『未来は音楽が連れてくる』〜日本が気づかないソーシャルミュージックの大席巻

連載第25回 Pandora+iTunes。『社会的なフリーミアムモデル』で米レコード産業が回復


Spotifyに続いて、AppleもPandoraクローンを構想中?

連載第25回 Pandora+iTunes。『社会的なフリーミアムモデル』で米レコード産業が回復
画像:http://www.prefixmag.com/news/apple-possibly-developing-new-music-stream-service/68775/

AppleのPandoraクローン計画は、ウォールストリートにとって寝耳に水だったかもしれない。だが実際には、Pandoraは以前から株主報告書で数度、Appleを潜在的競合としてリストしていた(※)。
(※ http://online.wsj.com/article/SB10000872396390443819404577637450049959564.html?KEYWORDS=pandora )

理由は簡単だ。

iTunesには、2008年からGeniusという楽曲レコメンデーション・エンジンが搭載されている。加えて、アメリカにはSoundExchange(サウンド・エクスチェンジ)がある。日本を始めとするほとんどの国では、インターネット放送で音楽を使うには、原盤権を持つレーベルから使用許諾を得なければならない。だが、アメリカではSoundExchangeに楽曲使用料さえ支払えばインターネット放送に音楽を使用することができる(SONY/ATV脱退が引き起こした米著作権管理団体の変化については後述)。

要するに、AppleがアメリカでPandoraクローンをやろうと思えば、2008年の昔からいつでもできた。もちろんSoundExchangeのような権利処理の公的機関がない日本や欧州各国では、Appleといえど、Pandoraクローンをやるのは容易ではない。

AppleがPandoraクローンをやる、という噂の確度は半々といったところだろう。

「可能性あり」派の最大の根拠は、ミュージック・ディスカヴァリー・サービスと称されるPandoraが、iTunesの楽曲販売に大きく貢献してきたことだ。

次ページで説明するが、アメリカではiTunesユーザーの半数がPandoraを使用して新しい音楽を発見している。iTunesがこの一年に、アメリカで販売した曲は16億曲。ざっくり言って、この半分がPandoraの影響下にあると見てよい。

「可能性なし」派の最大の根拠も、前者と同じだ。Pandoraが、iTunesの楽曲販売に大きく貢献している現在、わざわざ鎬を削る理由がない、ともいえるからだ。

加えて音声広告は、セールスマンが足を使って売上を建てる世界だ。

Pandoraの人事計画では、今年、270人の社員のうち、約130人を広告営業チームに当てることにしている。Googleですら失敗した泥臭い音声広告の世界にAppleが入ってくる、という予想に疑問符をつけている記事は少なくない(※)。アメリカほか車主体の国で重要となる車載器も、Appleが開発する可能性は低い。
(※ http://www.digitaltrends.com/computing/pandora-breaks-the-odds-has-bright-future-ahead/ )

そもそも、Pandoraクローンはこれまでいくつも出てきたが、結局、Pandoraには太刀打ちできていない。Spotifyラジオもそうだ。

ミュージック・ディスカヴァリー・サービスの中核は、楽曲レコメンデーションエンジンの選曲力だ。ウェスターグレン率いるプロ・ミュージシャン集団が10年かけて築き上げた究極の楽曲レコメンデーション・エンジン(Music Genome Project)に、他社製のクローンはどうしても勝てなかったのだ。

筆者は、これまで様々な楽曲レコメンデーションを試してきた。波形解析を基礎とするAppleのGeniusエンジンは、そのなかでもかなり優秀だ。だがiTunesのGeniusは、「選曲力」、というミュージック・ディスカヴァリー・サービスの中核において、Pandoraとは明らかな実力差をつけられている。

AppleのPandoraクローンは、取りやめたPingのようなソーシャルな要素を足した「ヒューマンな」音楽放送だという噂もある(※)。初期の頃、Pandoraの最大のライバルだったLast.fm的な方向になる、という噂だ。個人的には、その方向なら若干のシェアを奪う余地はある気もする。CBSによる買収以降、元気のなくなったソーシャル・ラジオLast.fmの穴を埋める潜在的需要はあるだろう。
(※ http://www.nypost.com/p/news/business/sony_bites_apple_kKe2i0rFHlCbeFRq5cJeiO )

いずれにせよ、本章の連載が終わる年末までには、噂の真相は明らかになっていそうだ。


アメリカではPandoraとiTunesのセットがレコード産業売上の回復に貢献

ファクトに戻ろう。

Appleは各国でiTunesのディストリビューターを集めてコンヴェンションを開いている。今年のiTunesのコンヴェンションでは、キーノートの最中、壇上に巨大な「P」のマークが投影された(特別 対談2)。

Spotifyの章でも取り上げたが、欧州ではSpotifyを代表とするストリーミング売上が急成長し、レコード産業売上の回復を支えている一方、ダウンロード売上の成長率が鈍化している。結果、iTunesはヨーロッパで成長率が落ちてきた(連載第17回)。一方、アメリカではiTunesは堅調にシェアを上げており、米レコード産業全体の売上のうち29%のシェアを持っている。アメリカでは、ウォルマートがCDの小売でトップだが、シェアは11%だ。これとを比べると、iTunesがアメリカではいかに圧倒的か、再確認できる(※)。
(※ https://www.npd.com/wps/portal/npd/us/news/press-releases/itunes-continues-to-dominate-music-retailing-but-nearly-60-percent-of-itunes-music-buyers-also-use-pandora/ )

