『未来は音楽が連れてくる』〜日本が気づかないソーシャルミュージックの大席巻

連載第09回 違法DL罰則化のその先 キャメロン英首相が選択したのはSpotify


■キャメロン英首相が選択したのはSpotify

Lady Gaga
▲2009年から2010年にかけてイギリスで起きたSpotify旋風と平行して、Lady Gagaの英国上陸もブームとなった。Spotifyの2009年総合ランキングで4位だったGagaは、翌年にはSpotify上で1位に君臨した(※)
出典:Wikimedia Commons ( Some Rights Reserved by Stephen Carlile )
(※ http://www.guardian.co.uk/technology/pda/2010/dec/15/spotify-2010-gaga )


イギリスの音楽シーンが揺れだした2009年2月、スウェーデンでも違法ダウンロード取締法が施行された。その後わずか9ヶ月で、スウェーデンのレコード産業の売上が18%も改善した(※1)。通年ではCD等物理売上は前年度比240万ドルのプラス。デジタルの売上増はCD等の5倍以上にあたる1300万ドルのプラスとなった。そして、このデジタル売上のほぼ半分が、他ならぬSpotifyであった(※2)。
(※1 http://www.guardian.co.uk/business/2009/nov/23/sweden-music-sales-filesharing-crackdown )
(※2 IFPI Sweden Report 2009)


社会実験の国スウェーデンで、取締強化とSpotifyのコンビが成功して、『アメとムチ』路線が確立した。かくして、Spotifyの名が英国の閣僚からも言及されるに至った。

Spotifyが上陸したばかりの2009年5月。1年後に総選挙を控えたイギリスで、YouTubeとFacebookを使った党首討論会が開かれることになった。労働党のブラウン首相(現職当時)と、保守党のキャメロン首相候補とがインターネットから募った議題を使って討論する、サイバー党首討論会である。

両党首へ向けて、実に18万人のインターネットユーザーから5300件の質問が集まった。質問のうち、投票数の最も多かった上位10件に対して、ブラウン首相とキャメロン首相候補が討論を戦わせることになった。

そしてこの質問ランキングの1位は、違法ダウンロードの刑罰化を促す「デジタルエコノミー法案」についてだった(※)。
(※ http://www.v3.co.uk/v3-uk/news/1969616/online-election-debate-prioritises-digital-economy-act )

「デジタルエコノミー法案」を作成したマンデルガー大臣を部下に持つブラウン首相(当時)は、「いっそうの議論が必要だ」とお茶を濁したのに対し、キャメロン首相候補は「(気づかれないよう)素早く作成したくせに、今度は時間稼ぎしようとしている」と批判した。

イギリスでは選挙期間中、マスメディアに政治広告を出すことが禁じられている。一方、インターネットで政治キャンペーンを打つことは禁止されていない。そのためイギリス政界は、インターネットメディアを意識した動きが多い。もともとウェブ・リテラシーの高いイギリスの若年層は保守寄り。そこを狙い、英保守党は特にウェブプロモーションを好んでいる。

英保守党はさらにSpotifyにキャンペーン広告を出した。

この年、アーリー・アドプター層(時代の最先端に敏感で、すすんで世論や流行を形成する層)を熱中させていたウェブ・メディアはSpotifyだったからだ。保守党はSpotifyに意見広告を出し、労働党政権を批判した(※)。
(※ http://www.guardian.co.uk/media/2009/oct/16/conservative-spotify-campaign-election )

結局、総選挙はブラウン首相が失言問題で自滅してしまうのだが、ブラウン政権は総選挙直前のどさくさに紛れて、半分しか議員の出席していない下院にて、不人気極まりなかったデジタル・エコノミー法案を、たった2時間の議論で通過させてしまった。このどさくさ紛れの違法ダウンロード罰則化が失言問題と組み合わさって、イギリスのインターネット世論は火に油を注いだ状態となった(※)。キャメロン率いる保守党は、総選挙に勝利した。
(※ http://news.bbc.co.uk/2/hi/8608478.stm )

新たに首相の座についたキャメロン首相は、デジタル党首討論会で違法ダウンロードの罰則化について、はっきりした意見は述べてなかった。だがインターネット世論を、たくみに自分の味方につけて選挙に勝利したキャメロン首相は、「キャメロン首相ならデジタルエコノミー法をかえてくれるかもしれない」という、インターネットユーザーたちの期待を無視できない状況となった。

結果、キャメロン新政権は、ネチズンたちからの評判が悪かったブラウン政権のインターネット政策を方向転換した。

前ブラウン政権が成立させたデジタル・エコノミー法は、既存産業のしがらみを受けすぎていた(※)。そのせいで取締り強化の色合いが強く、成長戦略がうすくなってしまったことに非難が集中していた。この批判を選挙に利用して勝利したキャメロン政権は、イギリスのIT・知財関連の成長戦略を練ることを民間の論客に依頼した。
(※ http://www.guardian.co.uk/technology/2010/apr/11/the-networker-illegal-downloads )

