Qsicmanインタビュー第1回「社会人経験ゼロのバンドマンがIT企業の音楽部門へ就職」〜某マーチャンダイズソリューションサービス運営会社/アーティストプロダクション代表Aさんの場合

インタビュー Qsicmanインタビュー

※写真はイメージです。

Musicmanの音楽・エンタメ求人情報「Qsicman」を利用し、現在、音楽業界で活躍されている方々に、仕事選びから現在のお仕事についてまで語っていただくQsicmanインタビュー。記念すべき初回は、某マーチャンダイズソリューションサービス運営会社/アーティストプロダクション代表 Aさん。社会人経験ゼロのバンドマンがIT企業の音楽部門へ就職し、自身の会社設立に至るまで話を伺いました。

30歳まで社会に出たことのなかったバンドマンが出会ったQsicman

ーーAさんは音楽業界で働く以前は、バンドをやっていたそうですね。

A:そうです。大学を中退してバンドしかやっていなかったので、社会に出たこともなかったですし、ちゃんと働いたこともなかったです。

ーー就職活動をしたことがない?

A:そんなことを考えたこともなかったですね。バンドのドラマーで、そのバンドでCDを数万枚単位で売っていましたし、結構人気もあったんですが、突然人生に不安を感じて・・・(笑)。

ーー(笑)。

A:それで「どこかで働かないと」と考えたんですが、本当に世間知らずで、当時リクナビの存在すら知らなかったんですよ。ですからQsicmanのことも知らなかったんですが、知り合いから紹介されて、Qsicmanを見てみたら音楽関係の知っている企業名が出ていて身近に感じたんですよね。それで「フジロックがどうこう」と書いてあった当時六本木ヒルズに本社があった某IT上場企業S社に応募しました(笑)。

ーーおそらくS社は、フジロックに協賛していたというだけですよね。

A:良く読むと「フジロックのスポンサーをしています」みたいなことだったかと思います。それで「(所属していた)某メジャーレーベルとか某音楽プロダクションで働いていました!」的な履歴書を持参して(笑)、着たこともないスーツを着て、面接に行ったんです。

ーー「働いていた」といっても、それはバンドのメンバーとしてその企業の売り上げに貢献していたわけですよね?(笑)

A:そうなんですけどね(笑)。それで面接に行ったらやっぱり僕の素性がバレていて、「君、バンドやっていた人じゃん」みたいな。「そのスーツ、衣装でしょう?」って。とにかくS社内では「元バンドマンなんてやめとけ」と、僕が入社することに反対の意見がすごく多かったらしいんです。前に入れた人たちがロクでもなかったかららしいんですけどね。ちなみに社内に元超有名バンドのミュージシャンだった人がいて、その方が最終的に僕を推してくれたんですよね。

ーーバンドはいつまで活動されていたんですか?

A:実は就職活動当時、まだバンドは解散していなくて、某フェスへの出演も決まっていたんですが、面接では「絶対に出ません。仕事に集中します」みたいな感じでした。

ーーえっ、本当ですか?

A:はい。ですから僕だけそのフェスには出なかったです。他のメンバーは出たので、リズムを打ち込みして、それを流していました。

ーー退路を断って就職されたと。

A:「僕はこれから仕事1本でいくんで」とバンドは辞める前提でアルバイトとして入社しました。

ーーS社に入社したのはおいくつのときですか?

A:30歳ぐらいじゃないですかね。29歳ぐらいでQsicmanを見て、30で入ったと思います。

ーーとてもリアルな年齢ですね。

A:普通に考えたら遅いですよね、社会に出るの(笑)。

ーー先ほど「突然人生に不安を感じた」とおっしゃっていましたが、それはどういった気持ちだったんですか?

A:とにかく音楽が好きで、音楽に熱中している人たちが周りにたくさんいる環境にいたわけですが、やはり先のことを考えるんですよね。そこそこバンドで食えていましたが、心のどこかで「僕が40歳、50歳、60歳になったときに、そのままロックスターでいられるのか?」と考えたときに、就職しようと。「この人どうやって食っているんだろう?」みたいに思われる前に(笑)。あと余談ですが、ドラムが一番先に不安になるんですよ(笑)。「俺大丈夫かな」って。「お前はボーカルだから独立してもいけるんじゃないの」みたいな。

ーー(笑)。

A:そう考えたときに、Qsicmanというのは、バンドマンや音楽に寄りすぎていて就職をしたことないような人たちにとって身近な存在であり「社会との接点」になっているんですよ。

