他、インタビューを読まれている方に広く伝えたいことはありますか?

佐藤:ぼく自身の反省にもなるのですが、音楽の世界で働く人は新しいことばかりに目を向けすぎてきたような気がします。温故知新、日頃から勉強を怠らず、世界の動きにも目を配り、日本の文化を見つめ直すことが必要ではないでしょうか。
 
●今後はどのような展開を予定されていますか?

佐藤:かつての日本の歌謡曲の中には、スタンダード・ナンバーとなるべき楽曲がまだまだたくさんあります。それらの中のいくつかは、今からでも海外で受け入れられるとぼくは信じています。 世界で通用する歌手や作家、ミュージシャンも、たくさんいると思います。「上を向いて歩こう」がヒットした50年前と比べれば、様々な日本の文化が海外で受け入れられるようになり、さらにはインターネットによって距離的にも時間的にも、世界はずっと近い存在となりました。音楽の文化資産に限らず日本の様々な文化が、これからも世界中に伝わっていってほしいし、伝えようとする人の活躍に期待しています。そのために役立つのであれば、協力を惜しまないつもりです。
(2011年11月28日 公開)

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