キャメロン首相が知財成長戦略のプランニングを依頼したのは、イアン・ハーグリーヴス教授。カーディフ大学でデジタルエコノミー学部を創設し、メディアでコメンテーターとしても活躍していた知財産業の第一人者である(※)。
(※ http://www.bbc.co.uk/radio4/religion/moralmaze/moralmaze_ian_hargreaves.shtml )

ハーグリーヴス教授の知財成長戦略案は通称『ハーグリーヴス・レビュー』と呼ばれている。本書を書いている2011年の5月に完成し、発表された。取締り強化ばかりだった、従来のインターネット政策を、コンテンツ産業のイノヴェーションを促す、シンプルかつ秀逸な組み立てとなっている。

ちなみに、これまでイギリスではCDやDVDをパソコンやiPhoneに取り込むことは違法だったのだが、こうしたフォーマット・シフティングを違法とすることは「利用実態に合わない」ということで、合法化に向かうことになった。日本と逆である。

『ハーグリーヴス・レビュー』が発表されて半年後。ロンドンではインターネット政策を主題とする国際会議が開かれていた。この"サイバー国際会議"を主催したキャメロン首相は、Spotifyの名前を挙げて、次のようなコメントを出した。

「Spotifyはヨーロッパで、音楽にまつわる政治的課題を解決してくれました。今では中国でも有料配信が増えてきたそうですね」(※)
(※ http://www.investsweden.se/Japan/News--Services/1/Spotify/ )

取締り強化一辺倒で市民の反発を招き、進捗しなかった知財成長戦略は、Spotifyのおかげで動き出した。Spotifyのおかげで、違法ダウンロード問題に対して「アメとムチ」路線を打ち出せるようになり、国民を説得できるようになったからだ。

あわせてキャメロン首相は、サイバー国際会議に参加していた中国・ロシアに対し、主催国らしくイニシアチブを見せることができた。中露のインターネット取締りを批難するに当たり、「ムチだけでなくて、われわれ欧州のようにアメとムチでいきなさいよ」というロジックで撫でてみせた。

Spotifyという時代のシンボルは外交にまで影響を与えはじめた。


特別連載企画『未来は音楽が連れてくる』榎本幹朗氏 NEWマーク画像【音楽業界関係者必見!】
日本の音楽産業は鎖国状態?
世界の最新音楽ビジネスモデルを分析した特別連載特集。

連載第68回 ジョブズの師、知野弘文〜スティーブ・ジョブズ(20) <4/19 更新!>

【後半】インターネットの恩恵を受けたアーティストKOHHとマネージメントの新たな挑戦
【特集】ミレニアル世代のアーティストが創る新たな音楽シーン【後半】インターネットの恩恵を受けたアーテ…

【特集】ミレニアル世代のアーティストが創る新たな音楽シーン
2015年に世界の音楽産業で史上初めてデジタルの売上がフィジカルを上回り、ライブ市場が急拡大するなど…

「ヒット」を再定義して音楽の未来を描く『ヒットの崩壊』著者 柴 那典氏インタビュー
音楽ジャーナリスト・柴那典氏による著書『ヒットの崩壊』が発売された。CD時代の終焉が迫り、オリコンラ…

独立系レーベルの楽曲をメジャーと同等の条件で世界に配信 デジタル・ライツ・エージェンシー「マーリン」インタビュー
世界中の独立系レーベルのデジタル権利を支援する団体マーリンの日本オフィスであるマーリンジャパン…

「歌詞を味わう」体験をアップデートする 〜歌詞が浮き出る革新的スピーカー『Lyric speaker』インタビュー
音楽と同期して歌詞が表示される次世代型スピーカー『Lyric speaker』が各所から注目を集めて…

「音楽オタク」としてファンの望む音楽映像を届け続ける WOWOW 取締役コンテンツ本部長 山下浩志郎氏インタビュー
開局当初よりビックアーティストからマニアックなアーティストまで、硬軟入り交じった番組プログラムで、音…

【後半】『ニッポンの編曲家』出版記念インタビュー スタジオ・ミュージシャンの生演奏の素晴らしさを伝えたい 梶田昌史
70〜80年代の活気に満ち溢れたレコーディング・スタジオで音と格闘を続けていた編曲家に焦点を絞り、た…

【前半】『ニッポンの編曲家』出版記念インタビュー「熱い音楽をどうやって作っていくか」川瀬泰雄×吉田格
70〜80年代の活気に満ち溢れたレコーディング・スタジオで音と格闘を続けていた編曲家に焦点を絞り、た…