ーーそういっていただけるとありがたいですが。

A:僕はそのときに音楽と、いわゆるデジタル的なところを昔から個人的にやっていたので、Qsicmanではそういった部分を接点に会社を探しましたが、Qsicmanってそれまで音楽に縁がなかったけれど、音楽業界に携わりたい人、関わりたい人の接点にもなりますよね。

ーー他の業界で働いてスキルやキャリアを積んできた人がQsicmanを見たら「自分が培ったスキルを音楽業界で生かせるかもしれない」と思うかもしれないですよね。

A:そういうことがわかるのもQsicman以外にないじゃないですか?ソニーやエイベックスだったら一般の人たちにもわかりますけど、そうでない会社は名前すら知らないかもしれませんし、その会社が音楽に関わる会社なのかどうかもわからないです。でもQsicmanに載っているから音楽業界なのかなとか、判断材料になりますよね。

ーー確かに音楽業界内では超有名でも、他の業界で働いている方々にはそんなに知られてない会社さんって結構ありますよね。

A:それこそ、今の自分の会社はプロダクション事業もやっていますが、一般の人たちはプロダクションという存在そのものすら知らないです。だからそういう意味でもQsicmanはすごいと思います。僕はQsicmanを初めて見たときに「こういうのがあるんだ」と感動しましたから。僕が普通の人になれたのはQsicmanがきっかけです。元バンドマンって、ビックリするぐらい普通の人っていないんですよ。でも、Qsicmanってそういう人たちの救済機関みたいなものなんじゃないですかね。

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音楽・エンタメとデジタルの素養や興味を併せ持った人間を目指す

ーーやはり元バンドマンの方が就職するのは大変なのでしょうか?

A:そうですね。よくお正月にプロ野球選手をクビになった人のドキュメンタリーとかやっているじゃないですか? これからの人生はマッサージ師になるか、コーチになるかみたいな。いわゆる第2の人生ですが、バンドマンに関しては僕が知っている限りちゃんと就職している人ってほとんどいないですよ。実家に帰っちゃってそのままとか。自分がしっかりしているかは置いておいて、元バンドマンで、その後しっかりキャリアを積んだ一番有名な人はZOZOの前澤友作さんですよね。元YOU X SUCKですからね。あの人もドラムでしたから。

ーーAさんと前澤さんはドラム繋がりなんですね。似ているなって感じることはありますか?

A:いや、前澤さんみたいにバンドをやったあとに、いきなり自分たちで起業って、ある意味バンドをやるのと同じで、ずっと独立したままなんです。僕みたいに1回サラリーマンになるみたいなのが、一番いないんですよ。

ーー確かに。

A:ロックをやっていた人間からすると、サラリーマンって基本的には否定の対象で、サラリーマンになるってアイデンティティの崩壊なんです。「今まではなんだったんだ」って。ですからバンドをやっていて、その後、普通の会社に入っている、いわゆるサラリーマンって人は自分の周りには本当にいないです。

ーーそもそも選択肢にない?

A:ないです。ただ、それがQsicmanとかに載っている会社だったらアリかもということですよね。いきなり全然違うところに入るのは怖いというか(笑)、そういう人にとって、Qsicmanは入口としていいんだろうなと思います。もちろんそんな人ばかりではないと思いますけど(笑)。

ーーでも、Aさんが自身の経験談を語っていただくことで、もしかしたら「自分も音楽業界の会社で働いてみようかな」という人が現れてくれるのではないかと思ったんです。

A:僕ロクデナシですよ? 参考になるのかな(笑)。

ーー(笑)。入社されたS社は、着メロ・着うたを取り扱っていたとはいえIT企業ですよね?

A:完全なるIT企業で、本来音楽の「お」の字もないようなところだったんですが、たまたま着うた・着メロのサービスや音楽業界全般に関わるサービスを担当する事業部があったんです。なぜ、その人たちがQsicmanに求人を出したかというと、当時のS社は音楽のイメージがゼロだったので、普通の募集で新卒社員が入ってきても、仕事はまあ普通にできるかもしれませんが、音楽業界独特な慣習というかノリ、もちろんこれはマイナス面もプラス面でもあったわけですが、これについていけなかったんです。

ーー音楽業界のノリになじめなかったと。

A:そうです。そういった音楽業界的なノリを肌感覚である程度分かっていないと、業界の人たちと付き合うときにすごく遠回りしなくてはいけなかったり、あと誤解を生んじゃったりするんですよね。はっきり言って狭い世界ですから、ノリが合わない人のことを排除するような風潮とかあるじゃないですか?

