『未来は音楽が連れてくる』〜日本が気づかないソーシャルミュージックの大席巻

連載第02回 Spotifyの魅力 まとめ(続)


■ Spotifyの魅力2 「違法ダウンローダーも飛びつく便利さ」

国際レコード産業連盟(IFPI)発行・デジタルミュージックレポートの表紙
http://www.ifpi.org/content/library/DMR2012.pdf
▲国際レコード産業連盟(IFPI)発行・デジタルミュージックレポートの表紙。世界にソーシャルミュージックメディアが席巻している様を表現している


 Spotifyが成功した理由の二つ目は、「違法ダウンロードよりもはるかに便利」だったからだ。

「違法ダウンロードよりもずっと便利なサービスをつくる。そして、違法ダウンロードをしている層をすべてSpotifyの牧場に囲い込む」

 創業したときにエックが期したビジネス・アイデアはこれだった。これはマーケティング的にも正しい。Apple(アップル)のiTunesは違法ダウンロード問題をどれだけ解決したかというと、実は、ほとんど解決できなかったからだ。

 海外の音楽業界ニュースでよく引用される数字がある。「合法ダウンロードはたった5%」という数字だ。IFPI(国際レコード産業連盟)によると、2008年に全世界でダウンロードされた音楽ファイルのうち、合法的なダウンロードはたった5%しかなかったことがBBCで報道された(※)。
(※ http://news.bbc.co.uk/2/hi/technology/7832396.stm)

 iTunesは音楽ダウンロード販売においてシェア70%を超える圧倒的な強さを誇るが(※)、5%のうちの70%、すなわち3.5%しかカヴァーできていないおらず、95%の楽曲はいまでも違法にダウンロードされている。
(※ http://www.computerworld.com/s/article/9177395/Apple_controls_70_of_U.S._music_download_biz)

 Google Play MusicやAmazon MP3のように、Appleが残してくれた1.5%を狙いに行ったのではない。エックは未開墾の荒れ地だった95%の方を狙いに行った。

「世間は『合法サービスの拡充が音楽業界、再生の鍵』という。だけど、iTunesでさえ大した効果が無かったことを世間は知らないんだ。ファイル共有は、無料でどんな曲もダウンロードし放題だ。これにかなう合法サービスなんてありうるのか」

 IFPIの数字が発表されたとき、音楽業界ではため息混じりでこんなことが囁かれていたろう。

 音楽のダウンロード販売とは別の何かがいる。「頭が古い」「既得権益」と(やや無責任に)揶揄されることの多いメジャーレーベルだが、少なくとも上層部では『ポスト・iTunes』の必要性がはっきり認識されていたようだ。

 というのは、「音楽ファイル、ダウンロード不要」の新しい技術を、ダニエル・エックがメジャーレーベル各社のスウェーデン法人に持ち込むと、楽曲使用の許可をほとんど即座に(といっても2年近くかかったが)卸したからだ。

 違法ファイルのダウンロードの問題を、ありがちな法的・倫理的観点ではなく、技術的な観点で見てみると、別の課題が浮かび上がってくる。

 これまでの、ファイルにDRM(複製を禁止する技術)をかけて違法ファイルを防ぐ方法は、全く役に立たなかった。違法ファイルの出元がDRMの無いCDからのリッピングなのだから当然である。技術的な視点からすると、違法ファイルのダウンロードを減らすには、パッケージはおろかダウンロードの必要も無くすサービスを普及させればよい、ということになる。

 エックの持ち込んだ技術は、楽曲ファイルを全くダウンロードせずに、iTunesのように快適なプレイを実現するものだった。音楽をダウンロード無しに聴かせる技術を「ストリーミング」というのだが、これまでのストリーミング技術だとプレイボタンを押してから数秒、再生を待たなくてはならかった。これが「音楽はダウンロードするもの」というネット時代の常識を創り上げた、技術的な根拠のひとつとなっている。

 エックはμTorrent(ミュートレント)という、ファイル共有では定番となっているソフトの開発に参加し、手腕を買われてCEOをやっていたことがある(※)。このノウハウがストリーミングの技術革新につながった。
(※ http://www.48sessions.com/speakers/daniel-ek/1202.html)