日本人として世界で戦うハイブリット企業 ディグズ・グループ 代表取締役 工藤与明 × 音楽プロデューサー 今井大介 対談
STY(エス・ティ・ワイ)、HIROを筆頭に次世代クリエイターが数多く所属するクリエイティブ・チーム…

世界のトップ・アーティストが指名するマスタリング・エンジニア ー メトロポリス・スタジオのスチュアート・ホークスに会ってきた
過去25年間におよぶマスタリング・エンジニアとしての経験とノウハウを持って、無名の新人からトップ・ア…

【後半】新たな音楽&才能との出会いは一種の“麻薬”である
モダンフォークカルテット、ソロとアーティスト活動を通じて、60年代後半のアメリカを“実体験”した麻田…

1億人を超える楽天会員基盤を最大活用 〜 定額制音楽配信サービス「Rakuten Music」 1億人を超える楽天会員基盤を最大活用 〜 定額制音楽配信サービス「Rakuten Music」
楽天が2016年8月に提供を開始した定額制音楽配信サービス「Rakuten Music」。サービス開…

「More than a ticket」を標榜し世界へアプローチするPeatix 〜ピーティックスがチケット再販機能をリリース 「More than a ticket」を標榜し世界へアプローチするPeatix 〜ピーティックスがチケット再販機能をリリース
誰でも簡単にグループ・イベント管理、チケット販売・集客が行えるウェブサービス・モバイルアプリ「ピーテ…

利用者の約7割が「CD / DVDを購入するきっかけになる」と回答 パッケージの価値を高める「プレイパス」サービスが拡大 利用者の約7割が「CD / DVDを購入するきっかけになる」と回答 パッケージの価値を高める「プレイパス」サービスが拡大
CDやDVD/ Blu-ray Discに封入されているパスコードを入力することで、リッピングなしに…

インターネットテレビの視聴“体験”を“習慣”に変える AbemaTV 編成制作局長 藤井琢倫氏 インタビュー インターネットテレビの視聴“体験”を“習慣”に変える AbemaTV 編成制作局長 藤井琢倫氏 インタビュー
2016年4月に開局したインターネットテレビ局「AbemaTV」が11月に1,000万ダウンロードを…

日本初!ダンス・ミュージックの国際カンファレンス&イベント「TOKYO DANCE MUSIC EVENT」開催 日本初!ダンス・ミュージックの国際カンファレンス&イベント「TOKYO DANCE MUSIC EVENT」開催
ダンス・ミュージックに焦点をあてた日本初の国際カンファレンス&イベント「TOKYO DANCE MU…

【13th TIMM】BABYMETAL、スカパラ・・・日本人アーティスト海外公演の舞台裏を語る「キー・プレーヤー:ザ・ブッキング・エージェント」 【13th TIMM】BABYMETAL、スカパラ・・・日本人アーティスト海外公演の舞台裏を語る「キー・プレーヤー:ザ・ブッキング・エージェント」
10月24日〜26日にかけて開催された、日本音楽の海外進出を目的とした国際音楽マーケット「第13回東…

新しい時代を鳴らす楽器クリエイターを輩出したい オリジナル楽器のコンテスト「THE 楽器 DE SHOW!?」が開催 新しい時代を鳴らす楽器クリエイターを輩出したい オリジナル楽器のコンテスト「THE 楽器 DE SHOW!?」が開催
ソニーミュージックによるエンタテインメントの学びの祭典「SONIC ACADEMY FES 2016…

【チケット不正転売問題】「コンサート文化について考え直す岐路に立たされている」 — ACPC会長/ディスクガレージ代表取締役社長 中西健夫氏インタビュー 【チケット不正転売問題】「コンサート文化について考え直す岐路に立たされている」 — ACPC会長/ディスクガレージ代表取締役社長 中西健夫氏インタビュー
8月23日、日本音楽制作者連盟(以下、音制連)、日本音楽事業者協会(以下、音事協)、コンサートプロモ…

多彩なビジネスセミナーで海外進出の糸口をつかむ 「第13回 東京国際ミュージックマーケット(13th TIMM)」10月24日より開催 多彩なビジネスセミナーで海外進出の糸口をつかむ 「第13回 東京国際ミュージックマーケット(13th TIMM)」10月24日より開催
日本音楽の海外進出を目的とした「第13回 東京国際ミュージックマーケット(13th TIMM)」が1…

ニューミドルマン座談会「ナイトエンターテイメント」と「フェス」、注目シーンの最先端から見た、新時代音楽ビジネスの可能性 ニューミドルマン座談会「ナイトエンターテイメント」と「フェス」、注目シーンの最先端から見た、新時代音楽ビジネスの可能性
IT、デジタル化の波は、音楽、エンターテイメントにも訪れている。新しい時代に対応した人材を育成するこ…

バザール12020701【居抜スタジオ】 プロユーススタジオ機材を大放出中!
新商品【居抜スタジオ】が出品されました!NEWマーク画像