もちろんIT企業ですから、音楽業界とは役割が違うので、同じ人種である必要は全くないんですが、ある程度、業界のことを理解していないと仕事が上手く進まないんです。これは今もそうで、その辺を両方わかっている人がこれからたくさん現れないとまずいんじゃないかなと思います。

ーーこれからどうしてもデジタルを強化していかないといけないけれど、映像や音楽に強い人というよりは、ITや金融、マーケティングの人たちが欲しいという話は最近よく聞きます。

A:日本の音楽業界って「音楽業界の人か、そうじゃない人か」みたいに分かれちゃっていますから、結局デジタル系の分野がすごく遅れてしまっているんですよね。僕が就職活動をしていた当時、それこそ音楽事務所やレコード会社で、フィジカルの音楽の仕事をしようと思ったらできたかもしれないんです。直接的なコネとか知り合いもいましたから。

ーー普通に考えたら、まずはそういった就職先を考えますよね。

A:ただ当時「これからは音楽配信の時代が来る」と言われていたので、そういった時代に乗り遅れないように、そのど真ん中に行こうと思ったんです。ですからQsicman経由だけじゃなくてAppleとかにも僕は手紙を書きました(笑)。iTunesはもう始まっていましたから。もちろん落ちましたけどね。大学中退ですから(笑)。

ーーそういった考えからのIT企業への入社であったと。

A:そうですね。そのおかげで今があります。音楽がデジタルに移行することは当時からわかり切っていたので、音楽やエンターテイメントとデジタルの素養や興味を併せ持った人間になれたら、すごくチャンスだなとは思っていました。「すごいブルーオーシャンだな」と。

ーーS社に入社されてからは、そこまで苦労しなかったですか?

A:当時、音楽の知識や能力はありましたし、なんならITとかそういう能力もあったので、自分で言うのもなんですが、入社1、2年で正社員にしてもらってマネージャーになっていました。ただ、普通にあいさつができないとか、メールの書き方を知らないとか、いわゆるビジネスパーソンとしての一般常識が全くなかったので(笑)、そこは苦労しましたね。

ーー(笑)。

A:そして、僕はS社に音楽とITの両方を経験させてもらった上で、自分で会社を設立して、マーチャンダイズのジャンルに舵を切り、そのDXを推進する仕事を今はしています。

僕は音楽配信の黎明期にすごく頑張ったんですが、結局、SpotifyやApple Musicとか海外勢にとられて、なにも恩恵を受けなかったんですよ。ダラダラやっていたらこんなことになっちゃった、着うたとかやっている場合じゃなかったよね、みたいな。僕もそこにいた当事者だったわけですし、日本はそういう失敗を繰り返してはいけないわけですが、結局今も音楽とITの両方できる人、あるいは横断できる人が足りないです。

ーーうまくコミュニケーションをとれる人が少ない?

A:IT系の人たちってすごく真面目で仕事ができる人が多いですが、音楽業界のクライアントさんのところに行って、正論で話し過ぎちゃって、全く空気を読んでいないみたいな感じになっちゃうんですよね。でも、彼らは正しいことを言っているんですけどね。

ーー難しい問題ですね。就職してある業界に入って、その業界内で対人スキルが1回身についちゃうとなかなか。

A:そうなんです。それ正論なんだけど・・・という。ちょうどその間ができる人が、特に日本には必要なんだと思います。

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自身の会社でマーチャンダイズのDX化を推進

ーー先ほども少し話が出ましたが、Aさんの会社ではマーチャンダイズに特化して事業展開していますが、それはなぜですか?

A:今、日本のアーティストには、お客さんのロイヤリティを高めてしっかりと向き合っていくビジネスの重要度が増しています。これはサブスクなどの、どんどん横に広げていくみたいな話とはビジネスの仕方が違うわけですが、僕が今やりたいのは縦に深堀りしていく方で、そのデジタルシフトに注力したかったんです。

サブスクなどのプラットフォームビジネスは、もう僕がやる必要がないじゃないですか? SpotifyもApple Musicもあるんですから。でも、ファンクラブのマーチャンダイズに関しては、現状世界で一番日本が強いと思っています。特に英語圏のアーティストはリーチが広い分、サブスクで充分ビジネスになるので、Tシャツをいっぱい売る必要性は相対的に少ないです。でも、日本はそこが生命線ですし、僕はアーティスト、文化がきちんと守られることをしたいんですよね。そう考えたときに、デジタルシフトするポイントが、日本とアジアに一番フィットするのはマーチャンダイズだと思って今の仕事をしていて、そこに関してはAmazonやAppleよりも、より専門性の高いサービスを提供できると考えています。