 ピア・ツー・ピアの技術はファイル共有だけに限ったものではない。インターネット電話の世界的スタンダード、Skype(スカイプ)も、ピア・ツー・ピアを技術的バックボーンにしている。Skypeは、モバイル戦略にてこ入れを図るマイクロソフトが最近、85億ドル(約6,900億円。2011年5月11日 80.92ドル/円換算)で買収した。

 エックはSkypeと同じように、ピア・ツー・ピアの技術を、ファイル共有以外のジャンルに応用した。そして、ストリーミングでも全くバッファー(再生の遅延)なく音楽を再生できる技術革新を起こした。

「これならダウンロードしなくてもいいじゃないか」

 レーベルは、エックのデモンストレーションを見て態度を軟化させたという。

 エックの主張はこのSpotifyの技術を使って、無料のサービスと、通常の定額制を組み合わせた『フリーミアム・モデル』を展開することだった。ダウンロードの楽曲利用料というものは安くない。広告ベースでダウンロード型の無料配信は、無理だった。だがインターネット・ラジオと同じタイプであるストリーミング配信なら違う。広告モデルの成り立つインターネットラジオに近い楽曲使用料で音楽を流せる。だから、広告モデルも成り立ちうる。

 CDの売上が激減し、デジタルダウンロード売上や、ライブの売上、グッズ売上などあらゆるビジネスで収益を高める『360度のビジネスモデル』を標榜するようになったメジャーレーベルも、これにピンと来たようだ。

 この技術でフリーミアムモデルを本当に展開できるなら、無料部分から広告売上を、そして定額制の部分からサブスクリプション売上を、レーベルはSpotify経由で手にすることが出来るようになるからだ。

 無料のストリーミングで、iTunesのダウンロードをしのぐ便利さを提供する。しかも、どんな曲も聴けるようにする。

 これなら、いちいち違法ファイルの検索を繰り返して、時間をかけてダウンロードするファイル共有やアップローダーなどよりも、ずっと便利だ。この便利さを武器に、違法ダウンロード・ユーザーを囲い込む。そこから広告売上とサブスクリプション売上をあげればよいのだ。

 母国スウェーデンで起業したことも功を奏した。

 スウェーデンの人口は1000万人にも満たない。だが、70年代のアバ、80年代のヨーロッパ、90年代のエイスオブベース、メイヤ、ロクセットなどなど、スウェディッシュ・ポップスを世界に輩出する音楽の国でもある。つまり、テスト・マーケティングに最適だった。

 レーベルサイドはエックの「違法ダウンローダーを囲い込む」見立てに同意していたが、Spotifyのフリーミアムモデルが本当に機能するのか、そしてCDやダウンロード販売に対しカニバリズム(共食い)を起こさないかテストする必要があった。

 創業から2年後の2008年10月。Spotifyは、メジャーレーベルから楽曲の使用許諾を勝ち取って、サービスインした。まずFacebookで「無料で音楽聴き放題」へ招待するキャンペーンを張り、ユーサーを集めた。

 キャンペーンといってもわずかな口コミだけだ。エックはただの早熟な技術屋ではなかった。バーチャル人形の着せ替えで遊ぶソーシャルゲームの先駆け、Stardoll(※1)を、いち早くビジネスの軌道に載せた経験もある(※2)。25歳の若さで、ネット・マーケティングの機微を知っていたこともあった。だが、何といっても「月20時間まで無料で聴き放題」というフリーミアムモデルのインパクトが凄かった。
(※1 http://www.stardoll.com/ja/)
(※2 http://www.crunchbase.com/person/daniel-ek)

 キャンペーン費用には5,000ユーロ(約75万円 2008年10月1日149.9円換算)しかかけなかったが、わずか半年で、1日あたり数万人を集める新進気鋭のソーシャルミュージックに成長した。そして、あっという間に次のステップへ進む許諾をメジャーレーベルから得た。ヨーロッパ最大の音楽市場、イギリス進出である。この頃から、世界中の音楽業界で「iTunesキラーが登場したらしい」と噂されるようになった(※)。
(※ http://www.neowin.net/news/spotify-review-the-itunes-killer


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