2011年の夏に、Spotifyもようやくアメリカ上陸を果たしたが、予想されたほどiTunesを浸食していない。これは、アメリカのレコード産業の売上トレンドをよく見ると理由が分かってくる。

連載第25回 Pandora+iTunes。社会的なフリーミアムモデル』で米レコード産業が回復

Spotifyの章でも取り上げたが、2011年の米レコード産業は売上が若干のプラスとなった。内訳を見ると、マイナストレンドを形成している、物理売上は2億3,450万ドル減(約181.5億円減 77.4ドル/円 2011.12.31)。

対してプラストレンドの内訳を見ると、iTunesなどのデジタル売上が1億9,010万ドル増(約147億円増)で、パフォーミングライツ売上がパフォーミングライツ(演奏権)売上の4,120万ドル増(約32億円増)だった。

「パフォーミングライツ売上?」

業界人でも首をかしげるかもしれない。パフォーミングライツというのは、おもに楽曲の放送使用料が占めているものだ。だが、既存放送のロイヤリティー(楽曲使用料)支払いがそこまで急騰したわけがなく、衛星ラジオの売上も伸び悩んでいる。このパフォーミングライツ(演奏権)売上の急増は、インターネット放送の支払うロイヤリティーの売上が急騰したということだ。

つまり、Pandoraだ。

2011年度のPandoraの総聴取時間は82億時間(※)。一曲3.5分で計算すると、2011年に、Pandoraでアメリカ人が聴いた曲の数は1,405億7,000万曲になる。
(※ Q1 16億時間 前年同期比+129%
http://www.billboard.biz/bbbiz/industry/digital-and-mobile/business-matters-pandora-grew-like-gangbusters-1005205492.story
Q2 18億時間 前年同期比+125%
http://www.ecommercetimes.com/story/Investors-Dance-to-Pandoras-Q2-but-How-Long-Will-the-Music-Last-73161.html
Q3 21億時間 前年同期比+104%
http://www.kurthanson.com/category/issue-title/rain-1123-pandora-q3-report-shows-listening-hours-revenues-both-doubled-last-ye
Q4 27億時間 前年同期比+99%
http://www.kurthanson.com/category/issue-title/rain-37-pandora-posts-huge-q4-listening-and-revenue-gains-yet-8-million-loss )


Pandoraは、レコード産業に対し、曲が一回ストリームされるたびに0.11セント(約0.1円)支払っているので(※)、年間約1億5,500万ドル(約124億円 80円/ドル)の楽曲使用料をPandoraは、レコード会社に収めたことになる。
(※ http://www.billboard.biz/bbbiz/industry/digital-and-mobile/business-matters-pandora-grew-like-gangbusters-1005205492.story )

実際に、株主報告書に載っている金額は1億4,900万ドル(約119億円)。計算と一致する。2011年度の楽曲使用料は、売上の57%を占めていた(※)。
(※ http://mediadecoder.blogs.nytimes.com/2012/08/24/pandora-and-spotify-rake-in-the-money-and-then-send-it-off-in-royalties/ )

アメリカ・レコード産業の回復を支えたパフォーミングライツ(演奏権)売上の4,120万ドル増(約32億円増)。Pandoraの楽曲使用料は、その期間、3,640万ドル(約29億円)増えた(※)。ほぼすべてをPandoraが占めていたことがわかる。
(※ http://biz.yahoo.com/e/120319/p10-k.html )

(※2012年10月17日一部修正)


特別連載企画『未来は音楽が連れてくる』榎本幹朗氏 NEWマーク画像【音楽業界関係者必見!】
日本の音楽産業は鎖国状態?
世界の最新音楽ビジネスモデルを分析した特別連載特集。

連載第62回 日本は「次の大物」を創りうるのか〜スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(14) <11/30 更新!>

NEWマーク画像【特集】ミレニアル世代のアーティストが創る新たな音楽シーン
2015年に世界の音楽産業で史上初めてデジタルの売上がフィジカルを上回り、ライブ市場が急拡大するなど…

「ヒット」を再定義して音楽の未来を描く『ヒットの崩壊』著者 柴 那典氏インタビュー
音楽ジャーナリスト・柴那典氏による著書『ヒットの崩壊』が発売された。CD時代の終焉が迫り、オリコンラ…

独立系レーベルの楽曲をメジャーと同等の条件で世界に配信 デジタル・ライツ・エージェンシー「マーリン」インタビュー
世界中の独立系レーベルのデジタル権利を支援する団体マーリンの日本オフィスであるマーリンジャパン…

「歌詞を味わう」体験をアップデートする 〜歌詞が浮き出る革新的スピーカー『Lyric speaker』インタビュー
音楽と同期して歌詞が表示される次世代型スピーカー『Lyric speaker』が各所から注目を集めて…