ーーマーチャンダイズは、ローカルすぎて獲りにこない領域だと。

A: ECに関しても「Amazonで売ればいいじゃん」という話なんですが、Amazonでできないことがいっぱいありますからね。やはり音楽業界の人、大体はプロダクションの方たちですが、音楽を作って、高単価なライブを頑張ろうという発想になっていますし、ライブだけじゃなくて、そこに付随するものとしてのマーチャンダイズやファンクラブのやり方が、僕の目から見ると、特にファンクラブはiモードの時代以前からやっていたので、割と早くデジタルシフトしたんです。でも、マーチャンダイジングに関しては、僕が会社を始める7、8年前は、相変わらずお祭りの屋台のままだったんですよね。

ーーその場でしか売らない?

A:要は移動店舗で、固定店舗じゃないんです。しかも商品は全部季節もので、商品のマスター登録なんかもしていないですし、もちろんJANコードもとってない。Tシャツという商品がいっぱいあって、どれがどれだかわからないみたいな状況でした。つまり、年々、マーチャンダイジングは存在感を増して、すごく売上があるにも関わらず、ちゃんとした売り方ができていなかったんです。今でも現金が入り乱れて、段ボールの切れ端に在庫数を書いてみたいな(笑)。だからそれを見て「たくさんやれることがあるな」と思ったんですよね。

現状すごく無駄なことをしているし、だからこそ売り切れて機会損失していたり、商品を作りすぎちゃって余っちゃっていたり、通販ひとつとってもうまいことできてないですし、現場では列にすごく人が並んでいるし、みたいな。並ばない、並ばせない方法なんていくらでもあるんですから。

ーー物販の列に並んでいるうちにライブが始まっちゃったりしますよね。

A:そうですね。つまり、当たり前のことをデジタルの力を使ってやっていったら、普通に結果が出ますよ、と提案したんです。わかりやすいところでいくと、僕の会社では、事前に商品予約をして時間を登録しておくとライブ会場で時間通りに商品を受け取れるシステムを入れているんですね。これは、今では結構使われていますが、そのシステムを入れると人が並ばなくなっちゃうので、最初の頃は「売れていないように見えちゃう」と音楽業界の方々から反発が起きたんです。

ーーでも、売上は上がるわけですよね?

A:そのシステムを入れると、たくさんある売り場の窓口にいつも2人ずつぐらい途切れることなく並んでいる、という状況が繰り返されるんです。つまりこれは窓口がずっと稼働している証拠なんですね。今まではすごい行列ができていて、お客さんをずっと待たせていた。どちらも稼働しているといえば稼働しているんですが、お客さんからしたら、自分の予約時間になったら即商品を受け取れるので、行列にならない。それでお客さんから言われたのが「もうちょっと並ばせてくれ」と…「何言っているの?」って思いましたけど(笑)。

ーーでも、長時間、列に並ばないと買えないのが常識だったんですよね。

A:そうです。そこで「何言っているんですか?」って言っちゃいけないんですよ。「並びたい」という気持ちもわかりますし、そういったノリも読みつつ、みんなを満足させていくことは大切ですね。これはどの業界でもデジタルシフトする上で同じなんですよね。

ーー光景が変わっただけで不安になるというのは人間としての当たり前の気持ちですよね。

A:しかもデジタル化って、どちらかというと仕組み自体見えない部分が多いですしね。やっぱり人って目で見えているもので判断しがちなので、慣れるまでは仕方ないと思います。

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これから必要なのは冷静に世の中を見る力

ーーやはり習慣や先入観というのが壁になったりしますよね。

A:時代がすごく変わったことを割とポジティブにとらえている人はいいですが、なかなかポジティブには捉えられないんでしょうね。その先入観を取り除くのが難しいんだったら、そもそも先入観なんかない若い世代とか、例えば、僕みたいにそもそも働いたことがない人の方が良いのかもしれませんね(笑)。

ーー色がついていない方が良いと。

A:極端に言えば。デジタルシフトに関して過渡期、なんなら1歩も2歩も遅れをとってしまった日本の音楽業界で、「こんなことをやりたい」とか「こんなことを実現したい」みたいな人が、数年前の超停滞よりも、これからはもっと出てくるかもしれませんし、そういう人材がたくさん現れたら面白いなと思いますね。「サブスク回さなきゃ。だから強いやつを入れなきゃ」なんて当たり前の話なんですよ(笑)。

ーーでも「その強いやつって誰なの?」って話ですよね。

A:ちなみにうちはプロダクション業務もやっているんですが、所属している某アーティストが去年ものすごくサブスク回ったんです。それで去年紅白に出たんですが、そのサブスクを回させるための戦略を考えられるようなチームというか人材はまだまだ不足していると思います。