「音楽オタク」としてファンの望む音楽映像を届け続ける WOWOW 取締役コンテンツ本部長 山下浩志郎氏インタビュー
開局当初よりビックアーティストからマニアックなアーティストまで、硬軟入り交じった番組プログラムで、音…

【後半】『ニッポンの編曲家』出版記念インタビュー スタジオ・ミュージシャンの生演奏の素晴らしさを伝えたい 梶田昌史
70〜80年代の活気に満ち溢れたレコーディング・スタジオで音と格闘を続けていた編曲家に焦点を絞り、た…

【前半】『ニッポンの編曲家』出版記念インタビュー「熱い音楽をどうやって作っていくか」川瀬泰雄×吉田格
70〜80年代の活気に満ち溢れたレコーディング・スタジオで音と格闘を続けていた編曲家に焦点を絞り、た…

日本人として世界で戦うハイブリット企業 ディグズ・グループ 代表取締役 工藤与明 × 音楽プロデューサー 今井大介 対談
STY(エス・ティ・ワイ)、HIROを筆頭に次世代クリエイターが数多く所属するクリエイティブ・チーム…

世界のトップ・アーティストが指名するマスタリング・エンジニア ー メトロポリス・スタジオのスチュアート・ホークスに会ってきた
過去25年間におよぶマスタリング・エンジニアとしての経験とノウハウを持って、無名の新人からトップ・ア…

【後半】新たな音楽&才能との出会いは一種の“麻薬”である
モダンフォークカルテット、ソロとアーティスト活動を通じて、60年代後半のアメリカを“実体験”した麻田…

利用者の約7割が「CD / DVDを購入するきっかけになる」と回答 パッケージの価値を高める「プレイパス」サービスが拡大 利用者の約7割が「CD / DVDを購入するきっかけになる」と回答 パッケージの価値を高める「プレイパス」サービスが拡大
CDやDVD/ Blu-ray Discに封入されているパスコードを入力することで、リッピングなしに…

インターネットテレビの視聴“体験”を“習慣”に変える AbemaTV 編成制作局長 藤井琢倫氏 インタビュー インターネットテレビの視聴“体験”を“習慣”に変える AbemaTV 編成制作局長 藤井琢倫氏 インタビュー
2016年4月に開局したインターネットテレビ局「AbemaTV」が11月に1,000万ダウンロードを…

日本初!ダンス・ミュージックの国際カンファレンス&イベント「TOKYO DANCE MUSIC EVENT」開催 日本初!ダンス・ミュージックの国際カンファレンス&イベント「TOKYO DANCE MUSIC EVENT」開催
ダンス・ミュージックに焦点をあてた日本初の国際カンファレンス&イベント「TOKYO DANCE MU…

【13th TIMM】BABYMETAL、スカパラ・・・日本人アーティスト海外公演の舞台裏を語る「キー・プレーヤー:ザ・ブッキング・エージェント」 【13th TIMM】BABYMETAL、スカパラ・・・日本人アーティスト海外公演の舞台裏を語る「キー・プレーヤー:ザ・ブッキング・エージェント」
10月24日〜26日にかけて開催された、日本音楽の海外進出を目的とした国際音楽マーケット「第13回東…

新しい時代を鳴らす楽器クリエイターを輩出したい オリジナル楽器のコンテスト「THE 楽器 DE SHOW!?」が開催 新しい時代を鳴らす楽器クリエイターを輩出したい オリジナル楽器のコンテスト「THE 楽器 DE SHOW!?」が開催
ソニーミュージックによるエンタテインメントの学びの祭典「SONIC ACADEMY FES 2016…

【チケット不正転売問題】「コンサート文化について考え直す岐路に立たされている」 — ACPC会長/ディスクガレージ代表取締役社長 中西健夫氏インタビュー 【チケット不正転売問題】「コンサート文化について考え直す岐路に立たされている」 — ACPC会長/ディスクガレージ代表取締役社長 中西健夫氏インタビュー
8月23日、日本音楽制作者連盟(以下、音制連)、日本音楽事業者協会(以下、音事協)、コンサートプロモ…

多彩なビジネスセミナーで海外進出の糸口をつかむ 「第13回 東京国際ミュージックマーケット(13th TIMM)」10月24日より開催 多彩なビジネスセミナーで海外進出の糸口をつかむ 「第13回 東京国際ミュージックマーケット(13th TIMM)」10月24日より開催
日本音楽の海外進出を目的とした「第13回 東京国際ミュージックマーケット(13th TIMM)」が1…

ニューミドルマン座談会「ナイトエンターテイメント」と「フェス」、注目シーンの最先端から見た、新時代音楽ビジネスの可能性 ニューミドルマン座談会「ナイトエンターテイメント」と「フェス」、注目シーンの最先端から見た、新時代音楽ビジネスの可能性
IT、デジタル化の波は、音楽、エンターテイメントにも訪れている。新しい時代に対応した人材を育成するこ…

バザール12020701【居抜スタジオ】 プロユーススタジオ機材を大放出中!
新商品【居抜スタジオ】が出品されました!NEWマーク画像