今は大手レコード会社の一部が、そういった人材をいわゆるスケールメリットを使って集めているところだと思います。サブスクって、どうしてもスケールメリットの話になっちゃうんですよね。数千人規模のライブハウスで来日公演やっている英語圏のアーティストが、同じマーケティングで再生回数が何千万とかいったりしますが、公演規模が同じ程度の日本のアーティストだと、どう頑張っても何百万再生ぐらいなんです。日本人の可処分時間がそれで終わるので。

ーー物理的に無理なんですね。

A:ただそれだけなんです。日本語の楽曲で日本国内ユーザーだけだと、ユーザーの可処分時間に物理的限界があると思います。うちのアーティストの楽曲がそうだったように、日本のアーティストでも、ほぼ国内ユーザーのみで何億再生みたいな信じられないくらい大ヒットになる事例はもちろんあり、確かにそこまでいくと、原盤の売上はかなり入ってくるんですが、リリースする楽曲が毎回そうなるわけではないので、サブスクヒットだけではやはりビジネスになりません。そうなったときにプロダクション側は、ロイヤリティの高いお客さんをどう見つけていくかみたいな方向を目指すことになるんですが、そこをきっちりDXみたいな発想でやっていくような人たちも人材としてすごく少ないと思います。

また、今のレコード会社は、サブスクの単価が安い分、昔のメガヒットよりもさらにメガヒットを狙わないとダメなので大変なんですが、「メガヒットじゃなくてもいいや」というアーティストもいっぱいいるじゃないですか? 固定ファンがいて地道に活動されている方々とか、そういう人たちときちんと仕事をしていくためにも、常に課題を持って考えられる人材や、物事の仕組みを俯瞰で見ることができたり、ある程度、肌感覚で理解できるような人は必要になってくると思います。

ーーなるほど。

A:僕は昔、いわゆるIT企業のなかで音楽というジャンルをやるとか、音楽が得意な人がIT企業のなかでちょっと別の切り口でやるとか、“中道”みたいな位置で仕事をしていましたが、今はもうデジタルが大前提じゃないですか? だから「デジタルが苦手な人が音楽をやる」みたいなことって、そもそも矛盾していて、音楽とデジタルを分けて考える必要はないんです。そう考えると、いまさら「デジタルが得意な人間が欲しい」って言っている方がダメだと思います。

ーーデジタルが当たり前なのだから、そこを強調する時代ではないと。

A:まだデジタルのことをデジタルって呼んでいるみたいな(笑)。僕は「過渡期だな」と意識してIT企業に入りましたが、その過渡期を過ごしたおかげで、いろいろなことが見えてきたんですよね。まだ完成されていないので、いろいろな課題も見えてきたと同時に、チャンスも見えてきたというか。課題がないところにチャンスなんかあるわけないですからね。

もしかしたらアメリカの音楽業界は過渡期が終わって成熟期に入ろうとしているかもしれないですが、残念ながら日本の音楽業界は今も過渡期というか、まだ変わったばかりみたいな状態ですよね。今、「音楽業界でITやる」でも「IT業界で音楽をやる」でもどちらでもいいですが、そういう会社に入れば、過渡期を見られるという意味で、まだまだ僕と同じような経験ができるかなとは思うんですよ(笑)。これってあと何年続くかわからないですが、「過渡期を見ることができる」という意識を持って今この業界に飛び込むとまだまだ面白いと思いますね。

正直、僕が何かを成し遂げたなんて全然思っていなくて、今もその途中にいるだけなんです。というかずっと課題を感じて「ああいうことができるかも」みたいなことを日々やっているんです。これが、あまりにも成熟し完成しきって「俺やることないな」と思ったら違う仕事をするかもしれないです。

ーーAさんのキャリアを聞かせていただいて思うのは、「これが定型だ」とか「これで行こう、これでOK!」としてしまうところがないというか、ずっと課題やチャンスを見つけては、それに対してやるべきことをやりづつけている。そういう姿勢と取り組みがあって今ここに至っている、ということですよね。そういう人が今の音楽業界に必要な人材なのかな、と思いました。

A:あと、音楽業界にズッポリみたいな人ってもういらないと思うんですよね。一リスナーというか一ユーザーとして一歩引いて客観的に見る能力は必要になってくると思います。批判的に見るのではなくて、冷静に世の中を見る力ですよね。これからの音楽業界の多くを担っていくであろう若い人に、そういう人が増えていくといいですね。

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